第8話 イルルの事情

イルルと友達になって数日。

俺の生活は、もう一人友達ができたからといって変わるものではなかった。

俺はいつも通り空き地にいる。

まぁ、いつもと違うところといえば...


「ねぇ、私のウィンド、すごく弱いんだけど」

「イルルはまだ保有できる魔素量が少ないだけだよ。これから強くなるって!」


イルルが俺たちの魔法開発、特訓に参加していることくらいだ。


イルルと友達になってから、イルルは毎日空き地にやってくるため、結局イルルにも俺たちがいつも空地でやっていることを教えることにした。

もちろん、村のみんなには内緒という条件で。


するとイルルは私も魔法を使ってみたいと言ってきたため、仕方なく俺が教えることにしたというわけだ。


「う~ん、私も2人みたいにたくさん魔法使えるようになれるかな~?」

「大丈夫だって、俺も最初はこんな感じだったし」

「そうそう、僕もそうだったよ~」

「へ~、そうだったんだ、なんかすこしやる気出てきたかも」


イルルはそう言って魔法の特訓を続ける。

イルルが小さな魔法を一生懸命使っているところを見ると、俺にもこういった時期があったんだと思い、懐かしくなってくる。


イルルはいつも2、3時間ほど魔法の特訓をつづけると、太陽の位置を確認し、


「あっ、もうこんな時間!私これから用事があるから帰るね」


そう言って帰っていくのが定番となっている。

一方、俺とアランは引き続き、暗くなるまで魔法の特訓を続けるのだった。



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「もう夕方じゃん、今日ももう終わりか~」

「続きはまた明日だな。今日のところは帰ろうぜ」


夕日が沈み、俺たちは帰路に就く。


「僕もあとちょっとでエクスプロージョンが使えそうだったのに...」

「最近始めたばっかだろ、そう簡単に俺の開発した魔法が使えるようになってたまるか!」


俺たちは何気ない会話をしながら歩いていると、


「あれ、あそこにいるのイルルじゃない?」


アランが井戸のほうを指さしながらそうつぶやく。

俺も井戸のほうを見てみると、そこにはバケツで水汲みをしているイルルの姿があった。


「な~にやってるの?」

「あっ、アラン君」


アランはすぐにイルルに駆け寄り話しかけていく。

さすがのコミュニケーション能力である。

俺もついていくようにイルルに駆け寄る。


「家で使う水がなくなったから、その水を汲みに」

「へぇ~僕も手伝うよ」

「えっ、いいよいいよ。その、重いし...」

「大丈夫だって、気にしないで。僕らならそんなのちょちょいのちょいだよ。ねっ、ケイン」

「おっ、おう」


知らない間に俺も水汲みの話に入っていたらしい。


「そ、そう?それなら、お願いしようかな」


この世界は当然水道なんてものは存在しないため、家の水がなくなったら随時誰かが水を汲みにいかなければならない。

こういった技術の違いからも、ここが日本ではないと実感させられる。


俺とアランは水を汲んだバケツを持つと、イルルの案内で彼女の家へと向かう。


「ここが私の家、入って入って」

「「おじゃましま~す」」


イルルの家に到着すると、俺たちは家の中に招かれ、中へと入る。

そしてイルルは俺たちをリビングに案内すると、


「ちょっとここで座って休んでて」


そう言って奥の部屋へと入っていく。

イルルの言葉通り俺たちはリビングの椅子に座り、しばらくはじっと待っていたのだが、


「ね、ねぇケイン、奥の部屋見に行ってみない?」

「お前は少しくらい辛抱できねぇのかよ」


アランの我慢は、そう長くは続かなかった。


「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」

「ちょっ、おい!」


アランは俺に有無を言わせず奥の部屋へと歩いていく。

そしてアランは奥の部屋の扉の前に立つとすっとかがみこんで、少し空いた扉の隙間から部屋の様子をのぞき込む。


「お前、はたから見れば完全に不審者だぞ」

「いいからいいから」

「よくね~から」


部屋の中では話し声が聞こえる。

中にいるのはイルルだけではなさそうだ。


(あ~でも、俺も気になるな~)


