第4話 羞恥心は仕事しろ
「お嬢様、あたらしいお召し物が届いていますのでお着替えを――」
「ンだよぉ、ソウジ。な~んかよそよそしいなぁ!」
執事服の燕尾を引っ張って、S5003は子どもっぽくダダをこねる。
つい、と首を傾げた拍子に銀の髪が肩に零れて。むーっと不満げに頬を膨らませるそのあまりの可愛さに、図らずも表情筋が緩んでしまう。
最上層のこの部屋は自動カーテンを開けると都内を一望できる仕様になっており、陽光を反射する銀糸と圧倒的美少女っぷりは、まさに聖女そのものなのだが……
「なぁなぁ~! また牛丼食べに行こうよぉ~! メシツカイ?のふりとかどーでもいいからさぁ~!」
「フリじゃなくて、本当に召使いなんですけど……ああもう、せっかく人が敬語でそれっぽい雰囲気を出そうとしたのに台無しじゃないか。いい? こういうのはオンオフが大事なんだ。これからは、キミが『聖女』として振る舞うときは僕も『執事』として振る舞うようにするから。互いに敬語で話すこと」
「んえ~??」
「わかる? 敬語」
「ですます調」
(……ん~。及第点か? いや、採点甘すぎ?)
「……まぁいいか。一応、組織の
「んやったぁ~! 牛丼~!」
「褒められたからっていつでもご褒美が出るわけじゃないからな!? 牛丼はまた今度! ハカセから外出許可が出たらね。そもそも、キミは『聖女様』として信徒の理想の美少女を演出しないといけないわけだから、プロポーションにも気をつかわないと……」
と。頭の先から爪先までを見流すと、行って帰ってきた視線が蒼い瞳とかち合う。
「……今、私のおっぱい見ただろ」
「不可抗力だよ」
まぁ。想定よりあるな、とは思ったけど……Dくらい?
華奢だし小柄だからパッと見幼女体形かとおもっていたけど、結構あるな。年相応に女らしい身体つきをしている――
「えっち」
「不可抗力だってば。これも仕事のうち――」
「ソウジのむっつり」
「世間知らずなくせに、そういう単語は無駄に知ってるんだ?」
「『この世に無駄な知識なんてものはありませんよ。何事も学習です。痛みも、喜びも、悲しみも』――」
「……ふふっ。ひょっとしてハカセの真似?」
「似てるだろ? 無駄に」
「「あはははは!」」とひとりきり笑い転げ、僕らは再び届いた服――プリンセス然とした純白のドレスに対峙する。
普通に着ればいいのにと思うなかれ。このドレスは背が開きすぎていて、前をおさえたまま誰かに背中の紐を結んで貰わないといけないやつなのです。だから、躊躇しているのは僕の方なわけで――
「で。これ着ればいいのぉ~?」
バサッ!とワンピースを脱ぎ散らかす彼女に、おっぱい見られてエッチとか言っていたのはどの口かと問い正したい――! てかノーブラ!? ブラジャーくらい支給しろよハカセ!!
「急に脱がないでください! 心臓に悪い!!」
「あわ、あわわ!? 元の服着せてどーすんだバカ!」
「お前に羞恥心はあるのか!? ないのか!? どっちなんだ!」
ワンピースをかぶせられて不満げな彼女は、何が悪かったのかわからないといった表情で。それがまた頭痛をひどくさせていく。
「……S5003」
ぽつり、と呟いた彼女の言葉に、部屋がしんと鎮まりかえって。僕は我に返った。
「……あ。名前――」
「ん」
「……ごめん。『お前』なんて呼んで。S5003……呼びづらいな。愛称とかないの?」
「愛称……?」
「うん。親しい人に呼んでもらう、呼び名みたいな――」
「親しい人……」
つい、と俯く視線に、胸がちくりと痛む。
(冷静に考えたら、そんな人いるわけないよな……)
「……ごめん」
謝ると、彼女は「別にいーよ」と言って、僕をまっすぐに見上げた。
「ソウジがつけてよ。愛称」
「へ……?」
「――親しい人」
『……でしょ?』
陽光を背に、にぱ、と微笑む彼女に。
僕は再び忠誠を誓った。
「好き」というにはまだ早い感情だとは思う。
けれど僕は、そのとき確かに、彼女のことを「守りたい」と、そう思ったのだった――
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