第28話 恩人 その3

「つまり、瀕死の私を弟子にしたかったから助けたってことですか?」


その返事に納得できず、リストの言った内容を聞き直しました。


「うん」


「はぁ…」


気が抜け、その場にヘナヘナと座り込むと、テーブルから降りてきたリストも私の前に座りました。


「しかし君、二週間も前に魔力を全部出し切ったのにもう回復してるね」


何を言っているのか意味が分からず首を傾けると、リストも同じ方向に首を傾け目を合わせてきました。


「君、本当にただの騎士さんなのかい?とてもそうには見えないけど」


リストはニコニコと笑っていますが妙に圧があり、今にも逃げ出したい気分でした。


「何者だ、君」


リストは顔をぐいっと寄せてきました。


「わ、私は…故郷では魔術を学んでいました…」


そのまま私は、今までのことを全て話しました。


生まれた頃は魔術師を目指したこと、嫌になって故郷から逃げ出したこと、逃げた先で兵士になり自分の故郷を潰したこと、そして国から裏切られたこと、全て話しました。


「それで魔力を暴発させて国を消しちゃったか…」


そんな私の話を嫌な顔をせず、リストは黙って聞いていてくれていました。


「はい…すみません、愚痴を言ってしまって」


「いいよ、おねーさんそういうの気にしないから」


笑いながらリストはそう言って私の涙を服の袖で拭き取りました。


「しかし君はよく泣くね」


「すみません…もう何年も泣いてはいなかったんですが…」


「そっか…」


リストは私の頭を優しく撫でると、静かに白い歯を見せました。


「やっぱり君、剣士より魔術師が向いてるよ、性格的に」


「そうでしょうか…昔は魔術書に書いてあることは何も上手くいきませんでした」


「悲観的だねぇ、どんなの試したの?」


ニタニタと笑うリストに私は昔使っていた魔術書の内容を話しました。


「はっはっは、そりゃ上手くいかないでしょ」


「なっ、魔力量だって問題はなかったはず…」


そうです、魔術書に書いてあったやり方で魔力量を調べ、条件を満たしていたはずです。


「最近の魔術書には魔力量のことしか書いてないんだな」


「え?」


「じゃあ、団長である君はムキムキの新人に、あなたは筋肉があるから大剣を使いなさいって言うのかい?」


「いいませんよ、だって技術がないんですから…はっ、まさか…」


その時、自分の言葉で自分が魔術を使えなかった理由がなんとなくわかりました。


「そーゆーことだよ」


そう言いながらリストは立ち上がり、身振り手振りで話し始めました。


「魔力は毛糸玉みたいなもので、魔力がどれだけあっても最初は絡まって使えない、魔術を使う度に毛糸玉がだんだん綺麗に巻かれ始めて使い勝手がよくなるんだ、だから最初は魔力をほぐす意味も込めて初級からやらなきゃだめなんだ」


