少しづつ動いている心

今日は立場が逆転している。

棺が男に引きずられるような形で人混みを歩いている。

「帰りたい」

「ダメだよ棺ちゃん!今日は自分の奢りでしっかり美味しいもの食べてもらわないと!」

「いらない。ご飯なんて何食べても一緒でしょお腹壊さなきゃ良いの」

棺の食事の基準は腹をくださなければいい入れば全て同じという考え方だった。

だからこそ彼が朝起きて「ご飯食べに行くよ!」と楽しそうな声色で言ったことが理解出来ずにいた。

「私たちって人から見えるの?」

「ふっふっ…良くぞ聞いてくれました!」

男は棺に一枚の紙を見せた。

その紙には実体許可証と書いてあり棺と男を表す番号なのだろうか4039と記されていた。

「事前に貰っておいたんだよね、棺ちゃんの食事って毎回毎回水と米とお湯に味噌混ぜたヤツじゃん?だからちゃんとしたご飯食べて欲しくて」

「それで私を引きずってここまで来たってわけ?」

「そうだよ」

目的の場所に到着したのだろう、男は足を止めて棺に右側のお店を見るように促した。

「…食堂だね」

「ここが俺のお気に入りのお店!一週間に二回は面倒な許可証を貰って毎回来てるの」

「へぇー、私帰るからゆっくりしなよ」

「ひ・つ・ぎ・ちゃん〜?」

「面倒」

「何自分と食べるのは面倒ですか?!」

棺は大きなため息をついて観念することにした。


「棺ちゃんは食べたいものある?」

鼻歌を今にも歌い出しそうなくらい弾んだ声で聞いて来る。

「貴方のオススメで」

「了解!おばちゃん自分とこの子に唐揚げ定食!」

男は大きな声で注文を言った。

年老いた女が明るい声で返事をしたのを確認してから優しい笑顔を厨房に向ける。

「なにか面白いことでもあった?」

「違うよ頑張って生きてる人たちが眩しく感じてさ」

棺は忙しそうに働いている老夫婦に視線を向ける。

少女の目には、大変そうに動いているだけのように見えた。

「忙しそうだね」

「それだけー?」

「それ以外の何があるの」

「人の感じ方次第だから…んー」

男は腕を組んで唸る。

そうしているうちに頼んだ品がテーブルに並ぶ。

年老いた女は男に話しかけた。

「いつも来てくれてありがとうね」

「え、あ、いつもここのご飯美味しくて気がついたら足運んでて…」

戸惑った様子で男は返答している。

「今日は彼女さんと一緒に来たのね。おしゃれなお店じゃないのにねー?」

棺は硬い表情筋をグイッと上げて笑った。

「そんなことはないですよ、兄のおすすめしているご飯一度食べてみたくて」

「あら!ごめんなさい恋人だと思ってたわぁ」

「あはは!兄にはもっと素敵な方がいますよ」

そう棺が返すと男の背中をバシッと女が叩いた。

「良い妹さんじゃないか、大事にしなよ」

「は、はい…?」

男は困惑している様子で棺を見る。

それもそのはずだ今目の前にいるのは棺なのだが、こうも笑顔でいられると誰か分からなくなった。


女がいなくなると棺の口角はスッと下がりいつもの無表情になった。

「ひ、棺ちゃんだよね…?」

無言で味噌汁を飲む棺に男は問いかける。

ふぅと一つ息を吐いて棺は男に視線を向けた。

「何?ちゃんと空気を読んで笑っただけだけど文句でも」

「な、ないけど…上手かったけど、一瞬誰か分からなくなって…」

「そう、私は今まで何回も来ているのにおばさんにいつも来てくれるよねって言われて戸惑っていた貴方にびっくりしてる。一度も話したことないの?」

男はその問いに頷いた。

「そう…まぁいいか、温かいうちにご飯は食べた方がいいでしょうし、食べてから話をしましょうか」

棺は黙々と目の前の食べ物を口に含んでは咀嚼して飲み込む。

男にはそれが作業のように見えた。

「棺ちゃん美味しい?」

「美味しい…と思う。誰かと食べるのって…いつもと何が…違うような気がする」

「そっか」

男はその変化に優しい笑みを浮かべた。

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