小さな願いの芽は育ちつつある

 道を歩いていると棺の目に楽しそうに笑って歩く制服に身を包んだ少女たちがいた。

「憧れる?」

 隣にいる男が目をキラキラさせてひつぎを見つめる。


「何一つとして憧れない」

「そんなぁ…せっかく君の制服持ってきたのにー」

「…血まみれの?」

「そこはちゃんと洗って新品同様にしました!!」

「なんでそんなことしてるの、暇なの?仕事してくれます?」

 男は棺の言葉に泣きそうな顔をしている。


「うぅ…せめて棺ちゃんに過ごせなかった高校生活を気分だけでもと…そろそろ卒業だからさ」

「私が生きていたら今頃卒業証書貰ってただろうね…あ」

 棺が視線を向けた先には、大きなスポーツバッグを肩にかけている少年の姿があった。

 その手には花束が抱えられている。


「あれは…君のお葬式の時にいた男の子だね。ここの方向って君のお墓あるところじゃない?」

「言われてみれば」

「着いて行ってみようよ」

「なんでそんな事するの」

「ほら行くよ!」


 男は棺の腕を掴んで引っ張って連れていく。

 それを渋々彼女は受け入れることにした。

 少年の後を追うと墓地にたどり着いた。

はやては本当に馬鹿だよね、死んだ人の事なんてとっとと忘れてしまえばいいのに」

「颯くんね…いい子だねぇ、もうちょっと素直に言いなよ…幸せになって欲しいって」

「どう解釈した?」


 少年には二人の話は聞こえていない。

 認識されていない。

 少年改め棺の生前幼なじみであった鏑木颯かぶらぎはやては丁寧に墓石を磨いている。


「颯くんってどんな子だったの?」

「素直すぎて心配になるくらいの馬鹿」

「そ、そうなの?例えば?」

「女の子に対して似合ってない物を着けていても普通は言わないでしょ?似合わないってなのにあれは、言うのよ正直に」

「それで人間関係が崩れるとかは…」


 心配そうな目をして男は鏑木颯を見た。

 棺は首を横に振った。


「何故か好かれるの、愛される馬鹿って感じ…私もこの人みたいにしてたら愛されてたのかな…」

「棺ちゃん…」

「もう死んでるから愛されるもクソもないんだけども」


 そう言っている棺の目はどこか申し訳なさげな色を帯びている。

「なんだかんだ言って颯が一番…私のために泣いてくれた人、なんだよね…最後に一言くらい…言ってあげたら良かったかな」

 男はポンと棺の頭に手を置いた。

 そしてわしゃわしゃと撫でた。


「髪ぐちゃぐちゃ…」

「あはは、ごめんね」


 男の手が離れると棺は髪を整えた。


「あ、行っちゃう…颯くん」

「そうだね」

「追いかけても良いんだよ?」

「死んでる人は見えないんだから追いかけたって引き止めれないでしょ」

「少しだけなら良いんだよ?許可したって」

「そういうのって貴方が処罰されるんじゃないんですかね」

「…もしかして棺ちゃんは、契約書はちゃんと読むタイプ?」


 男は苦笑いをして棺を見つめる。

 彼女はその問いに頷いた。


「この前の一緒にご飯を食べたのだって許可を貰ったと言いましたよね?」

「黙っていたらバレない…」

「いい大人がそういうことしないでください」


 しょんぼりと男は肩を落とした。


「君が願うなら俺は、それを叶えるために全力を尽くすよ」

「…それは本当に大事な時に取っておく」

 適当に返すことを棺は考えたが、考えてそう返した。

 それは彼の瞳が本気でそれを伝えているように感じたからだろう。


「帰りますよ、書類まだ残ってますよね?」

「後でやるよ」

「ほら行きますよ」

「やだー!」

 棺は、男の首根っこを捕まえて引きずるようにして事務所に戻るために歩き出した。

 男の「やだやだ」という駄々も棺のため息も誰にも認識されない。



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願いを聞かせて 赤猫 @akaneko3779

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