第4話 ブレイドブラッド
約束の時間まで、もう3時間を切っている。
しかし、そんな焦る心とは裏腹に、汗が頬を伝ってゆっくりと落ちていく。
手の甲で拭ってみると、真っ赤な汗だった。
気を抜くと激痛が全身を駆け抜けてしまう。
骨に異常はないというのが、セレウスの自己診断だったが、それにしたって筋肉は悲鳴をあげており、スーツの破けたところから見える生々しい傷が、全てを物語っていた。
J28-16
セレウスが全神経を集中させて息を殺し、張り付いて隙間から中の様子を伺っている、そんな倉庫の番号である。
数時間前、この倉庫街を管轄にしているエリモスファミリーの組員が何者かに襲撃された。
狙いはどうも、エリモスファミリー自体にあったようである。
ファミリーの威信をかけ、ストルグ率いる小隊が敵勢力殲滅、及び尋問のための捕虜捕獲のためにこの倉庫街に送り込まれていた。
ノエルとの約束は、午後8時にポドセスパンデリ劇場。
今日は火曜日。つまり、例の舞台の公演日の前日である。
セレウスは昨日、突然ノエルから、舞台の脚本家が急遽見に来ることになったということで、最終の打ち合わせや稽古風景を見学しに来ないかという誘いの電話をもらっていたのだ。
ノエルが出演する舞台の座長を務める男は、両親のいないノエルの育ての親で、彼女がこの世界を志すようになったキッカケを作った男でもある。
そうしたよしみで、ノエルとセレウスの関係を密かに知っており、セレウスに舞台裏を見せてやりたいという彼女の申し出を快く引き受けてくれたのだった。
その脚本家のファンであるセレウスにとって、またとない機会であり、なにより彼女のサプライズが嬉しかった。
だからこそ焦っていた。
これでは行けなくなってしまう。
時間の問題だけではない。
中の様子から察するに只事ではなかった。
このあたりは、事前の打ち合わせではヘロデルマが指揮をとることになっていたはずである。
扉の陰から視認できるのは、土人形のように無造作に転がった仲間や敵の死体。中央付近に立つ男……は、顔の入れ墨から見てヘロデルマ。そして、そんなヘロデルマが対峙しているもうひとりの男。
だだっぴろい倉庫の中心で、死体の上に男2人。
映画まがいの、劇画的な様子だった。
ヘロデルマが向い合う男は間違いなく、危険な男に違いない。
自分が加勢にいったところで何かが変わるだろうか?
危ない橋は渡れない。
しかしよく見ると、ヘロデルマのダメージは深刻そうで、ふらついているように見える。
「……伏せろ、ヘロデルマッ!!」
「「…………!!!」」
仕方がないので、大胆不敵に大声を出し、一旦こちらに注意を引かせて、セレウスは一つだけど持っていた閃光弾を投げ込んだ。
小型のくせにかなりの威力。
ヘロデルマがしゃがみ込むのが早いか、遅いかのところで辺りが真っ白になった。
顔を覆いながらセレウスは走り出し、ヘロデルマを掴むと、コンテナの陰に転がり込んだ。
やがて視界が元に戻っていく。
「…っあ…セレウス、テメェなんでここに……」
「おれの方は敵の数が少なかった。状況を知っておきたかったからな。辺りを散策してここにきた。……ひどい怪我だ、大丈夫か?」
弾丸が貫通しているのだろうか。
よくは見えないが出血がひどく、呼吸が荒い。
気丈に振舞う精神力にセレウスは素直に感心した。
「クソッ……ぜぇ、ゼェーかはっ、ほっとけば……いいのによぉ、おい、……はぁ…はぁ…余計なマネすんじゃ……」
「バカ、少し黙ってろ!」
ジタバタともがくヘロデルマを押さえつけ、セレウスは少しだけ顔を出して相手の様子を伺った。
なんだ……あれ……
閃光は消え、元の薄暗い倉庫の中だったが、それは異常な輝きを放っていた。
「確か……ニホントー」
極東の島国が舞台の映画をセレウスは思い出していた。
サムライ……と呼ばれる戦士が握っている武器。そして彼らの魂。
それが日本刀という
セレウスは初めてその映画で知ったことだった。
「援軍……ふむ、一瞬だが1人みえた。……おい、聞こえているか!姿を見せてはどうだ?
セレウスの動向を知ってか、知らでか日本刀を肩に乗せた男が突然叫んだ。
………いったい何の冗談だ。ブラフ……誘っているのか?
動揺が隠せない。相手の真意も見えない。
だが、おそらく敵はやつ1人だ。他の気配を感じない。それでいて増援が来られても面倒になる。
反響した男の声が静まったころ、セレウスは何か言いたそうにしていたヘロデルマをまた黙らせて、意を決したようにゆっくりとコンテナの陰から出ていった。
極東出身の鼻筋ではなかった。
服装は確かに異質で見慣れないものだったが東の男という感じではない。
「……ほぉおう、恐れずに出てくるか」
「……自分で言っておいて、何のつもりだ?」
見た感じ歳上の長髪男。
後ろで1つに結んでいる。
相手を見ながら同時に、周囲にころがる死体も目の端で確認してみる。
弾痕というより、切り傷や刺し傷が目立っていた。
ヘロデルマの傷もこういったものなのだろうか。
「……いやなに…今までの奴らはすぐにホルダーから拳銃を引き抜き、襲い掛かってきた無粋な者達だったからな。まさか応じてくるとは……」
「…おれは『抜かずのセレウス』だからな」
「抜かずの?銃を使わないということか?ならば獲物はなんだ?」
「……潜伏、運転、遁走だな……」
「笑わせてくれる……」
男はニヤニヤとした笑みでセレウスを見ている。
しかしそれでいて、動作に隙がない。
「何者だあんた。一体何が目的だ?」
なるべく情報を引き出すために、セレウスは会話を続けることにした。
話が通じないタイプにも見えなかった。
情報は1番の武器になる。
「……よかろう!自ら名乗るのがサムライの礼儀!……我が名はミヘェルダ・カラカゼ!ソードマスターなり!貴様、そうは言うがかなりできるだろう?私は貴様のような強者を探していたのだ!」
ミヘェルダは刀を構え直し、どこか興奮した顔でセレウスに対峙した。
カラカゼ……ハーフとかの類か?それにソードマスター……腕にも頭にもキテやがる。
「冗談も休み休み言うんだな……お前の目は節穴だ。おれは組織の中のいわば一本のネジだ。……それで目的は何なんだ?」
「ふむ、謙遜は時に不徳だな。目的か……貴様こそ耳が詰まっているのではないか?強者との対峙!《死合い》こそが我が目的。だが、まぁ……それ以上の込み入った話は、セッシャーを前にした貴様には必要のない話よ!」
かなり自分の腕に自信があるような言い方である。
セレウスは「お前はここで死にゆく運命なのだぁ!」という宣告を、遠回しに受けている気分だった。
「……これから倒されるヤツに、語る事は無いということか?なら……そのセッシャーとはなんだ?」
「うん?……一人称だが?極東のサムライ達はみな自分のことをそう呼ぶのだ」
どこか違和感を覚えるセレウスだったが、どうにも緊張感のない相手で、調子が狂ってしまう。
「さぁ、セレウスとやら!
時計を見てみる。
今日も今日とて、遅刻することになりそうだとセレウスは緊張気味に喉元のネクタイを緩めた。
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