第25話 より良い食事を

宿屋の泊まっていた部屋で二人でいつもの保存食のパンを食べていた時、アミスターがパンを置いて立ち上がり私を睨みつけました


「もうこれ飽きた!」


そう言ってバンッと両手をテーブルに叩きつけます。


「えっ」


驚く私を無視してアミスターは話を続けます。


「毎日毎日、パンパンパンパン、たまに味のしない固い干し肉食べてまたパンだよ!」


「そ、そんなに飽きますかね…私は別に美味しくて好きですよこれ…」


その言葉を聞いてアミスターは椅子から降りて、私の肩を掴み揺さぶり始めました。


「私には味がないんだよぉお!」


「あばば、おっおちついてえっ」


私はアミスターに揺らされながら、何かいいものはないかと考えました。

揺らされ続けてちょっと気持ち悪くなってきた頃、一旦止めてもらうために話を変えることにしました。


「じゃ、じゃあ何かないかこの街のお店を見てみませんか」


私が提案するとアミスターはやっと手を止めてくれました。


「見る!早く行こう!」


そう言いながらアミスターは今度は腕を引っ張り始めました。


「ああ、ちょっと待って下さい…」


そのまま私はアミスターに手を引かれながら鞄を手に取り宿屋を出ました。


〜〜


「マチ〜早く〜」


「じょっと…はあ…まっでぐだざい…」


普段走ることのない私が息を切らしてフラフラと歩いている遥か先で、アミスターは元気に手を振っています。


宿屋を出た時に調子に乗って「お店のある通りまで競争しよう」だなんて言ったことを心の底から後悔しました。


「はぁ…はぁ…」


「マチ!ほらすぐそこだよ!」


やっとアミスターに追いつき呼吸を落ち着かせながら顔を上げると、彼女の指差す方向に沢山のお店が並ぶ通りが見えます。


「マチ!いい匂いがするよ!」


「そ、そうですね…」


あんなに走っていたのに息も切らさないで元気にはしゃぎ回るアミスターを見て、獣人族の体力が少し羨ましく思いました。


「ねえマチ!このお店は何のお店?」


「えーと、このお店は雑貨屋ですね」


「雑貨屋ー!」


「ちょっ、待って…!」


アミスターはそのまま勢いよくお店の扉を開き中に入って行きました。

ここまで大きな街が初めてで興奮するのは分かりますが、もう少し落ち着いて欲しかったです。


アミスターを追って中に入ると、彼女は店主の女性とお話ししていました。


「お姉さん、これは?」


「それは回復のポーション、怪我をした時に使うのよ」


「へー」


聞いたくせに興味がなさそうな反応をしながら周りの品物をベタベタと触り、これは?あれは?と次々と質問責めをしています。


仕事中なのに邪魔をしてしまって申し訳なかったので、すぐにアミスターを捕まえました。


「私の連れがすみません…」


「全然大丈夫よ!それより可愛いねその子!獣人かい?」


店主さんは全く怒っておらず、ほっと胸を撫でおろすとアミスターがまた別の商品を持ってきました。


「お姉さん!これは!」


「それはリンゴのジャム、パンに塗るんだよ」


店主さんは嫌な顔をせず答えてくれました。


「ふーん」


アミスターは相変わらずの反応だったので、軽く頭を叩きました。


「何かしてもらったらありがとうって言わなきゃだめですよ」


「うーん?うん!わかった」


本当にわかってるのかこいつ。


「ありがとう!」


「いいのよ〜、お母さんになんか買ってもらってね」


「うん!」


「私はお母さんではない」と心の中で否定していると、アミスターが商品を抱えて私の元へやってきました。


「これ買って!」


上目遣いで見つめてきますが、それは私には通用しません。


「使いませんよね」


私が冷たくそう言い放つとアミスターは尻尾を丸め商品を戻しに行きました。


彼女が商品を戻し終わったのを確認して店主さんにまた来ると言って、しょぼくれたアミスターのを引きながら店を後にしました。


〜〜


お店を出た瞬間アミスターが足を止めました。


「どうしました?」


「なんで買ってくれないの!」


泣きながらアミスターは何度も飛び跳ね、その度に地面を強く踏みつけるという行動を始めました。


「なんで!なんで!」


「えーと…それは…」


正直に言っても納得するはずがない状態の彼女にどう言い訳をしようかと悩みました。


「なんで買ってくれないの!」


「それは…」


「買って!買って!」


そろそろ人目が気になり始めた頃、いい加減怒鳴りつけようかと思いましたが、平和的に解決する方法を思いつきました。


