第2話 きっと情報通に違いない友達

 やはりどう考えてもおかしい。接点らしい接点のない男子にいきなり告白なんて。


 昼休みの教室。俺は自作の弁当を食べながら、横目で七海さんを盗み見る。


 窓際の席で七海さんは、友達数人と談笑しながらちんまりした弁当を食べている。あんなので足りるのだろうか。しかもパプリカを箸でつまんだまままったく口に運ぶ様子がない。


 と、俺の視線に気づいた。彼女ははにかんで、友達に気づかれないように机の下で小さく手を振った。


 ――なんだあの可愛い生き物……。


 あんな仕草を見せられたら疑念など見て見ぬ振りをして飛びついてしまいたくなる。さすがはラブコメヒロイン。


 だからなおのこと、単純に俺に惚れたとは考えられない。


 俺には両親がおらず、小中は友達がおらず、運もない。加えて生来の陰キャというハードモードな人生を送ってきた。


 そんな俺は漫画や小説に救われてきた。とくにラブコメが好きだ。一時でもつらい境遇を忘れさせてくれるから。


 しかし世の中にはシリアスラブコメなる『甘くないスイーツ』みたいなジャンルがある。それはそれで嫌いではない。


 なぜならリアルだから。世界は厳しい。俺が身をもって知っている。


 学校一の美少女となぜか距離が近くなって浮かれていたら、実は彼女にはのっぴきならない事情があり巻きこまれていく――なんてよくあるパターンだ。


 でも、そのほうがリアルというものだ。シンプルにかわいい恋人ができてハッピー、なんてかえって現実的じゃない。


 そりゃそうなったほうが嬉しいに決まっている。でも、期待は必ず裏切られる。リアルでもフィクションでも。


 なら初めから期待など抱かず、悪い予想をしておいたほうがいい。そのほうがダメージが小さいから。俺はそうやって生きてきた。


 きっと七海さんにもなにかシリアスな事情がある。きちんと返事をするためにもしっかりと観察する必要があるだろう。


「よお、綾人」


 俺の前の席に腰を下ろしたのは、生来の陰キャである俺に保育園以来久しぶりにできた友人の井伊野だった。


 小柄で童顔。小さいころはさぞかし女の子と間違えられたであろう姿形だ。


 ――そういえば……。


 こいつもラブコメの登場人物っぽいな。整った顔立ち、好奇心旺盛そうな目、気安い感じ、そのわりに浮いた話はない。いかにも『コネクションが少ない主人公に情報をもたらしてくれる友人』っぽい。


「井伊野、お前に聞きたいことがある」

「おう、なんでも聞いてくれ」


 俺は少し声を落とす。


「七海さんについてなんだが」

「ほお。この面食いめ」

「そういうのじゃない。ただちょっと気になることがあって、情報がほしい」

「なるほどなるほど」


 井伊野は腕を組み、うんうんと頷く。


「七海さんの下の名前は凪紗という」

「それは知ってる。あとは?」

「俺たちと同い年だ」

「当たり前だろ。もう少し突っこんだ情報は」

「ない」

「は?」

「俺が知ってるのはそこまで」

「……なんでも聞けって言ったくせに」

「言ったけど、答えられるかどうかは別だろ」


 俺は井伊野をにらんだ。


「お前……、自分のポジションわきまえろよ」

「俺なにでキレられてんの……?」

「お前はその軽快なフットワークで築きあげたコネクションを活用して俺に有用な情報をもたらす役割だろうが!」

「初耳だけど!?」

「いつもいろんなグループの輪に入りこんでるじゃないか」

「それは……」


 井伊野のはうつむいた。


「仲がいいわけじゃない……」

「でもいつもへらへらと談笑に加わってるだろ」

「みんなが笑ってるから俺も笑っただけだ。陽キャたちがなににツボって笑ってるのかなんて、俺に分かるかよ……!」


 声が震える。


「俺はただ、おこぼれにあずかろうと必死に食らいついてんだよお……!」

「そ、そうか」

「綾人は俺にとって、この学校で唯一の癒やしなんだよ……」


 ほとんど涙声だ。


 まさかこんなに思いつめていたなんて。というか、思ってたキャラと違う。


 井伊野は恨めしそうな声で言う。


「謝って」

「は?」

「俺を傷つけた」

「いや、ちょっと思ったのと違っただけで――」

「過大な期待で俺の心をぺしゃんこにした!」

「心柔らかすぎだろ……」


 まさかこいつが俺より陰の者だったとは。


「悪かったって」

「オッケー、気にすんな、ドンマイ!」


 なんだこいつ。


「でも、そうか。七海さんのことを知りたいのか。俺、情報を集めてくるよ」

「無理するなよ」

「友人の役に立ちたいんだよ」

「井伊野……」

「乞うご期待!」


 井伊野はそう言って、陽キャグループの仲に飛びこんでいった。






 昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。


「よお、綾人」


 井伊野が近づいてきた。


「で、どうだった?」


 俺の問いに彼は不敵な笑みを浮かべた。


「お、もしかして――」

「全然駄目だった」

「すっこんでろ」


 結局、情報収集は自分でするしかないようだ。


「で、でも、面白い話を聞いた」

「よし、じゃあ俺を笑い死にさせてみろ」

「ハードル上げんなよ! ってか興味深いほうの面白いだよ」

「どんな」

「この学校に妖精がいるらしい」

「はあ……」


 俺は井伊野の肩をぽんと叩いた。


「男で不思議ちゃんはキツいぞ?」

「そんなんじゃないから! みんなが噂してるんだよ。仕事が減ったって」

「? どういう意味だ?」

「生徒会の仕事。やろうとしたらすでに終わってるってことが何度もあったらしい。これはきっと妖精さんの仕業だと」


 靴屋の仕事を手伝うタイプの妖精か。


「たんなる連絡の行き違いだろ。委員会の誰かがやったのを報告しなかったとか」

「それが確認しても誰もやってないんだよ……。怖くねえ? だから学校の七不思議にしようって話も出てる」

「七不思議って人的に制定するものなのか……?」


 まあつまらなくはなかった。話の種くらいにはなるだろう。話す相手はいないが。

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