『誰もいない首都』 6


 『あなたは、首相さんは、つまり、何なのでしょうか?』


 ぼくは、ちょっと、こういう場合は、どう言うべきか、しゅん巡してしまった。


 芸術家以外を尊敬しない、悪いくせがあるぼくであるが、それでも、首相さんに直に面会している状況では、社会的に必要な程度の礼儀は尽くすべきである。


 であるが、はっきり言って、こういう方に面談するのは始めてだ。


 しかし、彼女は、そういうことには、なんの引っ掛かりもないように、こう答えた。


 『あたくしは、脳の、1/5がオリジナルな人類、のこりは、複製です。まあ、人間と呼ぶには、いささか、力不足です。ははははははは。』


 『はあ。え。あの、それは、昔からですか? いや、言い方が、悪いかも知れないですが。』


 『いえいえ、全然。前回の総選挙の際は、脳のほとんどが、オリジナルでしたが、その後になって、ちょっと病気をしましてね。残念です。』


 ぼくは、いささか腹が立ってきた。

 

 『むむむむ。あの、失礼ながら、ぼくは、まだ、受け入れがたいですよ。それって、ずっと、国民には、秘密だったわけですね。🙊』


 『はい。残念ですが。政府としても、また、国際社会としても、こうしたことを、発表することによる混乱は、恐怖でした。そのことによる、人類絶滅の方が、心配されました。だから、あえて、公表する度胸がなかったのです。』


 首相さんは、あっさりと、非を認めた。


 『うーん。ぼくは、アホですし、なんの地位も、ちからもない。でも、なぜ、ここにいるのが、ぼくなのですか。まったく、理解不能なような。』


 『先ほど申しましたが、ほんとうに、不作為の結果なのです。あなた様を、どうこう、しようとか、したのではありません。申し訳ないと、お詫びはいたしますが、実態はそうです。もちろん、政府の政策の結果ですから、あたくしたちに、責任はあります。そこで、お願いです。あなたの健康は、我々に可能な限り、最高の管理を行い、最大限維持いたします。費用は全て政府が持ちます。また、生活費すべても、今後は政府が負担します。そのかわり、というと、おかしいですが、毎月、半分は、この首都で暮らしてください。あなたの年金は、5倍にいたします。』


 『6倍です。首相。』


 御徒町さんが、訂正した。


 『失礼。6倍です。』


 6倍? それは、確かに悪くはないが、いったい、首都でなにをせよと言うのだろう。


 『特別なことは、なにもありません。あなたがご希望なら、他の地域にいる人類から、お友達を作ることも、お手伝いいたします。女性でも。』


 ぼくは、独身である。しかし、今さら、女性はいらないし、友人は必要ない。


 退職して以来、ずっと独りだったのだ。


 他人がいると、却ってやっかいなのである。


 気遣いも必要になり、疲れるだけだ。



          🌹



 ちょうど、その時間、地下のホームには、二両編成のリニアモーターカーが、到着していた。


 車両は、オリジナルな、通常サイズである。


 ただし、乗っていたのは、全身が紫色の、円形の生物たちだった。


 それを出迎えたのは、今、首相といっしょにいるはずの、御徒町さんであった。


         🙆

  


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