「あれです!このお店であんなにたくさん買っちゃったら他のお店を見れなくなっちゃいますよ!」


「あ、確かに…」


ちょろい、そう思ったのも束の間、今度は早く次の店へ行こうと騒ぎ始めました。


「次のお店に行こう!早く!」


「はいはい…」


しばらく歩くとアミスターがあるお店の前で足を止めました。


「ここ、いい匂い…」


「確かにいい匂いですね」


「ここ何のお店?」


アミスターはそう言いながら尻尾を激しく振りながら、鼻をすんすんと鳴らしていました。


「パン屋ですね」


「パン!?」


私の言葉を聞いてアミスターは仰け反るほど驚いています。


「そうですよ、あなたの嫌いなパンの出来立ての匂いです」


「パンってこんなにいい匂いするんだ…」


「まあ、種類が違いますけど…入ってみますか?」


「入る!」


アミスターは両腕をバッと広げ、尻尾を振りながら元気よく答えました。


「ここの売り物には触っちゃダメですよ」


「わかった!」


私の忠告をちゃんと聞いていたか定かではありませんが、彼女を信じてお店へ入りました。


「すごい…いい匂い…」


「いい匂いですね」


パン屋の匂いに浸り、立ち尽くすアミスターの頭を撫でながら話を続けました。


「さっ、選びましょうか」


私がそう言うと、アミスターが尻尾をこれでもかと振りながら見つめてきました。


「ここは買っていいの!?」


「いいですよ、でもお店の中は走らないこと」


「はーい!」


そしてアミスターは舐め回すように店内のパンを眺め始めました。


「マチ!このパンお肉がのってるよ!」


「そのお肉、味ついてますよ」


「えっ…」


「買いますか?」


「うーん…他も見る!」


「そうですか」


そのまましばらくパン屋の中ウロウロと歩いていると、店主さんが先ほどのパンの試食をアミスターに食べさせてくれました。


「味がする!」


「どういう感想ですか」


私が笑いながらそう言うと、アミスターはそのパンを指差しました。


「これにする!」


「これだけでいいんですか?」


「え…」


アミスターはまるで悪魔から魅力的な提案をされたような表情をしました。


「一つだけじゃ、もったいなくないですか?」


「いいの…?」


「いいですよ、遠慮は要りません」


すると店主さんがまた試食を持ってきました。


「これ普通のパン?」


「そうだよ、美味しいから食べてごらん」


店主さんが優しく語りかけていますが、アミスターはパンをまるで毛虫でも見るかのような目で見つめています。


「い、いただきます…」


アミスターが素直に口に入れると、ピンと尻尾を立たせ、私の方を振り向きました。


「マチ!このパンパサパサしてない!もちもちしてる!」


何を言うかと思ったらそんなことを口にするので、私はお腹を抱えて笑いました。


「もう一個はこれにする!」


そう言いながらモグモグとパンを食べています。


「それじゃあ、この二つでいいですね」


「うん!」


アミスターにしっかり確認をしながら買うパンを店主さんに伝えました。


「いやー助かるよ、ここ最近人が減っちゃってねー」


店主さんが紙袋にパンを詰めながらそんなことを口にしました。


「何かあったんですか?」


「徴兵だよ」


「徴兵…」


「なんか戦争するんだってさ」


「そうですか…」


少し、質問したことを後悔しました。


「そうそう、なんか近々戦争をふっかけるらしくて、旅人さんだろ?だったらあんまり長くここにいない方がいいよ」


「わ、わかりました、ありがとうございます…」


パンの入った紙袋を受け取り、逃げるように店から出ました。


〜〜〜


「……マ…!……マチ!」


後ろから誰かが私の名前を呼ぶので振り向くと、アミスターが居ました。


「大丈夫?マチ?」


今までみたことがないほど不安な表情をしています。


「大丈夫…ですよ…」


「でも泣いてるよ?」


その言葉を聞いて目を拭うと袖が濡れました、どうやら泣いていたようです。


「マチどうしたの?大丈夫?」


私は涙を拭き、アミスターの手を握って、笑いながら語りかけました。


「大丈夫ですよ、アミスター、最初のお店でジャムを買ってから宿屋さんに戻りましょうか」


「うん?わかった」


その後、私達は雑貨屋へ向かい、パンに合いそうなジャムをいくつか買って宿屋に戻りました。












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