第7話 女子と女装と遊園地

「お父さん! 千春ね、みるくさんと遊びに行きたい!」


 その言葉が地獄の始まりだった。

 いや、我が子は可愛いけど。


「あのな、千春、みるくさんはな、その──」

 三人でテーブルを囲み夕食をとっていた矢先に千春がそのようなことを言い出す。

「良いじゃない。今度、千春と私とみるくさんで女子会しましょう!」

 必死に言い訳を考えていたら女子会とはかけ離れた女子会が提案される。

「お父さんはダメなの?」

「女子会には女子しか行けないのよ」

 ──だったら、みるくさんは無理ですが。

「よくわからないけど、じゃあ、お父さんは男子会して待っててね」

 千春が頭を撫でたそうにしていたので屈んで撫でてもらう。


 男子会を催す為の人物で真っ先に思い浮かんだのが、高須やヅヴィダァーの人々だった。

 それは嫌だ。


 残念な空想から、千春の「ねえ」という呼びかけに現実に戻る。

「お父さんはみるくさんのこと嫌い?」

 意外な質問に吉治のみならず藍も驚く。

「ええと。嫌いじゃあ……ないよ?」

 ここで『大好きです!!』と言ったらナルシストの塊──否、千春には妹ということにしてるのでシスコンの塊ということになるだろう。

 そんなことを吉治がウダウダ現実逃避に考えていたら突如とて片足を踏まれる。

「もう。そんな、しかめっ面してるから千春がそんなこと聞くんでしょ?」

 にこにこと笑う藍だが、その無言の圧力は「笑え。そして私に合わせろ」だった。


 ☆


 次の休日にて。いつの間にか揃った華美なようで無難な女装服を身に纏う吉治。

「久しぶり! みるくだよ!」

 ──本当はお父さんだよ。

 挨拶した矢先、千春は目を輝かせる。

「やっぱりお姫様みたい!」

 どうやらヅヴィダァーのあちらの世界の大人たちのみならず、リアルのピュアな子供にも『少なくとも女装であることを黙っていれば』受け入れられると吉治は分析した。

 分析している暇など無いのだが。


「さあ! 行くわよ!」

「あ、藍さん……?」

 藍は吉治へ耳うちする。

「──男の娘の危機といったらプールで水着でしょう?」


「なッ! 何で危機なの!?」


 それにこの日の予定はプールではなく遊園地の筈だ。

 混乱する吉治に千春は心配そうに「大丈夫?」と問いかける。

「うん、大丈夫だよー」

 擬音語は『にこー』とか『にぱー』とかいった感じで笑い、父親として娘の前で強がってみせる。たとえそれが女装姿の別人として、ぶりっ子をしたとしても。

「みるくさん、無理しないでね?」

 千春は吉治を気遣い、そして藍のことを怒る。

「お母さん! みるくさんのこと、いじめちゃダメでしょ!」

「ちょっと、からかっただけよ」

 頬を膨らます千春に吉治は「本当に大丈夫だからね」と告げる。

「ほら、大丈夫だから、行こうね」

「うん! 千春ね、みるくさんをエスコオトするの!」

 みるくもとい吉治は笑顔で「ありがとう」と言うが、まだこの先にある受難をまだ知らない。


 ☆


 女装姿での衆人環視にはとうに慣れ、電車も吉治自身が呆れるほど落ち着いて乗れるようにいつの間にかなっていた。

 やがて辿り着くは遊園地。

 入場料は吉治持ちだが、藍と千春の分は予め藍に渡しておいた。


 遊園地の中は別世界。

「異世界転移ってこんな感じかしら」

「藍さん……?」

 恐らく今度の仕事は異世界転移モノの漫画なのかもしれない。ただし男の娘のあっち路線の。


 考えないようにするために千春に話を振る。

「千春ちゃんは何に乗りたい?」

「メリーゴーランド!!」

 何故か即答。父親として来た時はあんなに、どれにするか悩んでいたのに。

「千春ね、みるくさんの王子様になるのー!」

 ──はい?

