『誰もいない首都』 3


 ホームに降りると、全く無人かと思いきや、実は、お迎えの人物が現れたのである。


 昔の名高い手塚治虫さまのアニメに登場する、天馬博士、から毒を抜いたような顔の人物が、にこやかに現れた。(ちなみに、天馬博士は、漫画の設定では、1966年生まれになるようなので、つまり、筆者、あほのやましんよりかなり若い。)


 『よくいらっしゃいました。わたしは、第一秘書官の御徒町(おかちまち)と申します。このあと、首相との面会を予定しております。わたしから、あらかじめの予備知識をお伝えしようと思ったのですが、首相から阻止されました。ご自分で話したいらしいです。現在の首相は、ご存じかもしれませんが、我が国二番目の女性首相である、忍蔵(おしくら)たい子と申します。どうぞこちらに。』


 御徒町氏は、ぼくと、かの護衛の方々をひきつれて、ホームからちょっと奥まった場所にあるエレベーターの入口に案内した。


 無防備なくらいに、誰もいない。


 『世間に、さまざまな憶測があることは、分かっているのですが、現在の世界には、いまだに世界征服のようなことを考えている指導者がありまして、あるいは、人類の総自滅なるものを、相変わらず唱える指導者も、まだあったりして、世界各地でのテロも収まらず、油断なりませんゆえ、ここが、首都になりましたが、これは、一種の自衛作戦でもありました。このビルは、すっぽりと、地下に埋まっております。入口は、これだけです。地上からは入れません。ここは、地下千メートルあたりですが、全体の中間部分です。このビルだけで、ほとんどの省庁が、全部、収まっております。明け透けみたいですが、実は、厳重な警備があります。我々は、きちんと、監視されております。ははは、え、また、職員、家族などの寮は、となりに付属してあります。』


 なるほど、世間の噂は、必ずしも、間違いとうわけでも、なかったらしい。


 信じる以外に、ぼくには有効な方策がない。


 我々は、かなり大きなスペースがあるエレベーターに、乗り込んだ。


 『リニア線は、もはや定期運行はしておりませんが、必要な物資や、要員の移動には現役で活躍しています。』


 御徒町さんが、大体予想されていた状況を教えてくれた。


 問題は、その、運んでいる中身ではあるのだが。


 『弁解ではありませんが、現政権は、この国の維持に、必死の努力はして来ておりまして、先の政権の負の遺産を、なんとか取り返したく頑張ってきました。たしかに、成立に国民の審判を受けていないのは、事実です。そこらあたりの状況の詳しくは、首相さんが話をするでしょう。』


 先の政権の負の遺産、というのは、国民もある程度は分かっていた。


 核戦争になる以前の政権は、各種の秘密情報などから、その可能性がかなり高いとみて、軍事力の増強に走ったが、先に国民に、詳しい理解を求めなかったし、結局は、あまり役には立たなかった。


 早くから、識者の指摘はあったが、核戦争は、突如始まり、あっという間に終わった。


 30分も掛からなかった。


 人類滅亡、とまで行かなかったのは、長年の、メンテナンスの不備や、そもそもの不良品などもあり、作動しなかった弾頭がかなりあったから、とも言われたが、実際は、たまたま、だったらしいが、実情は、はっきりはしていない。


 我が国では、核戦争以前の、当時の政権が責任を取る形で、解散総選挙になったが、なんと、まったく予想外の、新しい『新文明開花党』という、超常的復古主義の政権が出来た。


 その中から首相となったのが、我が国初の女性首相、前川氏であった。


 実のところ、この方自身は、非常に優秀で、なかなか立派な見識もあり、国民の人気も得たのだが、周囲があまりに、オカルト的な人物が多く、AIが、地球を乗っ取ろうとしている、という主張の下で、コンピューターやロボットの打壊し政策に出た。


 結局、一年足らずで、我が国では起こらないと言われた、割に平和的ではあったが、クーデターが起こり、今の『人類平和党』の政権になった。


 しかし、同時に国内には、核汚染が押し寄せたうえに、新しいタイプの危険な伝染性の病気が蔓延したりしたして、ついには、国民総隔離政策になった。


 世界的にも、主要な都市は核で壊滅状態になり、産業基盤は破壊され、燃料も回らなくなり、食糧も行き渡らなくなり、激しい混乱が続いていた。


 我が国も、首都を移転せざるを得なかった。


 しかも、まだ、国際的な破壊活動が収まらないため、秘密裏に行った。


 一般人が知っているのは、その程度だ。


 『首相は、一番上の階におります。つまり、天国ならぬ、地上に一番近い場所、ですな。非常に、フランクな人で、遠慮は要りませんから、なんでも話してください。なに言っても、今はもう、処罰なんてないですから。ははははははははは。』


 エレベーターは、大変に静かで、あまり重力の作用は感じられなかった。


 そうして、ついに、ぼくは、目的地に着いたのだ。


 


 


 


 

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