第29話 暗い森のお屋敷
普段は静かな暗い森の中、今日は閃光と爆音が響いています。
「付与!雷!」
アミスターが木の棒を拾いそう叫ぶたびに、一瞬だけ私の視界が無くなります。
「付与!付与!」
すっかり慣れて何度も使うので、いつの間にか短縮して詠唱しています。
「アミスター、危ないのでやめてください」
「なんで!面白いじゃん!」
アミスターはそう言いながら付与を施した木の棒をその辺りに投げ無邪気に笑います。
「目がチカチカするのでやめてください!」
私が叱りつけると、アミスターは尻尾を丸めてその場から動かなくなりました。
「ほら、拗ねてないで行きますよ」
いつものやつだと思い、拗ねるアミスターを置いてしばらく歩くとアミスターは駆け足で私の横に並びました。
「………」
「しかし、暗い森ですね、アミスター」
「………うん」
「いつまで拗ねてるんですか」
そう言ってアミスターの頭を撫でていると、彼女は尻尾を振り始めました。
〜
そのまましばらく歩き続けると、アミスターが正面に向かって指を差しました。
「マチ、お家があるよ!」
「え、どこに…」
私は目を凝らして暗闇を見つめますが何も見えません。
「ああ、アミスターは獣人ですから夜目が効くんですね」
「うん?」
アミスターはおそらく意味は理解していませんが、褒められたことは理解してとても喜んでいるようです。
「行ってみますか?」
「うん!ついてきて!」
機嫌が良くなったのか、アミスターはそう言って私の前を歩き始めました。
「もう少しゆっくりでお願いします」
「わかった!」
そのままアミスターについていき、しばらく歩いていくと暗闇に家の輪郭がうっすらと見えてきました。
「マチ!あれだよ!」
「え、お家って言いましたよね…」
「うん!お家!」
アミスターがお家と言うので、もう少しこじんまりしたものを想像していましたが、実際はとんでもなく大きい、お家というよりお屋敷といった方が納得いく外観でした。
周りは高い塀で囲まれ、豪華な装飾のされた鉄柵の門があり、その門を開きました。
「このお屋敷の住人にこの森の道を教えてもらいましょうか」
「うん!」
綺麗に手入れされた庭を進み、玄関の前に着き、深呼吸してから扉をノックしました。
「すみま…」
扉はノックの衝撃でギィと音を立てながらゆっくりと開いたので、そのまま中を覗くと、天井が高い広間に埃の被ったテーブルが見えます。
「光よ辺りを照らせ」
中が暗くよく見えなかったので、魔術で明かりを出し中を照らすと、正面に廊下があり、その左右に豪華な手すりの階段が見えます。
「すごい…、お金持ちのお屋敷だったのでしょうか…」
ぶら下がる立派なシャンデリアには大きな蜘蛛の巣が張っており、それを見て誰も住んでいなんだなと思っていると、私の横をアミスターが笑いながら走り抜けていきました。
「あはははは!」
「あっ待ちなさいっ…」
アミスターはそのまま正面の廊下の暗闇へと消えていきました。
彼女を置いていくわけにも行かない、しかしこの暗闇に飛び込むのは怖い。
「はぁ…まったく…」
葛藤の末、私はお屋敷の中に入りました。
「うう、明かりも無しでよく進めますね…」
屋内は薄暗くて少し肌寒く感じましたがきっと陽の光が入らないからでしょう、断じておばけなどではない、絶対そうです。
アミスターの名前を呼びながら魔術の明かりを頼りにゆっくり廊下を進んでいくと分かれ道が現れました。
どちらへ行こうか悩んでいると、分かれ道の左から右へとアミスターが笑いながら走り去っていきました。
「あはははははは!」
その笑い声に飛び上がりつつも、急いでアミスターを追いかけましたが、曲がった先の廊下にはすでにアミスターはいませんでした。
アミスターへの愚痴をこぼしつつ、廊下を進むと一つだけ扉が開いている部屋を見つけました。
きっとアミスターが気まぐれにこの部屋に入ったのだと思い、私もその部屋へと入りました。
「アミスター?」
床が抜け、ボロボロの部屋の中には、ソファーとベット、そしてクローゼットがありました。
内装的にこの部屋の住人は女性だろうかと考えながら膨らんだベッドにゆっくりと近づきました。
「アミスっ…」
怒鳴りつけるつもりで名前を叫びながら勢いよくベッドをめくりましたが、驚くことに中には誰もいませんでした。
不思議に思いながら首を傾げていると後ろからガタンと大きな音が聞こえ、肩が跳ね上がりました。
ゆっくりと振り返ると、クローゼットが少しだけ開いており、私はゴクリと唾を飲み込んで、意を決してクローゼットを開きました。
「っ……人形?」
クローゼットの中には高価そうな服の真ん中にクマの人形が置かれていました。
なぜここに人形が?と思っていると左から甲高い笑い声が聞こえ、震え上がりました。
「あははははははは!」
声の聞こえた方を見るとアミスターがソファーの裏から走ってこの部屋を出ていきました。