「私だって千春には負けないわ。みるくさんの王子様になるのは私だもの」

 ──二人とも、何を……?

 ──とりあえず親子喧嘩はやめさせよう。

「仲良くしてくれないとダメだよ」

 妻子はアッサリと『みるく』としての言葉を受け入れた。

 ──マジか。


 ☆


 メリゴーランドに平和理に乗ってからは、藍との暗黙の了解で千春の好みに合わせたアトラクションを回った。

 そして休憩と昼食をとることになりカフェテラスかレストランかのどちらでにするかになる。

「千春ちゃんは何が食べたい?」

 どちらにするかは食べたいものの傾向で決まるので、千春に問いかける。

「うぅ……」

 しかし突如として千春が泣きそうになり「どうしたの?」と慌てる藍と、ただただ驚く吉治。


「千春ね、みるくさんの好きなもの知らないの……」

 ──え?


「みるくさんと仲良くなりたいのに、みるくさんのこと全然知らないのがイヤなの……」

 ──え。


 ──えええっ!?

 我が子の意外な一面に誇張抜きに驚愕していたら、おもむろに藍が口を開く。

「じゃあ、みるくさんの好きなものを教えてもらう?」

「うん! だからみるくさんの行きたいとこ行きたい!」

 ──なんで!?

 気を取り直し選んだのは。

「ええとね、じゃあレストラン行こっか」


 ☆


 レストラン内は陽気なバックミュージックが流れ、可愛らしいオブジェが並び、何よりメニューが豊富だ。

 ──これだけ種類があれば千春も気にいるものがあるだろうな。

 千春は特に偏食というわけではない。だが気を遣わせてしまったので大好きなものを食べてほしいのが吉治としての親心だ。


 注文をしてからしばらくしウエイターが三人分の飲み物を運んでくる。吉治はコーヒー、藍は紅茶、千春のはリンゴジュースだ。


「みるくさんの瞳に乾杯」


 ──どこで覚えた。

 格好をつけたようにジュースのコップをそっと向ける我が子の知識が心配になった。


 ☆


 千春の要望で最後は観覧車に乗ることになった。確かに夜の方が遊園地の眺めがライトアップされていて、より良いかもしれない。

 三人で乗って少しずつ上昇していくゴンドラ。

 そのような中で千春が心なしか難しい顔をしている。

 ──どうした?

 高所に向かうからという訳ではないだろう。先程まで高いところに上がるアトラクションは平気だったのだから。

「千春ちゃん、どうしたの?」

「緊張してる……」

 千春によるその言葉に吉治は果てしなく嫌な予感がしだす。

 そしてゴンドラは最上に。

 それと同時に千春は告げる。


「みるくさん! 千春が大きくなったら、みるくさんを幸せにします!」


 ──やめてください。


 藍に助けを求めようと目線を遣ったら、鬼か何かのような顔をしていた。咄嗟に見なかったことにして視線を千春に戻す。


「ごめんね。お互い幸せにはなれないから」


「うん……。みるくさんにはきっと誰か大切な人がいると思ってた。だから諦めるために告白したの……」


 ──千春……いつの間にこんなに大人になって……。

 ──というより大人すぎるだろ精神年齢。


 ☆


 千春の初恋のような何かは幕を閉じ、遊園地は閉門時間が近づく。

 遊園地から出るためにゲートへ向かう三人。

 そんな折に千春が「みるくさん、みるくさん」と吉治に声をかける。

「どうしたの?」

「また、遊んでくれる?」

 吉治はそっと頷き「もちろん」と答えた。


 出口のゲートを抜け、千春は藍と共に直に帰ることに。吉治は女装を解くためにいったん別に帰ることになった。

 お互い「またね」を言って。


 ☆


 外でも着替えられる場所こと男女共用の多目的トイレで『お姫様』から一変して一般男性こと『お父さん』に戻る。

「それにしても……」

 着替え理由で長居するのは悪いので早々と出る際に誰にも聞こえない声での独り言。


「父親してる時より家族に大事にされてないか……?」


 その疑問の呟きは虚空へと消え去った。

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