第40話 ある悪魔の友人



潮風と波の音が心地いい港町の冒険者組み合での依頼を終わらせて、宿に戻ろうと依頼で疲れた体でとぼとぼと歩いていた時、道端でひときわ目を引く猫を見つけたんです。


その猫を撫でたい一心で、猫に警戒されないように体を屈めて、鳴き真似をしながらゆっくりと近づいていた時、後ろから急に「何をしているんですか」と、声をかけられました。


ああ、この子の飼い主さんかなと思い、謝りながら振り向くとそこには見覚えのある顔がありました。


ボタンを開けた白いジャケットを颯爽と纏い、白いシャツの真ん中には真っ白ネクタイをビシッと締めて、白髪で肩幅が広く、背が高い無精髭だらけのやさしい顔をした悪魔。今でもあの顔を思い出すだけで、何年も前に彼に助けられた時の記憶が鮮明に蘇ります。


彼の顔が目の前に現れ、懐かしさが胸を満たし、こめかみの辺りがざわざわした瞬間、思わず「タイコス!」と、彼の名前が口からこぼれ、それと同時に、足が自然と彼の方へ向かい、気が付けば走って彼に駆け寄っていました。


どうしてこんなところに居るのか聞くと、彼は「いつもの野暮用ですよ」と、微笑みながら落ち着いた口調で答えました。


私は久しぶりに会えたことが嬉しくて、その場で彼に沢山質問をしたり、私の近況報告などを沢山話し始めてしまったんです。でも彼はその私の話を嫌な顔一つせず、丁寧に返事を返してくれていました。


私の興奮が少し落ち着いた頃、タイコスが静かに「お師匠様は見つかりましたか?」と、尋ねてきました。その質問に、私はただ首を横に振ることしかできませんでした。


彼は「そうですか…」と、呟き、一瞬顔を曇らせましたが、すぐいつもの温かな顔に戻り「いつものようにどこかで食事でもして、ゆっくりお話でもしましょうか」と提案をしてきたので、私は二つ返事で彼と共に夕暮れの町へと食事を探しに行きました。


日が落ちた頃には、静けさが漂う港町の飲食店街を私達は歩いていました。


私はこの町の冒険者組合に勤めていた受付嬢から聞いた「ここの魚は新鮮で美味しい」という情報をタイコスに得意げに伝えましたが、彼はくすくすと笑いながら「本当にあなたは人付き合いが上手で羨ましいですよ、あと情報収集もなかなかですね」と、からかい混じりに褒めてきました。


私は「別に普通ですよ」と、控えめに答えると、タイコスは口を押え、さらに笑い始め「エルフは他種族を嫌悪する種族だとよく聞きますが、あなたはその中で一際輝いているようですね」と、彼らしい人が怒るか怒らないかの境界線を歩く軽い皮肉を交えて言いました。



彼と雑談をしていると、いつの間にか、目がちかちかする程明るい飲食店街の端まで来ていました


「あそこにしましょう」


タイコスはそう言って、道の外れにある小さなお店を指さしました。私はここならゆっくり話せそうだと思い、早く中に入ろうと彼を引っ張りました。


お店の中に入ると、テーブルが並んだ通路の正面にあるカウンターの奥から店主らしき人が「いらっしゃいませ」と、言いながら出てきました。


私が店主さんに人数を伝えると、彼女は大丈夫でございます、と言って一礼しました。彼女は顔を上げた瞬間、口に手を当て「ヒッ」と、声を漏らしたので、何事かと振り向くと、タイコスが「少し小さいですね」と、言いながら、入り口をくぐるのをてこずっていました。ガタガタと音を立てながらやっとタイコスが中に入ったのを確認して、改めて店主さんの方を見ると口に手を当てながら、涙目になり、震えていました。


いつものこの光景に苦笑しながら、店主さんを落ち着かせようとしましたが、まったく効果がありませんでした。


私が困り果てていると、背中を丸めたタイコスが「怖がらせてしまって申し訳ありません」と、何かお日様のようなオーラが出ていそうな温かな笑顔で店主さんに語り掛けました。


