第19話 口約束と断たれた未練
私はその日、とある大きな国で師匠を探すため歩いていた時、教会の前を通ると、修道女の格好をした金髪の少女が聖典を何度も踏み付けていました。
「この!この!この!」
私は、その異様な光景を目の前にして少し固まってしまいましたが、教会の目の前ということもあり見過ごせるわけもなく止めることにしました。
「聖書はそうやって使っちゃダメですよ」
私が彼女にそう注意をすると、彼女はぴたりと動きを止め動かなくなったと思った途端、首をグリンと回して睨みつけてきました。
「関係のない貴方に口を出されたくないんだど」
そう言い放ち、彼女は荒々しく聖典を拾い上げました
「なに、子供のくせに貴方も大人の味方なの?」
「え、子供?」
どうやら彼女は私の事を背が小さいからと子供と間違えているようでした。
「私は大人ですよ、それに、確かに私には関係のない事かもしれませんが、教会の前で修道女のあなたが聖典を踏みつけるのを見過ごせません」
「ふん、何よ、あんた何様?教会の傭兵呼ぶわよ」
「いや、それは…」
「じゃあ口出ししないことね!」
そう言って彼女は地面に聖典を叩きつけ、再び踏みつけ始めました。
「ばかばかばか!誰が聖女なんかになるもんか!」
彼女はだんだんと踏みつけるのが激しくなってい、さすが人目も気になり始めたので彼女の話しを聞こうと思いなだめることにしました。
「一旦落ち着いてください!その…そこのベンチでお話聞かせてくれませんか?」
「……」
すると彼女は「ふん」と言って聖書を拾い上げドシドシと足音を立てながら歩きベンチに座り、こんなにすんなりと言うことを聞いてくれた事に驚き固まっていた私を睨みつけ口を開きます。
「何ぼさっとしてるのよ、私の愚痴を聞いてくれるんでしょ」
冷たい視線を向けてくる彼女の言葉を聞いてハッとはした私は小走りで駆け寄り、彼女の横に座りました。
「ごめんなさい、それで、何があったのか聞かせてくれませんか?」
私が問いかけると彼女はため息をついて、鋭い視線で私を見つめました。
「まずは自己紹介でしょうが!」
「あ!ごめんなさい…」
「あなた、さっきから謝ってばっかりね、それもやめなさい」
「はい…」
まさか、ずっと年下の少女に一喝入れられるとは思っておらず、落ち込んでいると彼女が話し始めました。
「まったく…私はパーチェ、9歳、このクソみたいな場所のアホ神父の娘、あんたは?」
「あ、私はマチです、えーっと、エルフで師匠を探して旅をしています」
「ふーん、エルフのマチね…」
まるでナイフの様に口が悪い彼女が9歳という事実に驚きました。
「それで、なんで聖書を踏みつけていたんですか」
私がそう聞くと、パーチェは足を組み話し始めました。
「私は生まれた時から神の加護っていうのを持ってて、この力でどんな傷も病気も治せるからクソ親父は私の能力に目をつけて、ここを引き継いで欲しいからって毎日毎日聖典を全部覚えろって何時間も読まされてさ、外では私と同じくらいの子供が遊んでるってのに、なんで私はこんな興味もない堅苦し文字を毎日読み続けなきゃだめなんだ!って怒ってクソ親父を殴ったら教会から締め出されて、それで腹が立ってここの前でみんなが見えるように聖典を踏んでやってたのよ」
パーチェはものすごい勢いで話終わると、はあはあと息を切らしていました。
「そ、そうだったんですか…大変でしたね」
私が彼女を慰めようと話しかけながら頭を撫でると、手を弾かれました。
「次はあなたの話を聞かせてよ」
「え、なにをですか…?」
「何ってほら、旅のこととか」
いきなり話を振られてしどろもどろした後、私はうーんと考え込み子供の好きそうなことを話す事にしました。
「じゃあ勇者と旅をした話はどうですか」
私がそう言うと彼女は目を輝かせて私の方へと身を乗り出してきました。
「あなた、勇者様と冒険したことがあるの!?」
さっきと違ってとても子供らしい表情をするパーチェを見てなんだかホッとしました。
「ええ、数年前ですが、本当に旅をしてましたよ」
「どんな人だった!やっぱりかっこいい?」
「うーん、あの人はちょっと頼りなかった様な感じでしたね、そんなに勇者が好きなんです?」
「そりゃ、勇者って何人かでパーティーを組んでみんなで冒険をするんでしょ?」
「まあ、間違ってはないですね」
「私の憧れなのよ〜」
パーチェはさっきの鋭い目のとは打って変わって次々と夢物語を語りながら目をキラキラとさせていました。
「それで、勇者様はどこに行ったの?」
「……途中でお別れしました」
「どうして?」
「まあ、色々あったんですよ」
私は作り笑いをしてその場をやり過ごしました。
