第38話 エルフ殺し

蕾が開き始め、世界が陽気に包まれ始めた日に、私は沢山のパーティーが集まり宴会をしている薄暗い酒場のカウンターの端で、気晴らしにお酒を飲んでいました。


どれだけ飲んでも喉の奥が熱くなるだけで、なんでエルフなんかが酒を飲んでるんだとよく言われます。この日もそんなことを言われました。


「なああんた、エルフだろ?」


小さなグラスの中で揺れる透明の茶色い液体から視線を上げると、カウンター越しに赤い髪の背の高い男性が、私が追加で注文したお酒の瓶を持っていました。


「そうですよ」


またいつも言われることを言われるんだなと思いながらそう言うと、彼は「やっぱり」と言って少しはにかみながら瓶をカウンターに置きました。


「楽しいか?」


そう言う彼に「楽しそうに見えますか」と少し冷たく言いました。すると彼はバツの悪そうな苦笑いをして自分の頭を掻きむしりました。


「エルフだから酔えないだろってことですよね?」


私がそう吐き出すと、彼は驚いた顔をしながら首を左右に振って早口で喋り始めました。


「いやいや!一人で飲んでたからさ、連れとかと…」


話している途中の彼の言葉を遮って、私は「連れは居ません」とはっきり言いました。


すると彼は、「じゃあ俺が一緒に飲もうか」と言うので、働きなさいと叱りました。しかし彼は、もうすぐでお店を閉めるから大丈夫とか話し相手が居た方がいいだろとしつこく話しかけてきます。何度もお願いをしてくるので仕方がなく承諾すると、彼は喜びながら「持ってくる!」と言って、どこかへ走っていきました。


一体何を持ってくるんだかと思いながら、お酒を飲んで待っていると、笑顔で一本の酒瓶とグラスを持って走って戻ってきました。


「おかえりなさい」


私がそう言うと彼は「これ!」と言って息を切らしながら霜がついて真っ白の酒瓶を見せてきました。


これがなんだと思いながら酒瓶を撫で、出てきたそのお酒の名前をみて私は吹き出しました。


「エ…エルフ殺し⁉︎」


一体誰がこんな物騒なお酒を作ったんだと思い私は大笑いしました。


瓶の栓が抜かれると、甘ったるいベリー系のような葡萄のような柑橘系のような匂いがモワッと広がり、トクトクと私のグラスに注がれるそれは、想像していたお酒の色と違って透明でした。


「どうぞ!エルフが酔えるほどの酒だよ!」


そう言われ、少し躊躇しながら一口飲むと、ガツンと強い甘みが頭を貫き果実の甘ったるい匂いが口の中に広がり、思わず「なんだこれ」と呟くと彼は笑っていました。


第一印象はとても甘いジュースのような変なお酒でしたが、もう一口、また一口とだんだんクセになり、気がつけばグラスの中は空になっていました。


その事に気づき、彼は「もう一杯?」と言いながら霜のついたボトルを手に持ちました。もちろん、その頃にはとても気に入っていたのでおかわりを貰いました。


彼と話しながら一杯、軽く歌いながら二杯、水を飲みなさいと彼に言われながら更に飲んで、起きた時には朝でした。


涎を垂らし、カウンターに突っ伏して寝ていた私に毛布が掛けられていました、おそらく昨日の彼でしょう。


彼を探そうと席から立った瞬間、強烈な頭痛に襲われ、私はよろめきながらアンデットの様に暗い酒場の中をうろうろと徘徊しました。足元があまり見えず、テーブルに衝突し、テーブルごとひっくり返ると、その物音を聞きつけて彼が裏から出てきました。


「何事かと思った…」


彼はそう呟き、私を起こすと慣れた手つきでテーブルを戻し、昨日は「大変だったなと」私に言いました。なんのことか分からず、私が首を傾げると彼は「覚えてないなら思い出さないほうがいい」と言いました。


正直、何を言っているのかよく分からなかったので、粗相があったのでしたら申し訳ありませんと一応謝りました。すると彼は「大丈夫」と言って笑いました。


自分が何をしたか覚えていませんが、お詫びの意味も込めて、店内の掃除をしました。


掃除終わりに彼が昨日の例のお酒を一本持ってきて「旅のお供に」と言って私に差し出してきました。


私は丁寧にお礼をして彼からお酒受け取り、厳重に包み、鞄に仕舞いました。


その後、お店を出る時に彼が「あんまりお酒は飲みすぎないほうがいい」と苦笑いを浮かべながら言っていたので、未だに私はあの時何をやらかしたのか気になって仕方がありません。

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