第40話
ジョリッ、ジョリッ――。
「――うっ……?」
洞窟の最奥にある石造りのベッド上、奇妙な物音によって目を覚ますバルド。
(……か、体のあっちこっちが痛い……。というかだな、なんなんだ、この耳障りな音は……)
なおも何かを研ぐような音が持続して鳴る中、バルドはいかにも不安げに起き上がると、近くで寝ているシェリーとエミルを起こそうとする。
「お、おい、シェリー、エミル、起きろ……! さっきから変な音が聞こえてくるのだが……!」
「……うーん……問題ありません。私たち、もうすぐSS級に戻りますので……」
「……やった……。あたしの顔、元に戻ってる……」
「……お、おい……」
だが、バルドがいくら肩を揺すっても二人は寝言を吐くだけなのもあり、まもなく彼は諦めた様子で首を横に振る。
(……はあ……。もう少しで両方とも現実になるというのに、待ちきれずに夢なんぞ見るとはな。まあいい。例の不快すぎる音もようやく止んだし、僕ももう少し休むとするか……ん?)
安堵した様子で横たわったバルドは、ベッドとそこに敷かれた藁の間に一冊の本が挟まっていることに気付いた。
(なんだこりゃ? さては、あの人間不信な婆さんの日記か。どれどれ……)
彼は周りをキョロキョロと見渡すと、自分たち以外に誰もいないことを確認したのちページをめくり始めた。
『あたしゃ、人間なんか大っ嫌いだよ。身の毛もよだつほどにね』
「…………」
『あいつらの身勝手さには、考えるだけで腸が煮えくり返るんだよ。この手で人間どもの濁った目玉をくりぬいて、腸を引き摺りだしてやりたいくらいさ』
「ゴクリッ……」
本の内容に息を呑みつつも先を読み進めるバルド。
『そういうわけでさ、あたしゃもう我慢の限界だから、エレイド山の一角にある洞窟に籠もることにしたんだよ。ここなら鬱陶しい人間関係もないし快適そのものだからね』
(……フンッ。ここまでは大体婆さんの話の通りか……)
『そんなあるとき、あたしゃ山の中で一人の錬金使いと出会った。最初は警戒したけど、これが実に面白い男でねぇ、自分と同じ人間嫌いの匂いがプンプンしたよ』
(こんな辺鄙なところで一人の錬金使いと出会っただと? 一体何者だ……?)
『ハンスとかいう、子供みたいな雰囲気を持つ若い男さ。でもその技量は天才的でね。この錬金使いから、面白い薬をいただいたよ』
(面白い薬……?)
『それは、人間嫌いの自分からしてみたら……それはもう、鳥肌が立つほどに最高の薬だったよ……』
「…………」
『錬金使いと別れてから何日か過ぎたあと、カラスの群れに追われたとかいう冒険者たちがここへ逃げ込んできた』
(カラスどもから逃げてきた冒険者たち、か。一体どこのどいつだ、そんな間抜けなパーティーは……)
『折角だから、特別に目玉焼きとウィンナーを作ることにしたよ。キヒヒッ……』
そこまで読み終わり、しばらくページをパラパラとめくったのちバルドの手が止まる。
(……ふう。残りは白紙だからここで日記は終わりか……って、もしかして、カラスから逃げてきた冒険者たちというのは……)
彼はまもなくはっとした顔になると、一度読んだページをまた読み直し始めた。
(そ、それが仮に僕たちのことだとして、目玉焼きとウィンナーというのは、もしや――あ、あった! この一節だ……)
『この手で人間どもの濁った目玉をくりぬいて、腸を引き摺りだしてやりたいくらいさ』
「…………」
バルドは本を持つ手を小刻みに震わせ、見る見る青ざめていく。
(……や、やはりそうだったか。おそらくあの不快な音の正体は、婆さんが調理用のナイフを研いでいた音に違いない! ま、まずいぞ。このままじゃ目玉と腸を引き摺り出されて食われてしまう!)
彼はいてもたってもいられない様子で立ち上がると、シェリーとエミルに対して平手打ちを交えて強引に起こそうとする。
「シェ、シェリー、エミル、起きろおおぉっ!」
「「うぇっ……!?」」
「お、ようやく起きたか、ふ、二人とも。急いでここから出るぞ――!」
「――おや、そんなに急いでどうしたんだい?」
「「「えっ……?」」」
バルドたちが恐る恐るといった様子で振り返ると、そこにはカラス頭の獣人が立っており、皺だらけの手には赤い液体が付着したナイフが握られていた。
「「「うわああああぁぁっ!」」」
「……おや? なんで逃げるんだと思ったら……熱くてフードを脱いでたからか。折角、カラスの卵で作った目玉焼きとチキンウィンナーをご馳走してやろうと思ってたのにねえ……」
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