第41話 森の薬屋

木々の間からキラキラと日が差し、鳥たちのさえずりが聞こえる綺麗な森の中で転び、私は泥まみれになって歩いていました。


決して、見たことがない鳥を見つけて上を見て歩いていたわけじゃありません。森の中を進んでいると、いつの間にか足元がドロドロになっていて、足を取られて転んでしまったんです。


森を見かけると気になって中に入ってしまうのはエルフの性でしょうか?


まあ、全身ドロドロのまま、ぬかるむ地帯を抜けると、森の中にぽっかりと穴が開いたように小さな水場がありました。


泥で視界が悪くて不快だったので、私はすぐに顔の泥を洗い流し、顔を上げるとさっきまで視界が悪かったので、なんだかいつもより回りが綺麗に見え、すこし興奮しながら周りを見渡すと、水場のすぐ横に岩があり、岩の隙間から水がちょろちょろと湧き出ていました。


ここから水が出てるのかと思いながら、横に視線を移すと、森の緑に溶け込んで一軒の家が建っていて、しかも煙突から煙が出ていたんです。


人がいるなら、服を洗う道具でも借りようと思い、べちゃべちゃと泥の足跡を残しながら家の扉に向かい、こんこんと二回ノックしました


すると中から「ちょっと待って!」と女性と言うより女の子に近い声が聞こえ、バタバタと走る音がしたと思えば、パリンッと何かが割れた音がして「うわぁやっちゃった!」といかにも落胆しているような声がしました。


私は大丈夫かなと少し心配しながら、乾いてきた上着の泥をぽろぽろと落としていると、ギィーと軋む音を鳴らしながら扉が少しだけ開き「はいはいどちらさま~?」明るい声でハーフリングの少女が中から顔をのぞかせたと思うと「あ、あれ?ちょっと待って…」と言った瞬間、勢いよく扉が開き、私の顔に衝突しました。


まさかの不意打ちによる激痛でその場に顔を押えてうずくまり、痛みが引いてきたところで顔を上げると、ハーフリングの少女も私と同じく顔を押えて悶絶していました。おそらく、私の顔に衝突した反動で戻り、自分の顔に当たったのでしょう。


痛む場所を撫でながら立ち上がり、ハーフリングの少女に大丈夫か確認すると、彼女は笑いながら「大丈夫大丈夫!うちの玄関建付けが悪くってさ、ほら、こんな森の奥だから気軽に大工も呼べなくて」と言いながら顔を上げ、私の顔を見た途端、目を輝かせ「エルフだ!」と嬉しそうに叫びました。


私が彼女の気迫に怯むと、その隙を逃さんと言わんばかりに質問攻めが始まりました。名前、どこから来たのか、耳を触ってもいいか、あとほかにもたくさん聞かれましたがほとんど忘れました。


そのあとは世間話が始まって、あの国はどうとか、最近の野生生物が減ってきてとか、このまま永遠にしゃべり続けるんじゃないかと思いながら、乾いた泥をぽろぽろ剝がしながら相槌を打っていると、急に「ところで…」と呟き、私の頭から足までなめるように眺めた後「なんで泥だらけなの?」と、ニコッと笑いながら首を傾げました。


私は森に入って、気が付いたら地面が泥だらけで、そして転んだと簡潔に説明をして、本題に入ろうとすると、ハーフリングの少女は「あーなるほど!それで洗う道具かなんか借りようと思って、ここに来たと。でもまぁ、よくこんな森の奥にあったよくわかんない家の人から借りようと思ったね、私だったら怖くて近づきすらできないよ」と早口で言い終えると「ちょっと待ってて、すぐに持ってくるから」と言って、バタンと扉を閉めました。


私は一歩下がり、万が一のことを考えてもう二歩下がって待っていると、勢いよく扉が開き、ハーフリングの少女が眩しいくらいの笑顔で「洗い桶もってきたよ!」と大きな桶を抱えて出てきました。その瞬間、全開まで開いた扉が壁にぶつかり、その反動で勢いよく戻ってきた扉が彼女の肘に激突して「ぐふぉお…」と言葉にならない声で悶絶し、洗い桶を落としました。


