第35話 努力の賜物

しんしんと雪が降る中、雪の重みで根元が曲がった見上げるほど高い木々の中をゆっくりと進んでいました。ぼふぼふと雪の積もる山道を一言も喋らず、ただ黙々と進む私の後ろを、アミスターは怯えながら歩いています。


「マ、マチィ…」


「………」


「マチィ…」


私達の上空、木のずっと上を鳥型の魔物が回るように飛んでいます。それも一羽ではなく、かなりの数。見た感じでは十羽以上は飛んでいるように見えました。


「種類はわかりませんが大きな音を出さなければ大丈夫ですよ」


言い終えた後、口に人差し指を当て振り向き、アミスターと目が合った瞬間彼女は転んで木に肩をぶつけました。


「いったぁー!」


「アミスター…!」


「はぁ、もう少し気をつけて歩けばよかった…」


「アミスター、さっきの話忘れましたか…!」


「あっ!」


アミスターはハッとして自分の口を両手で押さえましたが既に手遅れでした。さっきまで豆ほど小さかった鳥型の魔物は、種類がわかるほど降りてきて私達の頭上を飛んでいます。


「アイスイーグルですね」


種類を確認していつものようにアミスターに魔力障壁を張り、戦闘前に体を伸ばしながら素材の売値のことを考えていると、後ろからゴユンゴユンと魔力障壁を叩く音とアミスターの喚く声が小さく聞こえました。魔力障壁を少しだけ開くと、アミスターは「待って」と何度も言っています。


「どうしました?」


「待ってマチ!私も!私も戦いたい!」


何度も魔力障壁を叩きながら叫ぶ彼女に、私の方が早いし付与魔術では相手が悪いので今度にしましょうと言いましたが、彼女は食い下がらず「私のせいでこうなったから私がやる」と何度も言うので仕方なく魔力障壁を解きました。すると彼女は魔力障壁に体を預けながら叩いてたので、急に解かれた事により前に倒れてボスッと雪に埋まりました。


「大丈夫ですか?」


私が声をかけると彼女は飛び起き、笑顔で「大丈夫」と言って私の横を通って前に出ると、振り返り私に向かってキメ顔をしました。


「いいから、さっさとやってください」


彼女は返事をして前に向き直り、自分の鞄から先の鋭い小さな黒い棒を取り出しアイスイーグルに向かって投げました。おお、飛び道具を使ったかと少し感心しましたがそれはあらぬ方向へと飛んでいき、ターンと大きな音を立てて木に突き刺さるとアイスイーグルの群れはそれを合図に一斉に襲いかかり始めました。


「アイスイーグルの爪は氷の属性が付いていますので気をつけてください」


一応アミスターに忠告をして、私は黙って自分に飛んでくるアイスイーグルに向かってカウンターのように魔力障壁を張って、彼女の戦闘を眺める事にしました。もし仮に、何か危なそうだったら手を貸す事にしましょう。


飛びかかるアイスイーグルの群れを華麗に避けつつ飛び道具を投げつける様は流石獣人族といった感じで、見ていて飽きない動きです。しかし、飛び道具は一本もアイスイーグルに擦りすらせず、地面に落ちていたり、木の上の方にまで刺さっています。


ずっと避け続けてばかり、防戦一方といった感じで見ていられず、手を出そうとした時、アミスターの投げた釘が一本だけアイスイーグルに刺さり、パラパラと氷の破片が落ちました。するとさっきまで真剣だった彼女の表情が、にやけるのがはっきりと見えました。


「全部に付与して!」


彼女がそう叫んだ瞬間、飛び道具が地面から上へと順に青白い閃光を放ち、バリバリと音を立てながら繋がり合い、その光景はまるで光る大きな網が一瞬で現れたように見えました。


アイスイーグル達は危険を察知して一斉に上へと飛び始めますが、雷の速度からは逃げることができず、次々と黒い塊が降ってきます。上に逃げ切ったアイスイーグルをどうするのか見ていると、一羽から放射状に周りのアイスイーグルへと青白い電気が流れ、一気にボトボトと落ちてきました。


息切れをしている彼女の元へ近づき頭を撫でると、彼女は疲れた表情で笑いながら「どうだった」と聞いてきました。


「いい戦闘でした、投げていた物は釘ですか?」


「そう!だいぶ前にどっかの村で家を建ててる人からもらったんだ!」


彼女はぴょんぴょんと跳ねながら、褒められるのを今か今かと待ち侘びているようです。


「ねぇ!すごかったでしょ!私もやればできるんだよ!」


「はい、すごかったですが一つ残念なお知らせです」


そう言って、私は真っ黒な死体となったアイスイーグルを拾いました。


「アイスイーグルは、爪に氷の属性が付いています」


「うん?」


やっぱりあの忠告を聞いてなかったようです。


「攻撃を当てられるとその部分は凍りつきます。もし仮に指や耳に攻撃を受ければ崩れ落ちるでしょう」


「ええ…怖い魔物だったんだ」


「はい、怖い魔物です。しかし彼らの羽はその攻撃に耐性があり、とても貴重で、重宝されます」


「うん?」


「まだわかりませんか?」


「えっなんのこと?」


「はぁ…」


アミスターの攻撃を逃げ切った一羽のアイスイーグルが私達に向かって飛んできていたので、氷の矢で彼の首を貫きました。今仕留めたアイスイーグルを拾い、それをアミスターに見せつけました。


「こんな風に素材が取れないんですよ」


「あっ」


アミスターは口に手を当てて、しまったと言う表情をしました。


「これはやりすぎです、もう少しやり方があったでしょう?」


「はい…」


「大技に頼り切りもダメです、もし先に釘が尽きてたらどうするんですか」


「はい…」


アミスターは背中を丸めてトボトボと歩きながら釘を拾い始めました。流石に言いすぎたかと思い彼女元へ行き、一緒に釘を拾い始めました。


「………」


「アミスター…」


「………」


「で、でも!攻撃を受けたアイスイーグルが一旦距離を取るのを見越して一羽だけ釘を刺してたのは良かったと思いますよ」


彼女は小さく頷いて少しはにかみました。


「私だったから良かったですけど、もし私の師匠だったら説教じゃすみませんよ」


黙々と釘を拾っていた彼女の手が止まり、どうしたのか聞くと、私の師匠はどんな人か聞かれました。


「自由な人ですよ、お金に厳しいくせに急によくわからない高価な物を買ってきたり、部屋で寝ないで家の前のベンチで寝たり。私がアミスターみたいな失敗をした時は叩かれましたよ、金になんないだろーって」


「へぇ」


アミスターは聞いといて興味のなさそうな返事をするので、屈んでいる彼女を横から軽く押すと、彼女は倒れて雪まみれになりました。地面に寝転ぶ彼女を笑っていると、顔に雪玉が飛んできて私は後ろに倒れました。


しんしんと降り積もる雪の中、私は背中に冷たさを感じながら空を見上げていました。アミスターの笑い声が聞こえ始め、私もつられて笑ってしまいました。

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