第37話 依頼
雪の溶け始めたその日は、路銀がほとんどなくなっていたので、お金を稼ぐために大きな町に訪れていました。
賑わう町の中は、各々自慢の武器を持った冒険者達で溢れており、アミスターは初めて見る武器や異種族に興味津々で次々と話しかけていて、よくあんなに怖そうな人達に堂々と話しかけれるなと不思議で仕方ありませんでした。
「マチ、お金ないのになんで町に来たの?」
冒険者から貰った、よくわからない羽の付いた髪飾りを頭に付け、そう私に聞きながら戻ってきました。私は、これだけ冒険者の数がいるなら大きな冒険者組合があるはずだと彼女に言いました。
「依頼受けるんだ、やったっ!」
アミスターはそう言って喜びながら早足で歩き始めたので、私は駆け足でついて行きました。
もう少しゆっくり歩いてと言ってもアミスターは足を緩めてはくれませんでした。おそらく周りの冒険者の声で、私のか細い懇願はかき消されていたのでしょう。
しばらく小走りで追い続けると、アミスターがやっと足を止めたので、私はそこからゆっくりと歩いて、アミスターの元へと向かいました。
「マチ、ここの冒険者組合大きくない?」
息を切らしながら、アミスターの目線の先を見ると、見上げるほど大きくて立派な冒険者組合が目の前に現れました。
「大きいですね、入り口の扉が私三個分くらいあるんじゃないですか?」
と、私が少し冗談のつもりで言うと、アミスターは「いいや、五人分だね」と言って、意地悪な笑みを浮かべ、建物へ向かって歩き始めました。
冒険者組合の建物の中に入ると、私はその光景に驚きました。中は組合特有の依頼を受ける冒険者達の殺気が作る重苦しい嫌な空気感が全くと言っていいほど無く、どちらかというと、夜に酒飲みの大人達が集まるような、四方八方から笑い声や叫び声が聞こえる、活気溢れる酒場のような雰囲気でした。
私としては、あのなんとも言えない雰囲気があまり好きではなかったので、好都合でした。
テーブルの席の間を、お酒を飲んで顔を真っ赤にしている人達に声をかけながら通り、カウンターでお酒を注いでいる受付嬢らしき女性に依頼を受けたいと声をかけました。
「依頼ですか?少々お待ちを〜!」
大きくて高い声で、超音波を受けた時のように耳がキーンとなっていました。
することもなく、ただ言われた通りカウンターの前で手を揃えて待っていると、別の受付嬢が落ち着いた足取りで私の前へと歩いて来ました。
「どうしましたか?」
眼鏡を掛けた受付嬢は少し低めの落ち着いたトーンでそう私に声を掛けてきました。
「依頼を受けたくて…」
「わかりました、依頼書をいくつかお持ち致しますので、少々を待ちください」
彼女はそう言って屈み、カウンターの下から依頼書の山を取り出し、私の前に置きました。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
上から順番に依頼書を見ていくと、畑の獣退治、商人の護衛、おばあちゃんの話し相手など、出された全ての依頼書を見ましたが、どれもパッとせず、報酬金額も微妙なものばかりでした。
「あの、一番高額報酬のものは…」
私がそう言いかけた時、肩を叩かれ、振り向くと立派な鎧を着た男性が立っていました。私が何か用事かと尋ねると、男はフラフラと歩きながらカウンターに肘を掛け、私の前に一枚の依頼書を差し出しました。内容は薬草採取でした。
「お嬢ちゃんにはこれがおすすめだぜ」
男性はそう言って人差し指で私を指して「なんなら俺が護衛してやってもいいぜ?」と言ってきたので、なんだこの人、と思いながらしばらく固まっていると私の対応をしていた受付嬢がカウンターから身を乗り出し、その男性の人差し指を掴むと逆に捻じ曲げました。人差し指は手の甲に付き、悲鳴を上げる男性に「この方はあなたなんかよりよっぽど強いですよ」と言うと、男性は手を押さえながら組合を出て行きました。
少し引き気味に私が感謝を述べると、受付嬢は「これも受付嬢としての仕事です」と言いなが依頼書を私に差し出しました。
「一番新しい最高額の依頼です」
依頼書を受け取り、目を通すと、依頼内容は巨大化した岩トカゲの討伐又は撃退としか書いてありませんでした。金額も詳細も書いていない、この変な依頼書について聞こうと思った時、受付嬢から説明が始まりました。
「依頼内容はそこに書いてある通り巨大化した岩トカゲの討伐か撃退です。依頼主はこの町の管理者組合の方で、近くの魔物や野生生物が逃げてしまい、肉類の資源が枯渇しているため早急に対処をお願いしたいとのことでした」
資源調達に害が出るほどの大きさの岩トカゲ、私でもその大きさは見たことはないかもしれません。
金額を聞くと400ゴールドだそうで、私はすぐにその依頼を受けることにしました。
「これだけの額なら依頼を受けたい人が沢山居るんじゃないんですか?」
何気なしに私がそう言うと、受付嬢は少し暗い顔をして言いました。
「はい、この依頼を受けたいという冒険者様は沢山居ました、しかし、この依頼を受けた方は誰も帰ってきていないのです、どうかエルフ様もお気をつけて」
