旅の小話 誕生日

冒険者組合は今日も笑い声が絶えず聞こえていた。


受付嬢は食事を運び、冒険者は酒を胃袋へと流し込んでいる。


しかし、楽しげな雰囲気はある旅人が依頼から帰ってきたことで一瞬にして静寂へと変わった。


尖った耳に風変わりな水色の髪、小柄で据えた目をしたエルフの女。しかし、冒険者達の目線の先は彼女ではなく、彼女の背負った背の高い黒い毛の獣人の少女だった。


獣人の足をずるずると引き摺りながら、エルフはゆっくりと冒険者組合の中を進む。


見るからに憔悴しきっており、そんな彼女を見て一人の眼鏡を掛けた受付嬢が大急ぎで駆け寄った。


「大丈夫…じゃないですよね、今すぐ医務室を準備します!」


そう言って、受付嬢が去ろうとしたのをエルフは呼び止め、今にも消えてしまいそうな声で話し始めた。


「魔族…魔族です…」


エルフのその言葉を聞き、周りは一気にざわつき始めた。ガヤガヤと話し始める冒険者達に、受付嬢は静かにするように叫び、エルフに優しく何があったのか説明を求めた。


「大きな岩トカゲは…魔族の従魔で…討伐をしたら…それに怒って、この子を…」


エルフの背負っている獣人の首は、無理やり熱で焼き付けたように、赤黒く切り傷がボコボコと膨れ上がっていた。


続けてエルフは「魔族の撃退はした」と言って、獣人を近くの空いていたテーブルに寝かせた。


撃退したという言葉に驚きを隠せなかった受付嬢が混乱の表情を浮かべていると、エルフが報酬を要求した。


「は、はい、今用意します!」


受付嬢は足早にカウンター裏へ行き、金の入った袋を持って戻ってきた。


「こちら、報酬金です…」


エルフは袋を受け取り、しばらくその場で袋を見つめ、しばらくするとヨタヨタと歩き始め、獣人を寝かせているテーブルへ向かった。


テーブルの前で立ち止まり、ぶつぶつと何かを呟いた後、袋を抱えてその場に座り込み、大粒の涙を流し始めた。


受付嬢が声を掛けるが、エルフはしきりに「ごめんね」と呟き、声を上げて泣き始めた。


受付嬢が背中を撫でながら声をかけ続けていると、落ち着きを取り戻したエルフは鼻水を啜りながら受付嬢に話し始めた。


「このお金で…この子のお墓を作ってもらえますか…今日、誕生日なんです…」


そう言い終え、エルフは大きな声で「弱くてごめんね弱くてごめんね」と嗚咽混じりに泣き続けたのだった。


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