第30話 花畑と精霊

木漏れ日が綺麗な森の川の横に黒毛の獣人少女がいます。


「マチー、解体終わったよー」


川の側に立っているアミスターは木の下で休憩している私に、血だらけの手を振っています。


「お疲れ様です、手洗ってくださいね」


微睡んでいた私は、ふらふらと歩きながら彼女の元へ向かいました。


「当たり前でしょ、こんな臭い状態で過ごしたくないよ」


そう言って顔についた魔物の体液を袖で拭い、バシャバシャと川で手を洗い始めました。


「ふふ、昔はその匂いで泣きながら悶えていたのに…」


「そ、そうだっけ?」


私の言葉でアミスターは恥ずかしかったのか、手を洗いながら尻尾をピクピクと動かしています。


「ねえマチ、なんで今回は牙も綺麗に取れって言ったの?」


「この蝙蝠型の魔物は牙に属性が付与されているんですよ」


「ふーん、なんかに使うんだ」


アミスターは魔物の牙をじっくりと見てから私のカバンに入れました。


「付与魔術を少し研究してみようかと」


私がそう口にすると、アミスターは血相を変え歩み寄ってきました。


「付与魔術ぅ?マチぃ、私がいるのになんでわざわざそんな回りくどいことするかなぁ?」


アミスターは背中を丸め、腰に手を当てながら睨みつけてきます。


「いえ、アミスターの時間を使ってしまうのは申し訳ないと思いまして」


「別に少しくらい大丈夫だよ!むしろ…」


アミスターは何かを言いかけながら口を尖らせて下を向いてしまい、尻尾も丸めてしまったので、私は頭を撫でました。


「その気持ちは嬉しいですが、やっぱり申し訳ないのでやめておきますね」


アミスターは尻尾を振りながら下を向いていますが、急にハッとして私の手を退けました。


「もう、やめてよ!そんなそんな歳じゃないんだから!」


そう言いながら彼女は尻尾を振っているので可愛かったです。


「そうですか、じゃあ素材を回収したら進みますよ」


「えっ…、あ、わかった…」


残念そうなアミスターと一緒に鞄に素材を入れ、森を進むと一面花畑の場所に出ました。


「綺麗ですね」


「は…」


「は?」


「花だぁー!」


まさかのアミスターが叫びながら駆け出しました。


「マチー!見たことない花ばっかりだよ!ほら!」


アミスターはそう言って、摘んだ花を私に見せてきました。


「そうですね、あの花も見たことありませんよ」


「本当だ!」


近頃の落ち着いて物静かな様子のアミスターがこんなにも元気にはしゃぐ姿を見て、なんだか嬉しくなりました。


「花粉を吸い込まないように気をつけてくださいね」


「うん!それよりマチ、ここはキラキラ光るやつがいっぱいいるね!」


「ん?」


なんだそれ、と思いながらはしゃぐアミスターを放置してしばらく考え込みましたが全く見当がつかなかったので彼女に聞く事にしました。


「アミスター、そのキラキラ光るやつはどんな見た目ですか?」


私がそう聞くとアミスターは首を傾げました。


「マチ見えないの?」


「はい、私には見えないみたいです」


「そうなんだ、見た目か…うーん、光の玉?カラフルな?」


アミスターはキョロキョロと見渡しながらそう答えました。


「いつから見えてるんですか?」


「うーん、マチに会うずっと前からかな、寂しかったら寄ってきてくれるんだ」


アミスターは何もない空中に手を添えて少し目を細めました。


「喋ったりはできるんですか?」


「んーん、できない、でも魔術を使う時にマチはいっつもそれを集めてたから見えてたのかと」


魔術を使う時に集めてる…?


「アミスター、まさかそれ精霊じゃないですか?」


「精霊って魔術を使うのに必要な生き物?だっけ」


「そうです、もしかしたらの話ですけど」


「へー…」


アミスターが異様に魔術の上達が早い理由がおそらくこれでしょう。


黒毛は劣等種と言われていましたがむしろ優秀じゃないかと私が心の中で呟いていると、アミスターは振り返り、花畑に向かって指を差しました。


「精霊さん、あそこに雷を落として」


周りにを見ながら凛とした声でアミスターがそういうと、少し離れた場所に大きな雷が落ち、一瞬視界が真っ白になりました。


「うわっ」


目を擦り、視界がだんだん戻ってくると、顔だけをこちらに向け興奮気味に笑っているアミスターが見えてきました。


「マチ…精霊に直接言ったらすごいね…」


「は、ははは…」


私は若者の成長は恐ろしいと思いながら笑うしかありませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る