第52話


「――ラウル君、惜しかったね。僕たちにもっと力があれば……」


「ゴーレムの進化を止められなくて、残念です……」


「ホント、もう少しだったのにね……」


「いや、ルエス、ユリム、カレン、みんなよく頑張ってくれたよ。俺のほうこそ力が足りなかった」


 ルエスたちが駆けつけてきて肩を落とす中、俺は彼らを慰めつつハンスの治療を始めたわけだが、すぐにに気付くことになった。


 これは一体、どういうことだ……?


『治癒力強化魔法』を使った状態で治癒を施してるにもかかわらず、治る気配がまったくないのだ。


 傷口自体は深いものの、どうにもならないというレベルではない。それなのにどれだけ治療しても一向に塞がることはなく、出血も止まらないという奇妙な状況だった。


 ってことは、あの消えた人型ゴーレムに治癒行為を妨げるような能力があるとしか思えないな……。


「ラウル君、どうかな。治せそうかい?」


「ラウルさん、治せますです……?」


「ラウル、治せるの?」


 ルエスたちにも事の深刻さが伝わるのか心配そうに見ている。ハンスは敵とはいえ、彼から聞き出したいことは当然あるはずで、俺と同じように見殺しにはできないという気持ちもあるんだろう。


「正直、厳しいかもしれない。ただ、このまま死なせるわけにもいかないし、やれるだけやってみるよ」


 俺自身、油断すると視界がぼやけて目眩がするほど心身の消耗が激しかったものの、そこは気合で乗り切る。


「――うっ……」


「「「おぉっ……」」」


 まもなくハンスが目を覚まし、ルエスたちが驚きと喜びが入り混じったような声を上げた。


「……ラ、ラウル……君は、敵である僕を助けたのか……。フ、フフッ……。そんなに僕から話を聞きたいんだねぇ……」


「もちろんそれもあるが、それだけじゃない。俺は治癒使いだし、最初から助けるつもりだった」


「……でも、結局助からないんだよね。それは、僕の体だからなんとなくわかる。死ぬまでの間だけど、ちゃんと話してあげるよ……」


 ハンスは場違いに笑ってみせた。


「……幼い頃から、僕は孤独だった……。孤児院育ちではあるけど、独りぼっちだったわけじゃない。何故か心が空っぽだったんだ。親しい友人といるときも、何をしても埋められなくて、今思えばそれこそが僕の運命だった……」


「「「「「……」」」」」


 いつしか俺たちの周りには『暗黒の戦士』のダリアらも集まっていて、ハンスの話にじっと耳を傾けていた。


「……錬金使いになって、友人と狩りにいったことがあってね……。けど、僕たちは無惨にも負けて……逃げる途中で、友人がモンスターに食い殺されるところを目撃してしまった……。そのとき、衝撃や悲しみと同時に、鳥肌が立つような感動を覚えて、モンスターに感情移入している自分に気が付いたんだ……」


「……随分歪んでるな」


「……フフッ。化け物の君にだけは言われたくないよ……。とにかく、それからの僕は、どうすればいかに強力なモンスターが生まれるのか、そればかり考えるようになって……変異種の発生確率を上げる薬を開発するようになったんだ……」


「なるほどな。それが前回のスライムと今回のカラスやゴーレムってわけか」


「その通りさ……げほっ、げほっ……も、もうそろそろ、終わりみたいだ……」


「ハンス、しっかりしろ……。治癒術は相手の気力にも左右される。お前はまるで生きようとしてないし、今のままじゃ絶対に助からないぞ……」


「……ラウル。なんで、そうまでして助けようとする……? 僕は、いわばだ。この世にいてはならない存在のはずなのに……」


「どんなに醜悪なモンスターであっても、この世に存在してはならないという決まりはない。それを決められるのは、いるとしたら神様くらいだろう」


「……フフッ……も、もう少し……君と会うのが早かったら……この力を、別のことに使ったかもしれないね……」


「ハンス……」


 ダメだ。治癒がまともに効かない以前に、この男はもう死にたがっている。


「……こ、この卵、を……」


 ハンスが震える手で小さな卵を取り出したかと思うと、俺に手渡してきた。


「これはなんだ?」


「……あの……進化ゴーレム、の……妹……のような、ものさ……。この卵は、放置すれば冷酷に育ち……温めれば、温めるほど……優しく育つ……」


「…………」


 それ以降、彼が言葉を紡ぐことは二度となかった。

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