第39話
「「「ぜぇっ、はぁっ……!」」」
エレイド山の一角にある小さな洞窟内にて、命からがらそこへ逃げ込んだバルドたちの強い息遣いがしばらく響き渡っていた。
「……な、なんなのだ、畜生……。ふぅ、ふうぅっ……。な、何故、僕たちが狙われるというのだ……」
「……ま、まだ呼吸が苦しい、です……。はぁ、はぁぁっ……」
「……ぜぇ、ぜぇぇっ……。も、もうヤダ……」
彼らはいずれも下着が覗くほど服がボロボロになっており、エミルに至っては火傷を隠すための仮面まで脱げてしまっていた。
「……こ、こんなはずじゃなかった……。ど、どう考えても、チキンのカラスどもが強者の僕たちを狙うはずもない……。やはり、雑魚のウッドの巻き添えを食らったのだ……」
「……で、ですね。ウッドめが私たちの近くにいて、見付からないように巧みに隠れていたのでしょう。ひ、卑劣な……」
「……ぜ、全部ウッドのせい……。あ、あたしの仮面も脱げちゃったし……えぐっ……」
ジャイアントレイブンの群れに襲撃されたことを、あくまでもいるかどうかも不明なウッドのせいにするバルドたち。少し前までは晴れやかな表情だったのが、すっかり沈痛なムードへと変化してしまっていた。
「「「……」」」
ほどなくして落ち着きを取り戻したあと、彼らはお互いの顔を見合わせて慎重に外の様子を覗くも、大型カラスたちが今か今かと待ち構えている状況であった。
「ち、畜生、まだあんなにいやがる……。これは、絶対あれだろう。ウッドのやつもこの洞窟内にいるってことだな……!」
「間違いないですね。カラスたちはウッドの臭いにつられてここまで来たんでしょう……」
「……ウザッ。ウッドのせいで酷い目に遭ったし……あたしたちでボッコボコにしてやろ……?」
「それがいいな、エミル。どうせ洞窟の奥に潜んでるんだろうし、捕まえてカラスどもの餌にして、やつが食われている間に逃げればいい。どうせ雑魚にしか興味がないだろうし」
「バルド、それは妙案ですね。では、早速行きましょうか」
シェリーの台詞によって三人はうなずき合い、エミルが魔術で手元に火を灯すと、それを頼りに洞窟の奥へと向かって歩き始める。
「「「――っ!?」」」
それからまもなくのことだった。人影が彼らの前に現れたかと思うと、ローブの一部を覗かせ、すっと奥へと消えていったのだ。
「やっぱりいた、あれはウッドの野郎に違いない。追うぞ!」
「ですね。捕まえましょう!」
「うん。フルボッコ……!」
鼻息を荒くしたバルドらが消えた人影を追いかけると、そこには広い空間があり、その中央付近でフードを深く被った人物が背中を向けていた。
「おい、観念しろウッド――!」
「ウッド、観念しなさい」
「……観念、してよね……」
「――はて、ウッドだって……? それは一体誰なんだい?」
「「「なっ……!?」
しわがれた老婆の声を聞き、詰め寄っていたバルドたちがギョッとした表情を浮かべるのだった。
「――まあ、そんなに気になるんなら、久々に話でもしてやろうじゃないか」
何故こんなところにいるのかと訊ねた三人を前に、フードを被った老婆らしき人物がおもむろに語り始める。
「あたしゃ、昔から人間関係というものがすこぶる苦手でねぇ。そういうのもあって、こうした人気のない静かな場所で暮らすのが夢だったのさ。念願が叶ってよかったと思ってるし、今はとても幸せな気分だね。それより、こっちの話をしたんだから次はそっちの番だよ」
「フン、初めからそのつもりだ。よく聞くがいい。僕たちはカラスどもに襲われてお前の住むこの洞窟に逃げ込んできたわけだが、それには深い事情がある……」
「深い事情だって?」
「そうだ。僕たちはとある雑魚の巻き添えを食らった格好なのだ。そいつを狙っていたカラスどもが、興奮状態なのか見極めもできずに猛者の僕たちを襲ってきたのだ。もうその雑魚はこの洞窟にはいないようだが、臭いはするのか外で待ち伏せされている……」
「はて……。カラスたちは賢いから、匂いがするだけじゃ待ち伏せなんかしないよ。ただ単にあんたらが舐められてるだけなんじゃないのかい?」
「バ、バカを言うなっ! 僕たちがカラス如きに舐められるわけがないだろう!」
「そうですよ。バルドの言う通りです。なんせ、私たちはこの国で一つしかないSS級パーティーだったわけですから」
「……そうだよ。無礼者……」
「おや、そうなのかい。そりゃ失礼なことを言ってしまって悪かったねえ。SS級だったってのが少し気になるけどさ、まあいい。とにかく、カラスたちはしつこいから、しばらくここにいたほうがいいよ。というか、そんなに強いならカラスくらい殲滅したらどうなんだい?」
「そ、それはやろうと思えばできるが、今の僕たちは酷く疲れていて万全な状態ではないのだっ!」
「そうかいそうかい。それじゃ、ここでしばらく休んでいきな……」
フードの奥から、怪しげな光が覗くのであった……。
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