旅の小話 静かな森の賑やかなお茶会
森の奥深く、小さな家の植物で溢れる煤けたガラスの温室で、エルフはグラグラと揺れるクッキーの山が乗った皿を、ゆっくりと慎重に運んでいた。
温室の中央に置かれた緑色のテーブルに一歩ずつゆっくりと進み、静かにテーブルに皿を置いた。エルフが皿を無事に置けたことに一安心していると、ハーフリングの少女が大きなポットとコップを持って椅子に座り「ガチャンッ」と音を立ててテーブルに置いた。するとクッキーの山はばらばらと崩れ、何枚かのクッキーがお皿を超えて、テーブルの上に転がった。
その光景を見て、エルフは思わず「あぁ…」と声を漏らしたが、ハーフリングが鼻歌を歌いながらコップにお茶を注ぐ姿を見て、自分の考えていることが馬鹿らしくなり何も言わずに椅子に座った。
エルフが椅子に座り、クッキーに手を伸ばそうとしたとき、ハーフリングは「はいどーぞ!」とニッコリ笑いながらお茶の注がれたコップを差し出した
「ありがとうございます」
軽く会釈をしながらエルフが受け取ると、ハーフリングはもう一つのコップにお茶を注ぎ、ポットを置くとすぐに一口飲み「はぁ~」と幸せそうなため息を吐いた。
そんなハーフリングを見てエルフもお茶を一口飲むと、驚きの声を上げた。
「あれ、口に合わなかった?」
エルフの態度に不安げな表情をしながらハーフリングが聞くと、エルフは首を横に振り、あまりにも美味しくて驚いてしまったと伝えた。ハーフリングはその言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろし「よかった…」と呟くと、お茶を一口飲み、クッキーを一枚手に取った。
エルフはごくごくとお茶を飲みながら、これだけの味なら相当高級なお茶じゃないかと聞くと、ハーフリングは「んーんー、違うよ」と口をもぐもぐ動かし、頬を膨らませながら返した。
エルフはその返事を聞いてお茶を飲む手を止め、恐る恐るこのお茶は何なのか聞くと、ハーフリングはゴクンッとクッキーを飲み込み「ぼくの作った薬茶だよ!」と言ってコップを掲げた。
「そういえば、薬屋でしたね」エルフが言うと、ハーフリングは自分の薬は評判がいいと自慢げに言いながら、ニコニコと笑い、クッキーを二枚手に取ると上機嫌に食べ始めた。
エルフはコップをテーブルに置き、クッキーに手を伸ばしながらすごい薬屋なんだなと呟くと、それを聞いたハーフリングはクッキーを喉に詰まらせ、胸を叩きながらお茶を一気に飲み干した。
「植物の加護があるからね」
ハーフリングは落ち着くと、そう口にして、少し咳をした。
エルフはその情報を耳にして、クッキーを一口齧り、ハーフリングの言う加護について尋ねた。
「植物の効能とか種類がわかる加護だよ」
ハーフリングがクッキーをお茶に浸しながらそう言うと、エルフはすごい加護だと褒め、それを聞いたハーフリングは、自分にとってそこらの木の葉ですら薬にできると自慢げに笑いながら外の木を指さした。
「じゃあ、どんな病気も治せる薬を作れるんですね」
エルフが外の木を見てそう呟くと、ハーフリングは目を細めながら、それは無理だと少しトーンの落ちた声で言い、お茶を一口飲んだ。
エルフはなんの考えも無しに「無理なんですか?」と聞くと、ハーフリングは窓の外の遠くを見ながら、自分の薬は有能だが万能じゃないと言って話を続けた。
「昔、ぼくが薬を卸している国で流行り病が蔓延ったことがあってね、その時ぼくは、すぐに薬を作って、なんとかその病気は収まったんだ」
ハーフリングはそう言い終えるとコップにお茶を注いだ。
エルフが「すごいですね」と言うと、ハーフリングは首を横に振り、確かに全滅は防げたが数種類の病があったせいで全部は救えなかったと暗い声で言ったと思うと、急に立ち上がり、拳を固く握って、だからいつか絶対に万能薬を作って、沢山の人を救うんだと熱く語り、ハアハアと息を切らした。
