後悔はないと思っている
生前名乗っていた名前を捨てて彼女は
なぜこの名前を?と聞くと「この字の棺はね中に遺体が入ってない状態のことを言うんだよね。もう私は火葬されてもういないから、だから棺」と言っていた。
「じゃあ改めてよろしく棺ちゃん」
「よろしくお願いします。貴方のお名前は?」
「…ない」
「名前ないのによく生活出来たね」
「仕方ないでしょー?生まれた時から番号で呼ばれるんだから」
「なんだか刑務所みたい」
「そうかもしれないね」
男はそれを否定することはなかった。
「そういえば話変わるけど上から許可降りたよ。君が俺の助手をするっていう」
「ありがとうございます、てっきり貰えないものだと思ってた」
「君の願いが優先されるからね」
男はテーブルに置かれた一枚の紙を取り上げてそれに目を通している。
棺はそれをチラリと男の肩越しに覗いた。
「今日の仕事?…あ」
「うん、でも君は今日行かない方が良いかもね」
「仕事は仕事助手になったんだからやることはやる」
棺は彼から資料を採り上げてそれをファイルにしまった。
「ほら行くよ。まだ仮死状態でしょ相手は火葬するまでにやる事やらないと」
「あーい…もっとダラダラしたい…」
「ほらキビキビ動く」
棺は男の首根っこを捕まえて引きずる。
指定されている場所は病室。
生命を繋ぐ装置が規則的に鳴るだけの静かな部屋だ。
そこには眠っている白髪の混じった女とその女の幽霊と思われる人物がいるだけだ。
「貴方が
「…はい貴方たちは誰ですか…?」
「自分たちは貴方に選択を迫りに来ました。生か死か」
「私は死んでいないんですか?まだあの子の元には行けないのですか?」
女の瞳には絶望の色が滲み出ている。
「貴方の願い次第では今眠っている貴方の心臓を止めることができます」
「なら今すぐ!私を殺してください!あの子に…
縋るように男の手を掴んで膝をついている女に棺は冷めた目で見つめる。
「死ぬのは勝手ですけど、後悔しないように考えてくださいよ?後から私たちに恨み言言われても不愉快なんですよ」
棺はそう自分の母親であった人に対してそう冷たく言い放った。
女はそこで怒りの表情を見せる。
「何が分かるのよ!娘を失って傷を負っている母親の気持ちが!」
「知らないです。だって私は親じゃないから」
「このっ…!」
女が手をあげようとした時、男は寸前で女の手を掴んで止めた。
「棺ちゃんやりすぎだよ…すみませんご不快な思いをさせたと思うのですが、彼女の言い方が悪いだけで貴方にしっかりと選んで欲しいと望んでいるんです」
「ごめんなさい…私も頭に血が上っていました…ごめんなさい…貴方は…」
「棺、です」
「棺さんさっきはごめんなさい」
「いえ私も…言いすぎました」
棺はぎこちなく言葉を紡いだ。
その様子を見て男は安堵の顔を示した。
「東野さんは生きたいですか」
「私は…あの子に会ってちゃんと謝りたいんです…辛い時に一番近くにいたはずなのに、何を気づいてあげられなかった、だから…」
「だから死にたいんですか…だから東野さんは、自分の首を締めたんですか」
その問いに女は何も言わない、ただ目を伏せて俯いているだけだ。
「…私は貴方の生死を選ぶ権利はありません…でも、願うことなら私は生きて欲しいと思っている…きっと貴方の娘だってそう願っているはずです」
「貴方は…明なの?」
棺は母であった人の問いに首を横に振った。
「ねぇ棺ちゃん」
「なに?私今すごく疲れたんだけど?」
病室で抱き合っている家族の様子を二人は眺める。
「ちゃんと話しなくてよかったの?」
「いいよ話さなくても…話すこともないし」
「そっかぁ…棺ちゃんはさ後悔してないの?」
「…わかんない死にたいって思って屋上から飛び降りたから後悔は、ないと思う」
「まぁ時間は沢山あるから探してみようよ」
棺はその言葉に頷くことはなくただ男の顔を見ているだけだった。
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