第3話 同棲

 約束の三時間後。

 僕らは牛丼屋で大盛り三杯を平らげて公園のベンチに座っていた。


 時刻は朝七時。早朝のランニングや犬の散歩以外の人もちらほらと現れはじめ、腰まである銀髪を靡かせる、浮世離れした美少女が視線を集め始める時間帯。

 できるだけ人目を避けるようにして待機していると、公園通りにはおよそ似つかわしくない白の高級車……ん? なんだアレ。ベンツじゃない。見たことのないロゴだ。


「フェラーリを見るのは初めてですか?」


 左ハンドルの運転席から笑みを覗かせるハカセ。

 見るからにブルジョワジーな佇まいに、これから養われる予定の僕は誠に不本意ながら(金銭的な意味で)胸を撫でおろす。


「フェラーリって、赤じゃないんですか?」


「ソウジくん。キミがその辺の知識を持ち得ていたことに驚きを隠しきれません。確かにフェラーリは赤が人気です。ですが別に、赤じゃなければいけない理由もないでしょう? ほら、目立ちますから乗った乗った」


「目立つのが嫌ならフェラーリで来ないでくださいよ」


「仕方ないでしょう。別荘にあったコレしかなかったんですから。部下に手配させて大急ぎで持ってこさせたんです」


「ほげぇぇえ……これ車ぁ……? ロボ……?」


 見慣れないものの連続で、S5003は脳がパンク寸前のようだ。

 僕は彼女のシナプスのためにも急いで車に乗り込み、扉を閉めた。


 それから、都内をぐるぐると走ること数十分。

 新宿のとある高層マンションの地下に、フェラーリはおさまった。


「とり急ぎ、教団の”活動”のために抑えていたマンションを一階層分、ポケットマネーで貸し切りました。部屋は大きく分けて三つ。キミとS5003の部屋、私の部屋、私の研究室兼執務室です。今から一か月はここで暮らし、新たな団体の活動が軌道に乗って潤沢な資金を得られるようになったらフロアごと買取ります」


「なんつーセレブリティな作戦……」


「うっふふ。これも、敬虔な信徒の皆さまの功績によるものです。そも、今回フロアを貸しきれたのも、元々信徒の方が所有していたものを月極で献上していただく、というカタチで得たものですし」


「違法献金……? ハカセ達のいた宗教団体は、いったい何をしていたのですか? それともこれは臓器売買の賜物……? もしかしてもしかしなくても、その臓器の中には僕の両親も含まれたんですか?」


 問いかけに、ハカセはくつりと笑みを浮かべる。


「内緒……と言いたいところですが、キミの両親は我々以外の組織からの多額の借金により首が回らなくなり、鬱を患って自殺しました。よって、含まれていません。キミがウチの組織に売られてきたのは、遠い親戚を名乗る者からの”寄付”ですよ。恨むならその方を恨みなさいな」


「そう、ですか……」


(そんな親戚、僕にいたっけ……?)


「とはいえ、私に拾われたからにはきちんと仕事をしてもらわねば。ソウジくん、今日からキミには、新しい宗教団体の『聖女様』のお世話をしてもらいます」


 マンション最上階の一室を開けて、ハカセはS5003に視線を向ける。


「団体最恐にして最後の『聖女』……S5003を、皆が崇めるような素敵なレディにしてください」


「……へ?」


「S5003、おめでとうございます。あなたは遂に『最後のひとり』になりました。もう戦わなくていい。毎日空腹に怯えなくてもいい。あなたはただ、彼の指導のもと、『美しく清らかで神聖な組織のシンボル』として佇んでいればいいのです」


「????」


 まるっきり事態を把握できていないS5003に、思いのほか柔らかな笑みを浮かべるハカセ。そうして彼は、その笑みに幾許かの同情を込めて僕の肩を叩いた。


「一応『聖女』なので、信徒の方を前にした演説とかがあります。絵空事とも見紛うような崇高な理想を掲げて、清廉潔白な人類のすばらしさを説き、醜い世を憂う……そんな美少女を演出してください。プロデューサーは、キミだ」


「……!」


「さて。私には前身だった組織の片付けや引継ぎ、逃げ出した所員や『聖女』の後始末など、仕事が山積みです。とはいえ、のんびりしていては資金が底をついてしまう。新たな団体の設立宣言、および『シン・聖女様』のお披露目などは一か月後にいたしますので、それまでに彼女を――」


「ヒャッハァアアア!! なんだこれ、広いぞ!すごいぞ! ベッドふかふか気持ちいい~~~~!!!!」


「「…………」」


「間違っても、ヒャッハァ――! などと笑わないような淑女に……使いものになるようにしてください」


「最後、本音が出ましたね?」


「はい、決まったら即行動。キミの新たな制服――執事服は午前中に届きます。S5003の私服は午後に。それまでに、S5003と親睦を深めつつ同居生活のルールなどを好きに決めたりしてください。服が届いたら、彼女をお着替えさせるのがキミの初仕事です」


「え゛っ。お着替え……?」


「なンだぁ~? これ、スイッチ? わっ、すごい! 押したら風呂からぶくぶく出始めたぞ!!」


「……の前に、一緒にお風呂ですかね?」


 くつり、と幾ばくかのひやかしを込めて、ハカセは立ち去った。


 僕はこれから、彼女を立派な聖女にするために執事をする――ということらしいが……


「わっ! びしゃびしゃ! なんか出た! うわーっ、水だ! お湯だ! あははは、気持ちいい~~!!」


 シャワーの使い方も知らない、全身ずぶ濡れではしゃぐ少女に、おしとやかさが身につく日なんて来るのか……?


 僕は、ため息を吐きながら彼女を浴室から引きずり出して、心を虚無にして全身をタオルで拭いたのだった。


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