エルフはそれを聞き終えると、この森の植物じゃ無理なのか尋ねると、ハーフリングはもしゃもしゃとクッキーを貪りながら「全然足りない!だからいつか花の国に行きたいんだ」と言い、口の中のクッキーをお茶で流し込み、だけど…と言葉を濁した。
「だけど?」
「すっっっっっっごく遠くなの、そこ」
それに続けてハーフリングはテーブルの上に顎を乗せながら、すごくお金がかかるから行けるのはいつになることやらとため息を吐いた。
その状態でクッキーを咥えるハーフリングに、エルフがその国はどんな所なのかとハーフリングのカラのコップにお茶を注ぎながら聞くと、よく聞いてくれましたと言わんばかりに目を輝かせ、体を起こして話し始めた。
始めは薬の専門家の魔術師達が作ったどんな気候も魔術で再現した、小さな村くらいの植物園だったが、ある行商人が村と間違えてそこに訪れた時、沢山の種類の品質のいい薬草たちを見つけると、大量に買って国に売りに行ったんだとハーフリングは少し興奮気味に言い、エルフは相槌を打ちながら黙って聞いていた。
口が乾いてお茶を飲むハーフリングに、エルフがそんなに薬草はいいものだったのかと聞くと、ハーフリングは口を服の袖で拭い、いいなんてものじゃないと続けて話し始めた。
「行商人が売りに行った国でその植物園の噂はあっという間に広がって、最初は薬の研究とかをしたいから手伝わせてくれーって人が来てたんだけど、いつの間にかその人がほかの人を手伝いとして呼んで、またその人が仕事がもらえるってほかの人を連れてきてーって感じで、気が付けばあっという間に沢山家が建ち始めて、そこら辺の街より大きい街になったんだ。それで数年もしないで国まで発展して、薬草の国って名乗り始めたんだ」
ハーフリングはそう言い終えると息を切らしながらお茶を一気に飲んだ。
「あれ、花の国じゃないんですか?」
エルフがそう尋ねると、ハーフリングは興奮気味にまた話を始めた。
「最初はみんな、薬草の国って仮で呼んでたんだ。でもある日、どこでここの話を聞いたか旅人が来て「花の国はここですか?」ってキラキラした目で聞いてきたんだって。そう観光目的だよ?。確かにこの国の地域は暖かいうえに、魔術で所々気候が変わってるから、国の中を歩けばカラフルな葉っぱとか花でいっぱいなんだ」
「ああ、だから花の国なんですね」
ハーフリングは頷き、話を続けた。
「うん、ここはでっかい植物園みたいなもので、薬作ってるだけなんですって言って、せっかくここまで来た旅人を残念がらせるのが嫌だったみたいで、そこから観光事業を始めて、薬草じゃなくて花を名乗り始めたみたいだよ。まぁ、そっちの方が印象悪くないしね」
そう言い終え、ハーフリングは立ち上がると、クッキーのなくなった皿を、流し台に持っていき洗い始めた。
そんなハーフリングの背中を見ながら、エルフが楽しそうなところだと言うと、皿を洗い終えたハーフリングは振り向き、流し台に体を預けながら「絶対楽しい、いつか絶対行くよ」と言って、目を閉じながら静かにはにかんだ。
エルフが残りのお茶を飲み干し、自分もいつか行きたいと言うと、ハーフリングは目を開き、エルフを見ながら口を開いた。
「そういえばマチ、服乾いてるんじゃない?夜だし」
それを聞いてエルフが「えっ!」と驚きながら上を見上げると、空には月が浮かんでいた。
エルフが冷や汗をかきながら、近くに宿のある所はないか尋ねると、ハーフリングは笑いながら無いねと言ってポットを片付け始めた。続けてエルフは、申し訳なさそうに泊めてもらえないか聞くと、すぐにハーフリングは「いいよ!」と元気よく答えた。
「ただ一つ、泊めるのに条件を…」
ハーフリングがにやりと笑いながらそう言うので、エルフは何を言われるのかと思いながら、条件を聞いた。
「ぼくって普段人と話せないから、話し相手になってくれない?」
「もちろん!いくらでも話しましょう!」
その後、エルフとハーフリングは一晩中話に花を咲かせ続けていた。
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