人生ハードモードだったのにいきなり美少女に告られてイージーモードすぎる青春ラブコメが始まったんだがこれなんの罠ですか

藤井論理

第1話 いきなり告白とかラブコメじゃあるまいし

黒森くろもりくん」


 ゴミ箱のそばに落ちていたジュースの空きパックを拾い上げて捨てたとき、同じクラスの七海ななみさんに声をかけられた。


 彼女は顔を真っ赤にし、ブレザーの裾をぎゅっとつかんで搾りだすように言った。


「わたし、黒森くんのことが好きです……!」

「そんな、ラブコメじゃあるまいし」

「え、ラブコメ……?」


 彼女はきょとんとした。


 七海さんはクラスにとどまらず学校全体でも目立つ存在だ。さらさらの髪、黒目がちの大きな目、つんとした鼻に、桃色の薄いくちびる。まるでラブコメのヒロインのよう。


 俺は生来の陰キャであり、モテる要素も皆無。しかも七海さんとはほとんどしゃべったことがない。


 そんな俺にいきなり告白? あり得ない。


 あり得るとすれば、それはラブコメの中だけだ。


 ――と、いうことは……。


 俺は頭の中に蓄積されたラブコメのシチュエーションを高速で検索した。


「七海さんって、実は俺の幼なじみ?」

「え、違う……と思うけど」

「だよな。俺も記憶にない」

「???」


 七海さんは顔中に疑問の色を浮かべた。


 ――違ったか。


 子供のころに将来を誓いあった幼なじみだった可能性を考えたが、考えてみれば俺は昔からぼっちだったのでそんな記憶などあるわけもなかった。


「じゃあ、七海さんの周辺で祝い事のある人はいる?」

「とくにないと思う」


 ――これも違うか。


 親御さんが再婚して、俺と七海さんが義兄妹になるパターンでもないようだ。というかそもそも俺に親はいなかった。


「なら……。もしかして七海さんって、前世の記憶がある?」

「ぜ、前世? ないよ。昨日食べた晩ごはんの記憶もない」

「それはそれでどうなんだ」


 ともかくこれで『前世、恋人だった』『タイムリープ』などの可能性も消えた。


 いや待て、じゃあどういうことだ。まさか単純に惚れられた?


 馬鹿な。そんなのはリアルじゃない。世界はつらく厳しいのだ。きっとまだ気づいていない理由があるに違いない。


 ――はっ。もしかして……。


「一定の距離が担保されている安心感の中だと、得てして好ましく見えるものだよな」

「……どういう意味?」

「好きって、動物園のチンパンジー的な意味だろ?」

「違うけど!?」

「え、じゃあもしかして――」


 七海さんはこくりと頷いた。顔は秋の夕焼けより赤い。


「ダチョウ?」

「一回動物園から出て!?」

「だよな。チンパンジーとかダチョウとかあり得ないよな」

「そうだよ」

「俺があんな人気動物なわけないしな……」

「自己評価が低い……!」


 七海さんは裾をくちゃくちゃにしながらぼそぼそと言う。


「でも黒森くんと動物園に行ったら、わたしはチンパンジーより黒森くんのことをじっと見ちゃう、かも……」

「七海さん……」


 彼女は口を結んでうつむく。


「動物園からは出たのでは?」

「そうだったごめんね!」

「しかしおかげでなにを言いたいのか分かった」


 七海さんは息を飲む。俺は言った。


「動物園、好きなんだな」

「わたしが好きなのは黒森くん!」

「しかし動物園より俺の評価が高いなんてにわかには信じられない」

「動物園は娯楽として好き。でも黒森くんは異性として好き」


『異性として好き』。つまり『好き』の種類の勘違いという線も消えた。


「いったいどこが」

「え、ええと……。なんかビビッと来たというか」


 七海さんは照れくさそうに言った。


 ――なぜそんなふわっとした回答なんだ。



・好きな理由がない

・しかし告白した

・七海さんは嘘をついている

・嘘をつく理由は?



 俺ははっとした。


「早急に教育委員会へ問い合わせるべきだ」

「なんで!?」

「学校や警察に訴えても動いてくれないと思っていい」

「なんて問い合わせるの? 『好きな人ができたんですけどどうすればいいですか』って?」

「いやまさか。いじめについてだ」

「いじめ……?」

「俺に告白してこいって強要されてるんだろ?」

「自分の意志だよ!?」


 こちらの可能性も塞がれてしまった。では本当に俺と付き合いたいというのか?


「俺、七海さんの名前だって分からないのに」

凪紗なぎさ。|凪の凪に、ええと……、ちょっと予想外の紗」


 ――なんの説明にもなってない……。


 意外と天然なんだろうか。しかしなぜか字面が思い浮かぶから不思議だ。


「でも苗字が名前っぽいからそっちで呼ばれることのほうが多いんだ」

「なるほど。それが原因で」

「いじめられてないからね!?」


 強要でなければなんだろう。頭が回らない。俺もいささか動揺している。


「ともかく、いきなりすぎてすぐには返事できない。時間がほしい」

「あ。そういう冷静なところが好き」


 七海さんは思い出したように言った。


 予鈴が響く。朝のホームルームが近いことを告げる予鈴だ。


 中庭にいる俺たちの横を通る外廊下を、朝練を終えた運動部の連中がちらちらとこちらに目を向けながらぞろぞろ歩いていく。


 というか中庭なのでずっと全方位から視線は感じていた。さすがに話までは聞かれていないだろうが。


「単なる指摘として聞いてほしいんだが」

「うん」

「告白は、放課後など余裕のある時間帯に、人目のないところのほうがいい」

「そういう常識的なところも好き……」


 と、七海さんは恥ずかしそうに手で顔を覆った。


 訂正しよう。意外と天然、じゃない。がっつり天然だ。

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