そんな彼を見て、店主さんは、タイコスが危険な存在じゃないとわかったようで、すいませんと何度も頭を下げながら「一番奥の席へ…」と、か細い声で言いました。


店主さんがメニューを取りに奥へ戻っていったのを見送り、私達は指定された、奥のテーブル席へと向いました。


私が壁側に座りましたが、タイコスにはすべてが小さいので、通路にはみ出し、椅子を二つ使って、なんとか落ち着ける状態になりました。


そんな彼に魔術とかで小さくなれないんですかと軽い冗談を言っていると、店主さんがメニューとお水の入ったガラスのコップを持ってきたので、私は水を一口飲んで、メニューをめくりました。


メニューの中の魚のフライと唐揚げのどちらにしようか悩んでいると、タイコスが「そう言えば、あの獣人の子供は?」と、楽し気に言ったので「あの子はもう大人ですよ」と、メニューを見ながら適当に返しました。


すると彼は「これは失礼」と、言って咳をしたあと「じゃあ今はもう旅は共にしていないんですね」と、にこやかに笑いながらテーブルの上のコップを手に取りました。


上機嫌な彼に、私は「あの子は死にましたよ」と、告げました。


それを聞いてタイコスは飲もうと口の近くまで近づけたコップを握りつぶし、ガラスの割れた音が店内で静かに鳴りました。


一瞬で顔に影が落ち、目には炎が見えるほど赤く不気味に光りました。悪魔らしい顔になった彼の口から最初に飛び出してきたのは「なにがあった」と、重苦しい、低い声の質問でした。その時私は、なぜか店内が少し暗くなったように感じました。


私は、フーフーと熱い息を吐くタイコスに「冒険者組合で依頼を受けた時に殺されました」と言って水を飲もうとコップを手に取りました。


タイコスは力強く立ち上がると、その勢いで空気が揺れ、頭を天井にぶつけているのもお構いなしに「相手の特徴は!」と、コップの中の水が振動するほどの大声で怒鳴りました。


「金属の派手なアクセサリーを沢山身に着けていて、男性なのに女性のような喋り方をしていました、あと…」と、私が言いかけた時タイコスは私の肩を大きな手で力強く掴み「あとはなんだ!」と叫びました。私の肩を握る手を震わせる彼に「あと、角が生えていました」と、告げると、タイコスは一瞬驚いたように目を見開き「クソッ!」と言って私の肩を離すと、椅子に掛けてあったジャケットを荒々しく取り上げました。


椅子が倒れ、カーンと乾いた木の音が寂しく鳴り響きました。


私がタイコスに「いくらあなたが不老不死のの呪いを持っていたとしても、魔族に手は出せないはずでしょう?」と水を飲みながら言いました。するとタイコスはジャケットを羽織りながら「魔王様に魔族を狩る許可を得てくる、元々魔族も悪魔みたいなものだ、あの寛大なお方なら…」と俯き、相も変わらず不気味な顔をしていました。


出ていこうとする彼に「何もそこまで…」と言いかけた時、先ほどとは打って変わって絞り出すような声で「悔しくないのか」と背中を見せたまま言いました。


私が「そりゃあ、悔しいですけど、私は復讐なんて…」と答えている最中で、タイコスは煙が入り口に吸い込まれるように、外の闇へと溶けていきました。


入り口には、枠から壁にかけて手の形に凹んでおり、それだけで彼がどれだけ腹が立っていたのかわかるほどでした。


その後、私は「大丈夫ですか…」と震えながら出てきた店主さんに謝罪をして、店内の掃除と割れたコップや、入り口の手形を魔術で直しました。そのまま出ていくのも気が引けたので何品か注文をした後、一言も発さず、味のしない料理を涙を拭きながら食べ終え、店主さんにもう一度謝罪をして私は宿へ戻りました。

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