第20話


「…………」


 あくる日の早朝。


 起床したばかりの俺は、まだ薄暗さが残る町を窓越しに眺めていた。


 S級パーティー『聖域の守護者』の正式な一員になったことで、こうして広い個室まで与えられたんだ。


 あのあと俺は急いで受付嬢のイリスに報告するとともにお礼を言ったら、『言葉に表せないくらい嬉しいですけど、責任を取れなくて残念です』と返された。


 一体どんなことをするつもりだったのか気になって訊ねたら、『ラウル様のおバカ』『鈍感』とデレッとした顔で罵られてしまった。不思議な子だ……。


 そういや、かつてこの部屋には自分と同じ治癒使いがいたんだとか。


 初心者の冒険者に対する嫌がらせ行為や女遊び等、度重なる素行不良に対してリーダーのルエスが咎めたところ、『ほかのパーティーから誘われてるし、こんなクソパーティーはこっちから抜けてやる』と捨て台詞を吐かれたとのこと。


「あ……」


 たった今思い出した。やたらと挑発してくるやつがこのパーティーにいたはずで、それがいないと思ったらその人物だったか。


 メンバーのユリムとカレンによると、ルエスが怒っているところを初めて見たというから、遂に堪忍袋の緒が切れた格好なんだろう。


 ところで、俺を追い出した『神々の申し子』のバルドたちは今頃元気にしてるかな。彼らに対してわだかまりはあるが、恨むつもりはやっぱりない。今の俺は幸せだし、それだけでも充分だから――


「――ラウルさん、おはようです……。そろそろ朝食のお時間ですよ~……」


「おはよう、ユリム。もうそんな時間か」


 片手剣使いのユリムがわざわざ知らせにきてくれた。楽しいときって、本当に時間が経つのはあっという間なんだな。


「やあ、ラウル君、おはよう!」


「ああ、ルエス、おはよう――って……」


 俺はユリムと良い匂いに誘われるようにダイニングへやってきたわけだが、そこでは盾使いのルエスが大型のフライパンを片手に調理しているところだった。巨大な目玉焼きが躍っている。


「はっはっは! もうすぐ終わるからね! 新人の君に僕の自慢の手料理を食べてもらうために張り切っていたところさ……!」


「な、なるほど……」


 ルエスのあまりの張り切りようが受けたのか、俺の隣でユリムがくすくすと笑っていた。


「むにゃ……みんな、おはよぉー」


「「「おはよー!」」」


 魔術使いのカレンが眠そうに目を擦りながらやってきた。どうやら朝は得意じゃないらしい。


「ルエスったら、今は料理に自信たっぷりだけど、最初の頃は焦がしてたくせに」


「はっはっは! カレン、そんなことは気にしない。昔から、失敗は成功の父というじゃないか!」


「「そこは母でしょ……!」」


「はっはっは!」


「…………」


 俺は自然と笑みが零れていた。なんとも愉快なパーティーだ。『神々の申し子』にいたときとは雰囲気が違いすぎる。


 あの頃は、パーティーが昇格するたびにバルドたちの服装や装飾品が豪華になり、S級になる頃には露骨に周りを見下して陰口を叩く等、不遜な感じになっていったので正直寂しい気持ちになったもんだ。


 そう考えると、また同じことを繰り返すんじゃないかっていう不安はあるが、ルエスたちは既にS級なのにやたらと謙虚だから大丈夫かもしれない。


 それから早めの朝食を取った俺たちは、その足で冒険者ギルドへと向かった。独りぼっちのときは心細かったが、やはりパーティーで行くと安心感がある。


「――こ、これはっ……」


「「「ルエス?」」」


 とある依頼の貼り紙を手に取ったルエスが声を震わせる。なんだ?


「エレイド山の奥にある村で、大型カラス――ジャイアントレイブンの変異種が発生したらしい……」


「「「えぇっ……!?」」」


 一応中身を確認させてもらったが、ルエスの言った通りだった。クエストの内容は、それを倒してほしいというS級のものだ。


 変異種モンスターっていうのは、稀に同一種のモンスターから生まれる。見た目はまったく変化しないものの、タフさや詠唱スピード等、様々な部分が強化されることでも知られる。


 ジャイアントレイブンはB級だが、その程度のモンスターでも変異するとS級並みの強さとなり、さらに放置し続けた場合SS級以上、すなわち災害級モンスターにまで進化する恐れもある。


「危険極まりないクエストではあるけど、今の僕たちにはラウル君がいるからね。やるかい?」


「そうですね……ラウルさんがいますし、報酬も凄く美味しいですし……」


「ラウルがいて、報酬が金貨100枚ならやるしかないわね! 毎日ステーキ食べれちゃうし!」


「ははっ……」


 期待されるっていうのは新鮮だが嬉しいな。S級の依頼の報酬は大体平均して金貨50枚のところ、これに関しては金貨100枚と破格になっていることからも、いかに変異種が脅威なのかがわかる。


 ただ、変異種ってそんなに出現するわけじゃないんだよな。冒険者ギルドによると、ここ三十年ほどで一年に一回の割合しか発生していないと発表していたはず。


 かつて俺が『神々の申し子』に所属していた頃、変異種から進化した災害級モンスターを退治したことがあるんだが、それから一カ月くらいしか経ってないのにもう新たな変異種が誕生したっていうのか。


 とはいえ、一年に三回とかならともかく二回だし、ありえない話でもない。


 パーティーに入ったばかりの新人としては、ルエスたちに良いところを見せられる機会だし最適のクエストといえるだろう。よーし、やってやるぞ……。

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