第39話 パンと正義感

とんでもない人に絡まれたその日は、とある村で聞いた美味しいパン屋さんがあるという国に数日歩いて向かい、出来立てのパンを噴水のある広場のベンチで頬張っていました。


外はカリカリで中はもちもちのパンを一言も発さずに黙々と食べていると、私の近くに1羽の鳥が寄ってきて、私がパンを噛んだ時に落ちた小さなかけらを食べていました。


私の食べ方が汚いから鳥が寄ってくるほどかけらが落ちるって?


断じて違います、硬いパンだったからです、仕方がないです。


だから私の食べ方は汚くないですって、話を戻しますよ。


小さなかけらを食べている鳥の横にもう2羽違う鳥が降り立ち、最初の鳥と同じように地面を突っつき始めました。


すると、その2羽急にが喧嘩を始めたので、私は喧嘩をやめさせるために貴重なパンをちぎって、2つに分けて鳥達に向かって投げました。


パンが地面に落ちた瞬間、ビーと大きな笛の音が鳴り響き、鳥が飛び立ちました。


何事かと辺りを見渡すと、腰に大きな本をぶら下げメガネを掛けた女性が私の方へと早歩きでビービーと笛を鳴らしながら近づいてきます。汚れやシワひとつない真っ白い制服のボタンを一番上まで閉めたその完璧な身なりは、彼女と会話をしなくてもこの人物が堅苦しい性格だとわかるほどでした。


彼女は私の前に立ち、口から笛を外すと、今度はその口で「なぜパンを捨てた」「規則違反だ」とビービーと叫び始めました。


永遠と私を責め立てる彼女にパンを鳥にあげただけじゃないか、他の国ではこんなことでは起こる人は居ないと反論しましたが、彼女の怒りを逆撫でしただけでした。


顔を真っ赤にした彼女に「今貴様がいるのはこの国だ、ここではここの規則に従ってもらう」と言われ、私はぐうの音も出ませんでした。


彼女は舌打ちをして、腰にぶら下げている分厚い本を手に取り、物凄い勢いで捲り始め、その手が止まると「国内での廃棄物の放棄は…罰金10ゴールドだ」と目をギラリと光らせながら私に詰め寄ってきました。


流石にその金額は高く、新手のお金の巻き上げ業者かと思い、そもそも貴方誰なんだと私が聞くと、彼女は「おっと、私としたことが…」と本を腰に戻し、ビシッと敬礼をして「私は近衛隊隊長のユストクスだ」と自己紹介をした後、私にも自己紹介を求めてきました。


自分の名前と旅をしていることを伝えるとユストクスは「旅の目的は!」と一瞬声を荒げましたがすぐに「いや、個人の事情に首を突っ込むのはよくないな」と言って小さく一礼をして謝ってきました。


少しの沈黙の後、ユストクスは「旅人なら金銭的に問題がだろうから特別に1ゴールドでいいぞ」と言って私の鞄に手を入れてきました。


私は、勝手に手を入れるのはやめるように言いながら彼女の腕を引き抜こうとしましたが、まるで岩のようにぴくりとも動きませんでした。


反抗するのを諦めて呆然としていると、ユストクスは腕を引き抜き、お金の入った袋を握っていました。


ユストクスは「なんだ、こんなに金を持っているじゃないか」と言いながら袋の中を覗くと、額にシワを寄せながら「なんだこれは」と言葉を漏らしました。彼女は袋の中から一枚の硬貨を手に取り、じっくりと観察しながら「刻印はしっかりされているが一体いつの金だ…?」と首を曲げながらぶつぶつ呟き、何か分かったかのようにハッとしたかと思うと「まさか、偽造硬貨か!」と言いながら私の胸ぐらに掴み掛かってきました。


私は立った数百年前の硬貨じゃないかとユストクスに揺さぶられながら言いました。


すると、それを聞いた彼女は「数百年前? ああ、エルフだからか」と納得して手を離してくれました。


掴まれた襟元を直している間、ユストクスはまた私の鞄を「他に怪しいものがないか調べてやる」と言って漁り、今度は錆びた釘を取り出すと、当然彼女は「なんだこの危険物は!」と叫びました。


私は、形見というかお守りみたいな物だと伝えると、ユストクスは「そうか、ならよし」と言って鞄の中に釘を戻し、また漁り始めました。


ユストクスは「これは一体何なんだ」と言いながら次の物を鞄から取り出しました。


布に包まれた細長い何か、まあ、一般人からすればそれは怪しい物でしょう。


私がそれを見て、焦りながら「ああ、それは…」と言いかけた瞬間、彼女は「はっ、これが本命の危険物だな!」と言いながら手荒に布を剥ぎました。


中からはキラキラと輝く透き通った紫色の刀身を持った小さなナイフが姿を現し、ユストクスは少しの間その刀身に見惚れましたが、すぐに正気に戻り「ナイフだと!殺人は重罪だぞ!」と声を荒げました。


私がそれは魔剣なので危ないという話をすると「魔剣⁉︎こんな物どこで盗んだんだ」と言いました。私は「ドワーフの知り合いに作ってもらったんですよ、本当はあの子にあげる予定だったんですけど…」と言いながらナイフを布で包み直し、ぐちゃぐちゃになった鞄の中に戻しました。


ユストクスが「さあ次だ」と鞄に手を掛けようとした瞬間、悲鳴が聞こえました。彼女の後ろを見ると通路の真ん中で3人の男性が剣を振り回していました。


人が次々と斬られており、私は助けるために急いで詠唱を始めようとするとユストクスに肩を掴まれ「魔術を国内で使うのは規則違反だ!」と場違いなことを言い始めました。


当然私は、そんなこと言っている場合かとユストクスを怒鳴りつけ、手を振り払いました。すると彼女は硬く握った拳を自分の腕に擦り付け、耳障りな金属音と火花を散らしながら「規則を破るのは私だけで十分だ」と静かに言いました。


何度も腕と拳を左右交互に擦り合わせる異様な行動をするユストクスに、それは魔術かと聞くと「ああ、これは私の魔術、体を擦り合わせるほど硬くなり、今の私は鋼より硬い」と言うので、だから鎧を身に付けてなかったのかと納得しました。


ユストクスは「鎧を着るのは軟弱者だけだ」と言った後、私にここで待っているように捨て台詞を吐き、蛮族のように叫びながら暴れる男性達に向かって行きました。


ユストクスが1人に殴りかかると、他の2人は彼女の頭目掛けて武器を振り下ろしましたが、斧は欠け、剣は折れ、勝てないとわかると無抵抗になり、素直に縛り上げられていました。本当に便利な魔術だと思います。


その後鎮圧が終わり、ユストクスが男性達に説教を始めたので、私はお金を払わなくていいチャンスではと思い、その場からゆっくりとなるべく目立たないように離れました。

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