第34話 祠と影

朝の陽光が照らす中、白い息を吐きながら村の村長さんに挨拶をしていました。他愛も無い雑談をした後、今日の寝床の話をすると村長さんは快く客人用の部屋を使っていいと言ってくれました。依頼を受けるという条件付きで。


「こちらです旅のお方」


 杖をついて少し小突けば倒れてしまいそうな村長さんの後ろを歩きますが、少し歩いては転びそうになっており、私は見ていられず手を貸しました。


「おお、すみません旅のお方…」


「大丈夫ですよ、ゆっくりでいいですからね」


アミスターに私の荷物を渡し、村長さんを支えながらゆっくりと歩いていくと立派な祠の前に着きました。


「この祠が、依頼ですか」


「あぁ、これを開けて欲しいんだ…」


村長さんはゆっくりと頷き、答えました。村長さんをアミスターに預け、私は祠の扉の前に行き、思い切り力を込めて石の扉を押しました。


「んぎぎぎぃっ」


到底女性が出してはいけない声を出しながら扉を押しましたが、びくともしませんでした。どうやら重くて開かないというわけじゃないようです。額の汗を拭き、村長さんに他の情報を聞くことにして、アミスターに支えられてる彼の元に戻りました。


「どうですかな、開きそうですかな」


期待の眼差しを向けてくる村長さんに開かなかったことへの謝罪と何か祠の情報はないか尋ねると、村長さんは考え込むようにしてから口を開きました。


「この祠は、私の先祖が魔族との交流をした際の共存の証として建てられたもで、何百年も前のことで詳しくはわからないが父の遺言で何か困ったらこの祠を開きなさいと言っていたんだ」


「困ったことですか?」


「ああ、ここ最近不気味な現象が起こっていて…」


村長さんは私の横を通り、祠を見上げました。


「この祠の周りに、黒い人型の影が頻繁に現れてはどこかへ走っていくのです。そのせいで子供は家からほとんど出ず、商人が来てもすぐ帰ってしまうから食べ物を買えない人

も出てきてしまって…」


確かにこれは深刻な問題ですが私では全く見当がつきませでした。そういえば、アミスターがこの村に入ってから一言も発していません、調子が悪いのでしょうか?


「大丈夫ですか?」


私の後ろでぼーっと祠を眺めているアミスターの頬をつつきました。声をかけながら十回ほどつつくと彼女はゆっくりと口を開きました。


「精霊が…居る…」


精霊…、影の正体が何となくわかった気がします。でもなぜ加護のない人が影を見えるんでしょうか、まさか、この村自体にその魔族が加護を付与をしたのか、でも魔族がそんなことするとは思えません。


「アミスター、この祠に精霊がいるんですか?」


彼女はゆっくりと首を縦に振りました。


「たくさんいるんですか?」


今度は首を横に振りました。


「とっても大きい、私、こんなの初めて見た…」


アミスターはうっとりとしながら祠の上を眺めていました。


「あの祠の上にその大きな精霊は居るんですか?」


彼女は首を横に振りました。


「精霊はここに居るよ…」


「ここってどこに…」


「ここだよ…この村を包むように大きな精霊がいるんだよ…」


正直冗談かと思いましたが、アミスターの異常な様子を見るに事実のようです。


「こんな大きな核を見たのは初めてだよ、マチ…」


精霊に核があるなんて初めて聞きましたが、とりあえず知っているふりをすることにします。


「大きな核ですか…」


「うん…」


「その、話せますか? 精霊と…」


アミスターはうっとりとした笑顔で私の顔を見て「とっても歓迎してる」とだけ言いました。聞きたいのはそういうことじゃないんですが…。


「じゃ、じゃあアミスター、その精霊に黒い影のことを聞いてくれますか?」


「うん、わかった…」


すると彼女は目を閉じました。辺りは静まり返り、私達が彼女を見つめてしばらくすると、アミスターの口が動き始め、静かな声で話し始めました。


「昔、この村の人に助けられた魔族が、契約している精霊を祠に宿して悪意のある存在から村を守らせてるみたい。その黒い影は精霊の魔術みたいなものかな」


アミスターの口から聞かされた事実に、驚きと好奇心が入り混じった気持ちになりました。魔族がまさかそんなことをするなんて嘘のように感じます。それに、数百年前からこの村を守っているなら一つ気になることがあります。


「村長さん、黒い影が現れたのは最近なんですよね」


「あぁ、三週間ほど前からですね」


「今まで影が出てきたことは?」


「残念だが見たことも聞いたこともない」


この異変の始まりが三週間前ということは、それ以前から村か村の付近に何か異変があった可能性が考えられます。私は村長さんに向かって尋ねました。


「その、三週間前以前に何か異変がありましたか?」


村長さんは少し考え込んだ後、口を開きました。


「異変というか、ちょうどその頃から魔物の襲撃が全く無くなりまして」


「魔物?」


「はい、猿型の魔物で、子供がよく攫われていました」


猿型の魔物の襲撃が無くなったとほぼ同時に黒い影が出現したなら、その黒い影が猿型の魔物を撃退しているとしか考えられない。しかし、なぜ村長さんのお父さんはこれを開けろと言ったのでしょうか。無理やり開けて精霊の恩恵をなくすのもあれですし、正直何かあっても胸糞が悪くなるというか、面倒臭いです。


「何か…わかりましたか?」


「村長さん」


「はい?」


「おそらく、その黒い影は精霊で、猿型の魔物から村を守っているんだと思います」 


「そっそうなんですか!?」


村長は驚きながら声を荒げました。少し考えればわかると思いますけど。


「はい、それで、祠を開けると精霊の恩恵がなくなる可能性があると思うので開けるのはやめませんか?」


村長さんはしばらく考え込み、少し心配そうな顔をして答えました。


「わかりました…あなたの言葉を信じます」


村長さんの顔からはまだ心配そうな表情が抜けないまま私の横を通り、今日は家に戻ってゆっくりしましょうと言うので、ありがたくご馳走になろうと思いながらルンルンと彼について行こうとすると、私の真横を黒い人影がものすごい勢いで通り過ぎていきました。


「ひゃあっ」


変な声を出して私は後ろに倒れました。そんな私をアミスターと村長さんは笑っていたのでした。

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