第27話 恩人 その2
リストに案内された部屋を見た瞬間、私は絶句しました。
(お、驚くほど汚い…)
床はそこら中に物が散らかっており、天井に付きそうなほど空き瓶や置物のような物とおそらく魔物の素材が山になっている場所があります。
おまけにキッチンにある流し台には大量のお皿が積み重なっていました。
「そこ座って待ってて」
彼女が指差す先を見ると窓際の床が見える場所に椅子が一脚だけ孤独そうに立っていました。
「わかりました…」
床に散らばる物、特に瓶類を踏まないように慎重に一歩ずつ進み、やっとの思いで椅子に座りました。
椅子に座り一息ついていると、リストがブツブツとつぶやきながら山を掘っています。
「確かこの辺に…」
山が今にも崩れてしまいそうでドキドキしながら見守っていると、何かを見つけたのか彼女は力任せに腕を引き抜き、山の中からテーブルが顔を出しました。
「あったあった」
山はガラガラと崩れ、床とテーブルの脚が擦れる音を鳴らしながらリストは私の前へと何かがべっとりと付いているそれを運んできました。
「ふぅ…」
まるで一仕事を終えた後のように大きく息を吐いて額の汗を拭ったリストは、キッチンに行き、木箱の中を漁り始めました。
「あれ、お肉なかったっけ…」
リストは頭をポリポリと掻いた後、物の山の中から毒々しい紫色の肉を手に取りました。
「これでいいや」
すると、大きな包丁をバンバンと大きな音を立てながらその肉に向かって振り下ろし、満足したのか切り刻まれた肉を横にある大きな鍋にまとめて投入しました。
「あ、草がないな…」
リストはそう呟いた後、のそのそと部屋から出ていき、しばらく待っていると本当に食べていいのかと思うほどカラフルな色の野菜らしき物を両手に握りしめて戻ってきました。
「うーん、切らなくていいっか」
キッチンに立つリストはそう言って、それを鍋へと投げ入れました。
「もうちょっとだから待ってて」
ゴボゴポと鳴く鍋を背に優しい笑顔で私に語りかける彼女が、今までの行動も相まってその時には悪魔のように見え、今から自分がどんなものを食べさせられるのか考えるだけで恐ろしくなりました。
「あ…あの、何を作っているんですか?」
私はなるべく彼女の気分を害さないように、全力の作り笑いとあたかも楽しみですよというような声でそう聞きました。
「ん、汁」
(汁ってなに!?)
得体の知れない恐怖と聞かなければよかったという後悔の念が押し寄せ、思わず身震いしていました。
「お皿お皿ー」
そう言いながらリストは徐に鍋から離れて物の山からお皿を拾い上げ、中を軽く払った後にふーっと息を吹きかけ、納得した表情をしてまた鍋の前戻りました。
衛生観念が色々と終わっていますが流し台に積み重なっているお皿を使わないことに少しホッとしました。
「はい、できたよ」
「あっありがとうご…っ」
私の前に運ばれてきたお皿の中には不気味なほど透明でキラキラと輝く汁が入っており、想像していたものとの差が激しく、思わず言葉が詰まってしまいました。
ああ、うん、これは紛れもない汁だ、うん、汁だ、汁としか言いようがない、でもこんなに透明で汁ってなんか怖いな、うん、液体と呼びましょう、その方がなんだか恐怖心が和らぐ気がします、そうです液体と呼びましょう。
「どうした?」
リストが不思議そうに首を曲げ、私の顔を覗き込みました。
「なっなんでもないです、いただきます…」
「どうぞ」
先ほど山から採りたてのスプーンをリストから受け取り、キラキラしている謎の液体に息を吹きかけ、それを口に運びました。
「え?」
味は意外にもあっさりした塩味で、あとは鼻を抜ける薬の風味が遠くで手を振っている程度でした。
「どうだ?うまいだろ?」
リストは腰に手を当て、にんまりと笑っています。
「はい、思っていたより美味しいです」
「はっはっは、一体どんなものを想像してたんだい」
そのまま私は一気にその液体を飲み干し、リストにお皿を渡すと、彼女は流し台にお皿を投げ入れました。
「あ、洗わなくていいんですか?」
「ん?ああ、いいのいいの」
「そ、そうですか…」
リストはテーブルを私の前から移動させ、その上に座ると、ポケットからパイプを取り出して火をつけました。
「それじゃ、落ち着いたし、自己紹介をしよっか、はい君から」
リストは優しく笑いながらそう私に言いました。
「えっあっ、えっと、私はマチです…」
「うんうんそれで?」
「それで…、人間の国の兵団の団長でした…」
「あそこの団長さんだったんだ」
「はい、でも…でもっ!」
あの事を思い出して言葉が詰まると、だんだん視界が歪み始め、手の甲に涙が落ちる度に拳を強く握りました。
「まーまー、ここは誰も君を責めないから安心して泣きな」
リストはそう言いながら私の頭を撫で、大きな煙を吐きました。
「うっ……っ、くっ……」
「んーんー、泣け泣け」
そのまま私は今までの溜まっていた黒い塊を吐き出すように泣き続けました。
「じゃあ次は私の番かな」
落ち着きを取り戻してきた私にリストは屈んで優しくそう言いました。
「私はリスト、一応魔術師かな」
「魔術師…」
おそらく私はその言葉を聞いて顔を歪ませていたと思います。
「それで君、なんでその魔力量で鉄の棒なんて振ってるんだい?」
「鉄の棒って!そんな、あんまりじゃないですか…」
私は立ち上がり、俯いたまま強く歯を噛み締めました。
「そんなっ!私だって!好きで剣なんて持ってませんよ!」
この家で目覚めてから初めて大きな声を出しました。
「私だって…私だって…」
「すまない、配慮のない質問だったね」
リストはそう言ってバツの悪そうな顔をして私を見つめています。
「いいですよ」
私は少し乱暴に座り直し、気になっていたことを聞こうと思い、しっかり前に向き直りました。
「一つ聞いてもいいですか」
「いいよ」
「なんで私をわざわざ拾って治療したんですか?」
「………」
「見返りを求めてる感じではないですよね」
「そうだな…そりゃぁ怪しいよな」
「はい…」
するとリストはテーブルに座り、再びパイプの火をつけ話し始めました。
「私は魔術師だが冒険者みたいな戦闘狂じゃない、魔術の研究をしてるんだ」
「魔術の研究…」
「そう、それで必要な草を取るために外に出て畑に行った時、少しに地面が揺れて、地震かと思ったら軽い衝撃波に乗って飛んでもなく濃い魔力が飛んできたんだ」
リストは手で内容を表しながら話し続けます。
「誰かとんでもない魔術師が魔力暴発起こしたなって思って、魔力の元を辿ったら大量の瓦礫と、その上に座ってぼけぇーって空を見てる鎧着た君が居て、魔力の元は完全に君だったから連れてきたの」
「そ、それで、なんで連れて帰ったんですか?」
魔力が願いなら殺されかねない、何を言われても逃げなければ…
刺々しい空気で心臓をばくばくと鳴らし、いざという時のためにいつでも立ち上がれるように構え、ニタァと笑い不気味に俯くリストから目が離せませんでした。
すると、一呼吸置いてリストが口を開きました。
「弟子が欲しいな〜って思って」
先ほどの真剣な雰囲気から一変して、突拍子もない返事に驚きました。
「は?」
「あれ?私なんか変なこと言った?」
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