「で、でも私は魔術書の最初のページの詠唱すら成功しなかったんですよ!」


私は彼女の言葉を聞いて、現実逃避の意味を込めてそう言うと、リストは眉間に皺を寄せながら顎に手を当てました。


「君のパパがその使ってたっていう魔術書買ってきたんだろ?」


「そ、そうですけど…」


「私の予想だが話を聞く限り、君の事を相当期待していたみたいだから、上級とか中級の魔術書を持ってきたんじゃないか?」


今、一番言われたくなかった言葉でした。


「ついてきて」


リストはそう言いながら私の腕を掴み、廊下の突き当たりの部屋にに連れてきました。


「開けてみな」


嫌にニコニコとしながらリストが顎で指示をするので、私は恐る恐るその扉の中に入りました。


中は真っ暗で、カビ臭い匂いが漂っていて、一体なんの部屋かと思った瞬間部屋の明かりが付きました。


「まぶっ……、えっ……、ほ、本?」


明るくなった部屋の中にはびっしりと本が詰まった本棚が並んでいました。


「魔術書だよ」


「えっ!この量の魔術書!?」


「そう、全部魔術書、古い年代から新しい物まで全部揃ってる、君が使ってた魔術書を探してみな」


「わ、わかりました…」


そして私は、記憶の中に塞ぎ込んだ魔術書を探しました。


「あった…」


青い表紙の魔術書、何度も持ったこの重みと何度も触った紙の質感、全て懐かしく思えました。


「あっ…」


私が懐かしんでいると、リストが私の手からその魔術書を取り上げて表紙を見た瞬間、渋い顔をしました。


「あー、これか…」


リストは頭をガリガリと掻きながら、いかにも不愉快そうな表情をして話し始めました。


「これはね、とあるお金持ちの魔術師が爺さんが書いた魔術書なんだ」


「そ、そうなんですか」


「それでな、これは確かに初級って書いてるけど内容は全くのデタラメばっかりで魔術っぽく書いてるだけ、この本に書いてる詠唱はどれも使い物にならない、おまけに馬鹿みたいに高い」


「え…それってつまり…」


「ああ、詐欺本だよ、私もこれを買った時はやられたって思ったね」


その言葉を聞いて、私の血の滲むほどの努力が全くの無駄だったことに酷く絶望し声も涙も出ませんでした。


「は、ははは…つまり……無駄だったってこと……?」


「君のさっきの故郷の話を聞いた手前、こんなことは言いたくないが……、その通りだ」


そのまま私はその場に座り込み、何も考えることが出来ず、ただ床の眺めました。


(意味、無かったんだ……。)


(リストが横を歩いて行った…。)


(何かぶつぶつ言ってる………。)


(床…………………。)


(…………。)



「……マ……マチ!」


「はっ」


目の前にはいつの間にか屈んだリストが居ました。


「大丈夫か?話聞いてた?」


そう言いながら手に持っている魔術書をヒラヒラさせています。


「え?何をですか?」


「今、はいはい言ってたでしょ」


リストはそう言って大きなため息を吐きました。


「え?え?」


「え?、じゃないよまったく…」


「あ、すみません…」


「もう、じゃあもう一回説明するからよく聞きなよ」


するとリストは魔術書を私に差し出しました。


「これは本当の初級の魔術書だ」


「は、はい…」


「君は私の弟子になる代わりに、私は私の持っている全ての魔術の知識をこれから教える」


「ま、待ってください!なんで弟子になる話で進んでるんですか!」


「だって君、魔術師になりたいんだろ?」


「べ、別に私は魔術師になんてなりたくないです!魔術なんて…」


私はそう言ってリストから視線を逸らしました。


「でも君、好きで剣なんて持ってないって言ってただろ」


「っ……!」


「それに昔使ってた魔術書を見つけた時、すごい嬉しそうな顔してたよ」


リストはニヤニヤして…、いや優しく笑ってずっと話しています。


「で、でもそもそも私には才能が………」


「才能も何も、どんなに頑張っても始めることすらできない状況だったじゃないか」


「そうですけど…」


するとリストはにっこり笑って私の目を見ました。


「今度はしっかり本物の初級魔術書」


私はそんな物は求めてないです。


「おまけに教えてくれる師匠付き」


本当にやめて欲しかった。


「お代は君は私の弟子になって研究を手伝う」


私はもう、誰も信じたくないんです。


「どうだマチ、魔術は楽しいぞ」


だから、もう、何も言ってほしくありませんでした。


「私は…もう、誰も信じたくないんです…」


私はそう言って俯き、目を閉じました。


「じゃあ私に騙されなよ」


彼女の軽く放ったその言葉で私の何かが崩れ、涙が一気に溢れました。


「そんな…私…騙されるんですか…」


「ああ、騙される、そして弟子になって私の研究を手伝ってすごい魔術師になる!」


リストは、笑ってました。


「はは…なんですかそれ、すごい魔術師ってなんですか…」


「すごい魔術師はすごい魔術師だよ、それはもうすごい魔術師…」


「ははは…意味がわかりません…」


なんだかまた涙が溢れてきました。


「じゃあ…騙されてもいいですか?」


「いいよ、マチ」


そして、リストとの生活が始まりました。

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