第36話 霙の降る日
雪の積もる山道、霙が降り始め、次の町までは大丈夫だろうと高を括って歩き続けると、空の気に触れたのか一気に悪天候になり、ばちばちと霙が顔に当たり始めました。もう少し急げば良かったと思いながらフードを深く被り、冷水でいっぱいの靴をぐしょぐしょと鳴らしながらぬかるみ始めた道を私達は走り始めました。
「マチ!あそこ!」
アミスターが指差す先には洞窟の入口があり、私達は一目散にその中へ滑り込みました。荷物を下ろし、濡れた服を脱ぎながらアミスターに周りの枝を集めて火をつけるように指示をして、私は服を乾かすために洞窟の壁に杭を刺し、紐を貼りました。
無事に焚き火がつき、ガタガタと震えながら焚き火に手をかざす私をアミスターはケラケラと笑っています。
「マチ、ちょっと大袈裟じゃない?」
「あなたが異常なんですよ…」
体の震えが収まると小腹が空き始めたので鞄を漁りました。パンを取り出してアミスターに差し出し、一緒に食べようと言いましたが、湿ってそうと言って断られたので、少し悲しくなりながら焚き火でパンを炙り、かぶりつきました。
しばらく沈黙が続き、シャッシャッとアミスターがナイフを研ぐ乾いた音が小さな洞窟に響いていました。
「マチっていいよね〜」
アミスターが急に喋り始め、私は少し驚きながら返事をしました。
「私がですか?」
「そう、いろんな魔術が使えて、特にあれが便利だよね、浮遊魔術、あんなのどこで覚えたの?」
「師匠に教えてもらったんですよ」
「師匠って、あのたまに言ってる変な人?」
「そうです」
「そっか」
そしてまた沈黙が訪れ、私がぼーっと焚き火を眺めていると、アミスターが口を開きました。
「マチ!どうせ暇だし浮遊魔術教えてよ!」
「ダメです」
「なんで!」
アミスターはナイフを持ったまま勢いよく立ち上がりました。
「ナイフを置いてください、危ないです」
「なんで教えてくれないのさ」
「はぁ…、浮遊魔術は危険だからですよ」
「危険?」
「アミスター、たまに戦闘の後魔力酔いを起こして倒れますよね」
「うん」
「浮遊魔術は特に魔力よいを起こしやすいんですよ、おまけにあなたは私に魔力を肩代わりしてもらっているんですから余計になりやすいんです、私だって初めて浸かった時は鼻血を出して倒れましたよ」
私がそう言うと、アミスターは拗ねて黙り込んでしまいました。
こうなるとアミスターは面倒臭くなります。機嫌が良くなりそうな話をするしかないです。
「アミスター」
「……」
「私のしていた修行の話、興味ありませんか?」
「うん」
やっと顔を上げました。向上心の高い彼女のなら食いつく話でしょう、話題に出して良かったです。
「どんな修行をしてたの?」
「私は、海に浸かっていました」
「海!?」
アミスターは抱えていた膝を伸ばして足を組み、両手を自分の横に置いてソワソワとし始めました。
「はい、海です」
「なんで?」
「想像の幅を広げるためです」
「想像…」
「そうです、魔術は精霊に命令するって昔に言いましたよね」
「うん」
「鳥だったり、魚だったり、虫だったり、もちろん武器も想像できていなければ精霊は魔術を具現化してくれないんです」
目の前の焚き火で色々な生き物の形を作り、生きているように動かしながら接眼をしました。アミスターは動く炎に釘付けになり、話を聞いていないようでした。
「話聞いてます?」
「うん!マチこれって今まで見てきた物なの?」
「そうですよ、こんなこともできます」
私は炎を操り、人々が踊っている様子を焚き火で作りました。その光景をうっとりとしながらアミスターは眺めています。
「すごい綺麗…これはどっかの村のお祭り?」
「そうですね、どこの村だったか…」
「流石に覚えてないか…あっ、この人だけマント付けてるよ、なんでだろう?」
「さあ、なんででしょうね、きっとお祭りの主役かもしれません…」
「そっか…」
私は炎を操るのをやめて毛布を被りました。
「えっ、もう終わり?」
「終わりです」
「えぇ…」
残念そうなアミスターを無視して、私は眠りにつきました。
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