そう言い終えると受付嬢は深々とお辞儀をした後、依頼前に食事をしていかないかと提案をしてきましたが、私は満腹状態で戦いたくなかったので申し出を断り、岩トカゲの居場所を聞き、アミスターとそこへ向かいました。
◇
「本当にこっちで合ってるの?」
溶けかけの雪で地面がぐしょぐしょの森を地図を見ながら歩く私の横でアミスターがボソっと呟きました。
騙されたのではと内心不安になりながら、大丈夫と自分に言い聞かせ、森を進むと受付嬢から聞いた、森の開けた場所にある反り立つ大きな岩肌の壁を発見しました。
どこにいるのか二人でキョロキョロと周りを見渡しますが、それらしいものは見えず、巨大化した個体なのですぐわかるものだと思っていたので少し拍子抜けしました。
ここで本当に合っているのか地図をもう一度見ていると、アミスターが横で「あ」と小さく言ったので、彼女の方を見ました。
アミスターは上を向いて口を開けており、まさかと思って私も上を見ると、目の前の壁の遥か上に大きな岩の塊がモゾモゾと動いていました。
あの巨大なゴロっとした岩に四肢が生え、丸い頭の付いている反対側に長いとんがった尻尾がある姿、私はいつ見ても岩トカゲは亀にしか見えません。
「あれどうやって下ろす?」
アミスターが半笑いで私にそう聞いてきました。
確かに彼女の言う通り、発達した手足をあの岩肌から剥がすのは至難の技です。それが巨大であれは尚更難しい。
でも私には策がありました。
「アミスター、岩トカゲに釘を刺して中から電気を流せますか?」
なるべく最高出力でと付け加えアミスターに伝えると、彼女はやってみると言って釘を手に取り、全力で岩トカゲへと投げつけました。
釘は岩トカゲにまっすぐ飛んで行き、カンカンと乾いた音を鳴らして落ちてきました。
「マチ、無理だ、刺さらん」
私はアミスターの言葉を聞いて頭を抱えました。そして、背中じゃなくて関節の隙間を狙いなさいと助言をするとアミスターは元気よく返事をしてもう一度岩トカゲに向かって釘を投げました。
今度はしっかりと岩トカゲに刺さり、しばらくすると痙攣しながら落下し始めたので、私達はその場から急いで走って逃げました。
地響きと轟音と共に何も見えなくなるほどの土煙に咳き込みながら、落下地点へ向かうと、そこには竜と呼んでいいほど大きな岩トカゲが裏返ってピクピクと痙攣をしていました。
「すっごい大きいね…何食べたらこんなに大きくなるんだろう…」
ミネラル分を多く含んだ鉱石だとアミスターに言いながら、大きな岩トカゲの外周を少し走り、頭へ向かい、凍らせて破壊し、とどめを刺しました。
「それじゃあ、目玉を持って帰りましょうか」
アミスターにそう言った瞬間、背筋がゾクゾクとし、森の方を振り向くとそこには筋肉質な肉体でジャラジャラと派手な装飾を付けた紫色の肌の魔族が立っていました。
「あんらぁ、わたしのワンちゃん殺しちゃったのねぇ…」
その時は、変な喋り方の魔族、だけど言葉が通じるなら多少安全かと思い、謝罪をしてさっさと逃げようと思いました。
「ごめんなさい、あなたの従魔だったんですね」
私がそう言うと魔族は「そうよ」と言ってこちらに手を向けました。
私は咄嗟にアミスターに「避けて!」と叫び彼女の方を見て、目が合った瞬間、強い風が吹き彼女の首が宙を舞いました。
人形を適当に放り投げたようにアミスターの体は倒れ、私は「あぁ…あぁ…」と情けなく声を漏らすことしかできませんでした。
彼女の名前を呼びながら、頭を広い必死に首をくっ付けようと何度も押し付けましたが、当然治るわけがなく、正気に戻ったのは横から殺意が飛んできた時でした。
魔族の方を見ると、魔族は高笑いを上げ、「いい顔ねぇ…」と言って私に手を向けました。
逃げないとと思いながら必死に立とうとしますが、腰が完全に抜けてしまい立てず、足をバタつかせながら混乱しながら魔族を見ていると、風の魔術の刃が私に向かって放たれました。
ああ、私はここで死ぬんだ、そう思いながら目を閉じました。
最後に師匠に会いたかったな、魔族なんだから話が通じるわけないよな、私の判断ミスだった、ごめんなさいアミスター、私も今そっちに行くからね。と考えながら目を閉じていましたが一向に魔術が体に当たる気配がありません。
死ぬ前ってこんなに長く感じるのかと考えましたが流石に何かおかしいと思い、目を開くと、目の前にグヨグヨと蠢くリンゴほどの大きさの魔力の塊が浮いていました。
見覚えのあるそれを見て、私はすぐに昔会ったハイエルフの加護を思い出し、魔力の塊を手に取りました。これでアミスターの仇を取ってやる、そう考えていると魔力の塊は徐々に伸びていき、魔力で出来た剣の形になりました。
それを見て魔族は「星のハイエルフの魔術じゃない!」と言いって怒鳴り始めました。
「ふざけるんじゃないわよ!もう!こんな狩場もういらないわ!」
そう言って魔族は詠唱を始めたので、私が逃さまいと魔力の塊を片手で持って引っ張り、魔族に向かって放ちました。
そして、土煙と共に現れたのはただ抉れた地面だけでした。
逃げられたのと、何よりアミスターが殺された悲しみで私はしばらくそこで泣き崩れ、アミスターの体に縋り寄ることしかできませんでした。
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