「そう、じゃあ深くは聞かないわ」
「はい、そうしてください」
「それで他にはどんな所に行ったの?」
「ああ、じゃあ海の見える街の話を…」
そして私は、パーチェに彼との旅の話を断片的に語り、彼女はウンウンと頷きながら、所々茶々を入れつつ話を聞いていました。
そのまま私が話し続け、気が付けばあっという間に日が落ち始め、空はオレンジ色に染まり始めていました。
「それでそれで!?」
「よく分からないキノコを食べちゃって一晩中唸ってたりしてましたね〜」
「ははは、勇者様ったら以外とドジね〜」
「そうですね、意外とおバカさんですよ」
「あははは」
いつの間にか、会った時はあんなに棘を纏っていたパーチェはすっかり幼い元気な少女の顔をしていました。
「パーチェちゃん、そろそろ暗くなるので戻りましょうか」
私がそう言うと彼女は立ち上がり、笑顔で聖典をその辺りに投げて捨てました。
「そうね、そろそろあなたの宿に行きましょう、続きを聞かせてちょうだい」
「え、来るんですか?」
「そうよ、私も貴方の旅についていくことにしたの」
パーチェは自信満々に踏ん反り返りながら言いますが、正直連れて行っても絶対に死んでしまうと思ったので、当然断ることにしました。
「パーチェちゃん」
「何かしら、戦闘した時の配置の話?」
「違います」
私が否定しても彼女は話を聞かず語り続けます。
「あら、そういえば前衛がいませんね、どこかでスカウトしましょうか!」
「パーチェちゃん!」
私が大きな声で彼女の名前を呼ぶと、彼女はビクッと体を一瞬震わせました。
「な、何かしら」
今日初めてパーチェの弱気な表情を見た気がしました。
「まず、私が許可してないのに一緒に旅をする前提で話を進めないでください」
「あ、ごめんなさい…」
「そもそも、あなたはまだ子供です、外に出れば私を助けるどころかすぐ魔物に殺されてしまいますよ」
パーチェの目が潤んできました。
「わ、私…大きな傷とか、毒とか麻痺を完全に治せるわよ」
「そんなの、私だって回復魔術を使えますし、解毒草に麻痺消しがあります」
「で、でも…」
「でもじゃないです、そもそもあなた何も攻撃する方法がないじゃないですか」
「うう…」
「ずっと後ろで回復だけするつもりですか?」
私がそう言うと、パーチェの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ始めました。
「だっでごんなどころにずっと居たくないんだもん!」
「……」
パーチェはそのまま膝をついて声をあげて泣き始めました。
「うわぁああん」
流石に言いすぎたと思った私は彼女をどうにかして泣き止ませようとしました。
「パーチェちゃん」
「なによ…連れてってくれないんでしょ、早くどっかに行きなさいよ」
「その、えーっと、今は連れて行きません」
「え…」
口先だけのただの嘘です連れて行く気はありません、ただ泣かせてしまったという罪悪感はありました。
「どういう意味?」
「えーっと、今のパーチェちゃんじゃ力不足なので、大きくなってすごい立派な強い聖女さんになったら連れて行ってあげます」
少しだけ夢を見せてあげようと思い、そう言いました。
「本当?」
「ええ、本当です、いつか絶対に迎えに来ます」
「そう…わかったわ」
私は立ち上がったパーチェの涙を拭いて、膝についた砂を払い、腕からアンクレットを抜き取りました。
「これはとっても大切な勇者様から頂いた魔術の威力の上がるアンクレットです」
「うん?」
彼女は不思議そうに私の手の中のアンクレットを見つめています。
「これがどうしたのよ」
「あなたにあげます、きっとあなたの成長の助けになるでしょう」
「え…」
パーチェはしばらく躊躇った後、恐る恐る私の手からアンクレットを手に取りました。
「本当にいいの?」
「ええ、いいですよ」
もっとはしゃいで喜ぶと思ったのですが、彼女は自分の腕にアンクレットを付け、ぼーっと眺め、静かに微笑みながら喜んでいました。
「ふふふ…」
「それじゃあ私はもう行きますね」
「あ、ええ、わかったわ…」
パーチェはなんだか寂しそうな顔をしていたので、頭を撫でてあげると今度は弾かれず、優しく微笑んでいました。
「強くなってくださいね」
「ええ、マチがびっくりするくらい強くなってあげるわ!」
「ふふ、期待してますよ、それじゃあまたいつか」
「ええ!待ってるからー!」
こうして私は、守れるかもわからない口約束をし、最後のポーションキャンディを舐めながら宿に戻るのでした。
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