やはりこうなると思っていたので、少し下がっていてよかったなと思いながらハーフリングの少女に大丈夫か聞くと「大丈夫…」と言ってふらふらと歩きながら私の前に来ると、ポケットから透き通った緑色の液体が入った小瓶を取り出し、早く受け取れと言わんばかりに私の前に差し出すので、それを手に取りました。


その瓶を傾けると、蜂蜜の様に少しとろみがあり、これは何だろうかと思っていると、ハーフリングの少女が「それはね、ぼくが作った洗浄液!それで落ちない汚れは燃えて炭化した黒い所くらいだよ!」と言って、大げさな動きをした後に親指を私に向けて立ててきました。


彼女の今までの素行に思わず「自分で…?」と呟くと、ハーフリングの少女は口を押さえ「あ!名前言ってないじゃん!」と叫び、握った手を口に当て「おほん」と小さく咳をしました。


続けて彼女は「ぼくの名前はリリーグラベル!ハーフリングでーここで薬屋をやってるんだ!愛情を籠めてぇ~私のことはリーちゃんって呼んでもいいんだよ」と自己紹介をした後、ほらほらと催促するように手招きをして、丸い耳に手を当てました。


私は戸惑いながら言われた通り「リーちゃん」と名前を呼ぶと、リリーは「はーい!」と元気よく手を上げました。


正直、ドロドロの状態で洗い桶とリリーの自作洗浄液を持った状態で、催促されてリーちゃんと言うと、言わせた本人はなんか元気よく返事するという状況に、意味が分からな過ぎて思考停止していました。


私が混乱して固まっていると、リリーは「どうしたの?さっさと洗っちゃおう?」と顔を覗き込んできました。そこで我に返った私は、そこの水場を使っていいか聞くと「いいよー!さっさと洗って中でお茶しよう!」と元気よく両腕を上げました。


私は、元気だなと思いながら苦笑いをして、水場に向かい、汚れている服を脱いで洗い桶の中に入れて、一旦それを放置して、後ろに置いた鞄から予備の服を取り出して着替えていると後ろから「そういえば、あなた名前は?」と後ろからリリーが話しかけてきました。


自分の名前を言いながら振り向くと、リリーが腕まくりをして私の服をワッシャワッシャと洗っていました。彼女が私の服を洗ってくれていることに驚きましたが、それより驚いてしまったのはもこもこと山になった黄緑色の泡でした。


私が思わず「それ大丈夫なんですか!」と叫ぶと、リリーは「大丈夫大丈夫!泥くらいだったら簡単に落ちるよ!」とずっとニコニコしながら服をもみ洗いしていました。


彼女の言う、泥の汚れが落ちるかの心配より、その緑の泡で服が染まってしまわないかそわそわしていると、「よし!」と言って泡を水で何度もしっかり洗い流し、服を広げて大きく振って水を切ると、家の裏に走っていきました。


リリーはロープを抱えて戻ってくると、慣れた手つきで木と木の間にロープを張り、洗い桶の中の服を干し始めました。


私はリリーのあまりの手際の良さに、手伝っても邪魔にしかならなそうだったので、黙々と作業する彼女を、ただ「服が染まらなくてよかったな」と思いながら眺めて応援していると、彼女はあっという間にすべて干し終わり、腕まくりをしながら私に駆け寄ってきました。


私の前に来たリリーは一呼吸ついてから「どうせ服が乾くまで時間かかるし、中でお茶でも飲みながらお話ししようよ、マチ!」と言って手招きをしながら家の方へと向かっていきました。


彼女に返事をしてゆっくりと家へ歩いていると、いつの間にか玄関まで行っていたリリーが「お菓子もあるよ!」と言うので、私は仕方がなく走って彼女の元へと行きました。

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