「もう!いい加減にしてください!」
私は怒鳴りながら廊下に出て、声のする方へと走っていきました。
「待ちなさいアミスター!」
アミスターを追いかけ走りますがどんどん距離を離されてしまいます。
「はぁっはぁっ、ちょっちょっとっまってっ…」
走り疲れ足を止めた頃にはアミスターの姿はもうありませんでした。
その後、呼吸を整え廊下を進むといつの間にか広間に辿り着き、中央にアミスターが立っています。
「アミスター!帰りますよ!」
私がそう叫ぶと、アミスターは笑いながら奥の階段を登っていきました。
「あはははははは!」
「もう!本当になんなんですかっ…」
私は急いで階段を駆け上がり、アミスターの走っていった廊下を進みました。
「どこに行ったんですかあの子は…」
アミスターの愚痴をぶつぶつと言いながら進みますが、どれだけ歩いてもアミスターは見えません。
しばらく歩き続け、私は異様に廊下が長い気がして思い切って走り始めましたが、どれだけ走っても暗い廊下の先は見えず、息が切れだんだんと速度が落ちていき、最終的に私は足を止めました。
乱れる呼吸を落ち着かせて、改めて前を見ますが廊下の先は見えず、振り向いても暗闇しかありませんでした。
「はぁ…まったく、これはしばらくジャムは無しですね」
そう言って前を向くと、目の前に壁がありました。
「えっ?壁?」
その壁を触り、まさかと思って後ろを振り向くとそちらも壁になっていました。
「あれっ?えっ?なんでっ?」
私はいつの間にか四角い空間に閉じ込められいて、周りをどれだけ見回しても壁しかなく、そもそもどちらから来たかもわからなくなりました。
「あれっ?あれっ?」
四方の壁を叩きますがびくともしません。
「アミスター!アミスター!」
壁をどんどんと叩き、アミスターに淡い期待をして叫びますが当然助けは来ませでした。
「ん?風?」
壁を叩くのを止めて振り向くと後ろの壁が短い廊下に変わっており、その先に見える開いた窓の下でアミスターが下を向いて屈んでいました。
「アミスター!」
私は彼女に駆け寄りました。
「どうしました?どこか痛いんですか?」
転んだ時のように見え、そう聞きましたが返事はありませんでした。
「とりあえず、ここは暗いので一旦外に出ましょう」
私はそう言って彼女の手を握り、元きた道を戻り始めました。
「本当にもう、勝手にだめですよ、今回は転んだだけで済んだかもしれませんが、次はどうなるか…」
そのまま歩きながら、彼女を説教し続けましたが、一向に謝罪の言葉どころか返事すらしません。
「何か言ったらどうで……っ!」
彼女を叱りつけようと振り向くと、見知らぬ少女がニコニコと笑いながら私の手を握って立っていました。
「だ、誰ですかっ…」
身の危険を感じ振り払おうとしましたが、少女は両手で腕をしっかりと掴んでおり少しも動かせませんでした。
腕を掴む力はどんどん強くなり、笑顔の少女は首をガクガクと左右に揺れ始めたかと思うと、首がグリンと逆さまになり目からは血が流れ、口はニタァと笑っています
そのままゆっくりと少女は私の腕を登り始め、口を異常に大きく広げるとあの声で笑い始めました。
「あははあははははははあははははあははは」
私は恐怖で声も出ずその少女からまったく目が離せませんでした。
「あはははっははははあはっはあはははははは」
少女は笑いながらゆっくりと私の腕を登り、私の顔に近づいてきます。
「あははははははははあははははあっははははあははは」
ついに顔の目の前にきた少女は、私の顔に手を近づけてきました。
「あはははアハッハあははははははあはは」
手が触れる瞬間私は反射的に目を閉じました。
「っ…………あれ?」
いつまで経っても手は顔に触れず、ゆっくりと目を開くと、私は門の前に立っていました。
「え…あれ…い、今のは?……幻視?」
今の状況に混乱していると、後ろから袖を引っ張られました。
「ひっ!」
肩が跳ね上がり、ゆっくり振り向くとそこには不思議そうな顔をしたアミスターが立っていました。
「どうしたのマチ?」
アミスターの顔を見て安心した私は彼女を撫でました。
「ん?中に入らないの?」
「はい、人が居たら迷惑になってしまうかもしれないのでやめておきましょう」
「うん?」
私はそう言ってアミスターの手を掴んで逃げるようにその場から離れようとしました。
「あはははは」
後ろから笑い声が聞こえ、ゾワゾワと鳥肌が立ちました。
心臓がバクバクと鳴り、冷や汗をかきながら私はゆっくりと振り向きました。
「マチ!頭に葉っぱついてるよ!」
アミスターが無邪気に跳ねながら私の頭を指差しました。
「あ、本当だ…ありがとうございます…」
「どういたしまして!」
頭から葉っぱを取り、その後は森から出るまでアミスターの後ろしか歩きませんでした。
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