俺は俺でアランを止めたものの、結局2人で部屋の中を覗き込んでしまう。


「体調のほうは大丈夫?お母さん」

「えぇ、大丈夫よ、気にしないで」


部屋の中にはイルルと、ベットで寝ている女性の2人がいた。

話の内容からすると、おそらく女性はイルルのお母さんだろう。

イルルのお母さんはここからでも分かるくらい、体調が悪そうだった。


「気になるよ!だってお母さん、最近いつもより顔色悪いよ?病気が悪化しているんじゃ...」

「ほんと、本当に大丈夫だから。それよりお友達が来ているんでしょ。お相手してあげなさい」

「う、うん、わかった」


イルルはそう答えると、俺たちのいる扉に向かって歩き出す。


「やばいこっち来る、早く戻ろう」

「う、うん」


俺とアランは小声でそう言い合い、リビングに戻ろうとした瞬間、


「トンっ」


立ち上がろうとしたアランの膝が扉に当たる。


「何やってんだ!」

「ごめーん!」


俺は小声でつっこむ。


「そこに誰かいるの?」


イルルが音に気づいたようだ。

俺とアランはあきらめたように扉を開け、2人に姿を見せる。


「そ、その、話聞いちゃってた。ごめん」

「ごめんなさい」

「あらあら別にいいのよ、あなたがイルルのお友達?」


イルルのお母さんは気にすることなく、俺たちにそう聞いてきた。


「あのっ、ケインと申します。そして隣が、」

「アランと言います」


俺たちが自己紹介をすると、


「えっ!」


イルルのお母さんは少しびっくりした反応を見せる。


「いっ、いえ、何でもないわ。いつもイルルと仲良くしてくれてありがとう、これからもイルルのことよろしくね」

「は、はいっ」


俺とアランは声をそろえて答える。


「ちょ、ちょっと」


するとイルルは俺とアランを部屋の外へ連れていき、リビングの椅子に座らせる。


「ご、ごめん。もともと覗くつもりじゃなくてっ!」


俺はイルルが怒っていると思い、何か言われる前に先に謝る。


「いや、別に怒っているわけじゃ...。私のほうこそ、家に呼んだのに待たせちゃってごめんなさい」


イルルは俺たちに気を使わせまいとそう言う。

しかし、


「イルルのお母さんって、何かの病気なの?」

「ばかやろうっ!」


デリカシーもへったくれもない奴がそんなことを聞いてしまった。


「いいよいいよ...。実は、私のお母さん、少し前から病気みたいで。何の病気なのかとかはこの村の回復術師さんじゃ分からないって」


この世界は、医学が全く発展しておらず、基本お医者さんという者は存在しない。

そのため、こういったことは回復魔法が使える回復術師が、その役割を担っているのだが、ここは大陸の端っこの辺鄙な村。

残念ながら、そこまで専門的な回復術師はこの村にはいない。


「じゃあ、王都の人とかなら分かるんじゃ」


アランがそう提案するものの、


「だめなの、王都の人がこの村にやってくることなんてほとんどないし、村の外に出たら魔物が襲ってくるんじゃ、私たちから王都のほうに行くこともできない。その上、治してもらうためのお金なんて、とても用意できないし...」


イルルがそう否定する。


「あれ、そういえばお父さんは?」


俺はふと気になって、そう聞いてみるが、


「何年も前に仕事中の事故で亡くなっちゃった」

「ごめん、変なこと聞いちゃって」

「別にいいよ、気にしないで」


場の空気を悪くしてしまった。


とにかく問題が山積みである。

俺が医学生であったなら何とかなったかもしれないが、残念ながらそうではない。

イルルは去年くらいからお母さんの病気が悪化し、毎日寝込むようになってから、近所の人から手を借りながら家のことを積極的にするようになったそうだ。

毎日俺たちと夕方までいないのはそういう理由であった。

元気な両親のいる俺からは考えられない話である。


そのあと俺とアランはイルルからお茶をいただくと、もう外は真っ暗であったため、イルルの家を出て、それぞれの家までアランと一緒に帰る。


「またね、イルル」

「うん、また...」


イルルに手を振って別れると、俺たちはしばらく無言のまま歩き続ける。


「ねぇケイン、イルルのお母さん、何とかならないのかな?」


最初に声を出したのはアランだった。


「俺たちの力じゃ難しいだろう。回復魔法だって、原因が分からないんじゃどうすることもできない」

「そ、そうだよね...」


アランの質問に俺はそう答えると、ちょうどアランの家に到着し、アランは家へと帰っていく。


「なんとか、か...」


俺も家へ到着し、中に入る。

家に帰ると、リビングのテーブルには食事が並べられており家族3人はすでにテーブルに座っていた。


「お兄ちゃん、いつもより遅いよ。何してたの?」

「あ~ごめん、ちょっと友達の家にいってて...」

「早く座りなさい、晩ご飯が冷めちゃうわよ」


俺はすぐにテーブルに座り、みんなで晩御ご飯を食べる。


「どうしたのケイン、今日はいつもより元気がないわね」

「いや、別に何でもないよ」

「そう、それならいいけど」


さすが母親である。

子供の顔色をしっかりと把握している。


「まだケインは天命をもらってないんだから悩むこともあるわ。悩み事があったらいつでも私たちに言いなさい」


本当に天命があるのならこの問題の解決策を教えてほしいものだ。

そもそもイルルの母親にはどんな天命をもらっているんだろうか。

そのまま死ねとでも言われているのか?


俺は食事を終えると、自分の部屋に入り、思いっきりベッドにダイブする。

家に帰ってきてから俺は、アランにはどうにもならないと否定したものの、何とかイルルのお母さんを助けられないかずっと模索している。

これならどうか、あれならどうかと思いついてはいるが、いまいち現実味に欠ける。


「この案が一番妥当か...。とりあえずやってみるとするか」


ベッドの上で悩んだ末に俺は決断する。

そしていつものように“トランスペアレント”、“トランスフォーメーション”の魔法を使うと、俺は自分の部屋の窓から飛び降り、村の外へ出かけていく。


しかし、今日することはいつもの魔法の特訓ではない。

イルルのお母さんを助ける方法を実行に移すための準備を行うのだ。



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