第5話 ゴー・フォー・オアシス

剣の軌道が見えないわけではなかった。

体があまりついていかないのが欠点ではあったが、セレウスは刹那のところでミヘェルダの攻撃をかわしていた。


「逃げてばかりかセレウス!反撃、してみろ!」


「ぐっ……」


一太刀、一太刀が重く速い。

丸腰でなくとも手は出さないだろう。

後退を強いられたセレウスはコンテナの方に追いやられ、逃げ場を失ってしまう。


「クソ……ッ」


「ふぅ…っヤアアアーーッ!!!」


上段に構えられた刀は、謎の奇声と共に、ものすごいスピードで振り下ろされる。

しかし、セレウスは防御の姿勢を取らずに胸を切らせた。


「むっ……なんだこの感触は…」


「すごい、切れ味だな…っつ……防弾ベストだ。必需品でね」


追撃のの構えに入るミヘェルダの腕を掴んでそれを防ぎ、やけに高い鼻に向かってセレウスは飛びかかった。


「なにっ……」


セレウスの頭突きが決まると、血を垂れ流して体勢が崩れる。


「はぁああ……っ!」


隙を見逃さないセレウスの足刀が繰り出されたが、ミヘェルダもなかなかのもので、剣の腹で受けながらバックステップで距離をとった。


「「はぁ……はぁ……」」


ダメージは互角。……でもなさそうである。


ベストを着ていてもなお、下のシャツに血が滲み始めていた。

ジリジリと間合いを図りながらセレウスは髪をかき上げ、相手の足や手の動きに集中していく。

ミヘェルダが動いた。

先程の一太刀では防弾ベストも名折れである。

これ以上攻撃を受けるわけにもいかなかった。

それはまさしく縦横無尽。

息も絶え絶え、服も砂まみれ……セレウスは無様に、しかししぶとく逃げていた。


「ふっ……!!!」


「…ッ……クソっ……これは…!」


また右に大きく転げたとき、偶然にも少し手を伸ばせば届く距離にバールが転がっているのを見つけた。

周囲も、コンテナや大きな木箱がいっぱいで狭くなっていたのも幸いした。

上段からの一閃。

セレウスはそれをバールで受け止めた。

そして、間合いをつめようとした。


「ふんっ!甘いわっ!!」


「…なっ…ガハ……ッ〜〜〜〜--ッッッ……」


溝打ちあたりに鋭い蹴りが入る。

もうベストがどうとか、刀がどうとかの話ではない。

弾丸よりも爆ぜた強力な蹴りで、セレウスの思考と呼吸が一瞬止まる。


木箱をカチ割って、セレウスはまた扉の方の開けた場所の近くにまで吹っ飛んでいた。


砂と埃と……発泡スチロールのような緩衝材がどこか幻想的に舞う中、セレウスは朦朧と考えていた。


自分の終わりか、この後の約束のことか。

それとも転職か……やっぱり彼女の笑顔か。


否、否である。


ただただ純粋に。

セレウスの頭の中は一色であった。


どうやってあいつをブチのめす?


途端セレウスは立ち上がり、その大きな図体を滑稽なまでに低く、そして目立たなくしてしばらくコンテナや倉庫の中身達の間を駆け回った。


足音や物音などを感知して、ミヘェルダも適宜追撃するがセレウスは逃げに徹した。


「‥‥…ぐぬぬ、この臆病者がぁっ!!ちょこまかと!!」


「その手の言葉も、生憎聞き飽きている」


「なぁあ‥‥…」


ミヒェルダの初速が明らかに遅れた。

それもそのはずである。

あちこちで物音がしていたのだが、実際のセレウスはいつの間にか後ろの、ひときわ大きく積み上げられた荷物の上に立っており、こちらに飛んできていた。


「…だが、こざかしいことに変わりはない!!」


心臓一突き

ミヒェルダは迷いなく、そのセレウスの胸をついた。

だがどうにも手ごたえが無い。


「……これは、カワリミのジュツ…!?」


かき集められた、そこら辺にあった麻袋に、セレウスの一張羅が着させられていた。


ビュンッッ


直に刀をセレウス(偽)から引き抜いたはいいが、その時上から何かが飛んできた。

少し太い作業用の鎖である。

それが腕に当たると、変にいやな音がした。


「ぐぅう……」


ミヒェルダは腕の激痛と共に刀を手から放してしまう。

方やセレウスも、アクションスターなどではない。

勢いよく飛び降りて、そして地面に転がったはいいが、その時にも何か顔を背けたくなるような音がした。

刀を少し蹴り飛ばすのが精いっぱいで、すぐに掴み合いになる。


「「がああああああ――――ッッ!!!!!!」」


首を絞め、ほどかれ、締め返されて、また振りほどいて‥‥…


「こんのぉぉぉ、せぇぇぇりゃあぁ――ッ!!」


「がぁあ……はぁっ……ああああああ」


踏ん張るが、セレウスの体がふわりと宙に浮くと、次の瞬間には天井が見えた。

背中から叩きつけられる。

追撃はなかった。というより、セレウスにはそんなものを気にする余裕が無かった。

なんだか頭もガンガンとして、目や耳に……いや、全身に壊れるほどの稲妻が、絶えず迸っていたが、セレウスの本能だけがそれを凌駕し、ふらつく足をばたつかせ、後ろの方へ距離を取らせた。


尻餅をついて、倒れこむ。

右手近くに、ミヒェルダの日本刀が無造作に転がされている。

相手を見てみると、ミヒェルダは何かを見つめたまま固まっていた。

セレウスもそれを見て、凍り付く。

それほど離れられなかった2人の距離の…どちらかと言えばミヒェルダよりに、セレウスの拳銃がポツンとあった。


「「はぁーー、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ‥‥…」」


満身創痍はお互い様だ。

しかし互いに、狙いを定めた虎のような目つきで、嘘のようにピタッと荒れる息を抑え込んで、静寂がその場を支配した。


「おおおおおおッッ」


力を振り絞り、セレウスは立ち上がった。いや、立ち上がったというより、上半身を起こしながら、爆ぜるように地面を踏んだ。

ほぼ同時に、ミヒェルダは足元のセレウスの拳銃を拾おうとした。


「りゃあああああ――――――ッッ」


セレウスは力を振り絞って、立ち上がり様に握った日本刀を、その勢いのまま投擲とうてきした。


「のおおああああッッ―――」


日本刀の持つ、妖しくも美しい光の奇蹟が矢のように伸びて、ミヒェルダの右肩を貫いた。

セレウスの勢いは死んでいない。

もはや白でもなんでもない、汚れ切った汚いシャツが、鈍い奇蹟をゆらゆらと描いたかと思うと、その拳がミヒェルダの顎の少しずれた所を捉え決着した。

セレウスは地面を、ミヒェルダは空を見て、しばらくまた呼吸だけがしずかに響いている。

セレウスが立ちあがった。

近くで倒れている男の顔を、何とも言えない顔で見下ろした。


「負けだな‥‥・立ち上がって奮闘も……できなくはないが‥‥ぐう‥‥はぁ、ははは……セッシャーの負けにしよう」


セレウスは何も言わずに扉の方へ向かった。

ヘロデルマは逃げたのだろうか。

一向に姿が見えなかった。


「お、おい貴様……なぜトドメをささない!サムライに情けなど不要だ!潔く散ってこそ……」


「……はぁ…はぁ‥‥おい、自分に酔うのも…大概にしとくんだな」


「な、なに……ッ!?」


セレウスは扉の方へ行くのをやめて、セレウス(偽)を探した。

生身のセレウスよりも綺麗だった。

胸のやや左辺りに、きれいな細い線が空いてはいたが。


「‥‥…おれの行動は、どれも通用しないお遊びみたいなもんだ。それにあんたは、最後おれの銃を拾おうとした。よくは知らないが、本物のサムライは、カタナを捨てて、銃を取ったりしないんじゃないのか?」


パサパサと上着を払って、セレウスはしっかり着直した。


「カっとなったが、おれはやっぱり無暗に人は殺さない。特に偽物を殺すような趣味はない」


なんとなくその瞳は冷たかったが、うっすらと笑って、セレウスはいつもの調子を取り戻してまた扉の方へ歩き出した。

時計を見た。壊れているのか秒針も時を刻むのを躊躇っている。

間違いなく遅刻だ。


「……はっ……ニセモノか……それじゃ確かに、仕方がな……」


バヒュンッッ


セレウスの頭が、またも真っ白になった。こうも一瞬すぎると、声もしばらくでなかった。

たった一つの音が、ミヒェルダにその先を言わせなかった。

偽物ではあったにせよ、どこかさっぱりした……そんな倉庫街の剣使いはもうぐったりとして石のように動かなかった。

セレウスは、まるでこれまでが夢であったかのような不思議な感覚に陥った。


「やった……へへっ……やったぞ…調子に乗って、盾つきやがるからだ!」


逃げたのではなかった。

ただ、この一瞬を、爬虫類のように冷たく、扉近くの物陰で狙っていたのだ。

ヘロデルマの手元にはまだ銃口が熱いままの拳銃が握られている。


「ヘロ……デルマ……」


「う、うごくんじゃねーぞ、セレウス!」


今度はその狡猾な口が、セレウスの眉間を狙ってる。


「は、はははは……くそ、くそ、くそ、くそッ!!ストルグの兄貴は知ってやがったんだ!セレウス!お前のことを!なんでだ……何なんだよお前!」


ヘロデルマはどこか様子がおかしかった。

いつもの勝気な瞳は消え失せ、歳相応の……恐怖に歪んだ顔をしている。


ッッ!!こんな状況でッ!!」


「……」


あのヘロデルマが、震えていた。

セレウスほどでもなかったが、傷んだ体も合わさって、どこか見すぼらしかった。


「……その道具で…その道具が跋扈ばっこする世界に、幸せを奪われた女性ヒトがいる。抜くのは簡単だ。殺すのも簡単だ。だが、その時もうおれはその女性ヒトに会えない」


おれは一生オアシスに辿りつけない。


静かに、落ち着いた様子で語りながらセレウスは内心熱くなった。

遠くの方で、車や人の声が聞こえる。

味方か、敵か……

遅刻は絶対悪だ。だが、行けないよりはずっといい。

セレウスはいきたいと思った。


「なにふざけたこと言ってんだ!拳銃これを持つ奴が強いんだよ!拳銃これを向けられちゃ誰だってなんでもいうことを聞くんだよ!今までだってそうだった!拳銃せいぎなんだよっつ!!誰も逆えねぇ!誰も逆らわせねぇ!……そうだ、はは…そうに決まってる!」


「‥‥……」


セレウスは何も言わなかった。

疲れだとか、不安だとか、あきらめたからだとか、そういうものではなかった。


自分の心を、何よりもまっすぐ信じていた。


気が付くと近くで雷がなり始めた。

雨の匂いが近づいてくる。

天の恵みが、倉庫街に響く、最後の銃声をやさしくかき消したのだった。




















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