第20話 巣立ち

その日は前に訪れた町で耳にした獣人族の村に来ていました。

目的は師匠ではなく、たまには休みということでもふもふを拝むためです。


村の中に入った時は全く声が聞こえてこなかったのですが、しばらくすると続々と私の元へ獣人の方々が来ると、エルフを初めて見たと言って歓迎してくれました。


なんの目的でこの村に来たのか聞かれましたが、口が裂けてもモフモフを拝み来たなんて言えなかったので、人探しにと言っておきました。


あれこれ大人からの質疑応答を繰り返していると今度は子供達が私を囲み、一緒に遊ぼうと言って私の手を引いて走り始めるので私は何度も転びそうになりました。




家屋の見える森の近くの広場に案内され子供達はワーワーと話し始めました。


「エルフさんどこから来たの?」

「耳触ってもいい!?」

「お名前はなんていうの!?」


一気に質問され私があわあわとしていると、一人の透明感のある白髪の子が声を上げました。


「はいはいそこまで、そんなに一気に言ったら混乱しちゃうわよ」


するとその場は一気に静かになり、白髪の子は私の前へと来て、股の間から尻尾をチラチラと出して胸を張って私に話しかけてきました。


「みんなの代わりに謝罪させてもらうわ、私はアリスよ」


「大丈夫ですよ、私はマチです、可愛いお洋服ですね」


私がそう言うとアリス股から尻尾を出して小さく振り始めました。


「そうでしょ、お母さんが作ってくれたのよ」


「そうなんですか、瞳も綺麗ですね」


するとアリスは尻尾を大きくパタパタと振っていました。


「アリスちゃんは白毛のオッドアイだからすごいんだよ!」


その言葉をきっかけに後ろの子供達が次々に話始めると、アリスがまたみんなを止め静かになったので、私は彼女に白毛について聞いてみることにしました。


「白毛ってそんなにすごいんですか?」


私がそう聞くと彼女は胸を張り話し始めました。


「獣人族は白毛が一番能力が高いの、しかも、滅多に生まれないオッドアイはもっと能力が高いの、つまり私はすごいのよ!」


彼女はそう言い終え満足した笑みを浮かべていました。

可愛かったのでとりあえず頭を撫でてあげるとすごく喜び、他の子達も撫でて欲しいと言って私に擦り寄ってきました。


大量の可愛いモフモフ達に囲まれ、最高の気分で子供達を順番に撫でているとどこからか視線を感じ、あたりを見渡すと森の木陰から黒い毛の子がこちらを見ていました。


私がその子を見ているのに気がついたアリスが森に向かい指をさしました。


「あーまたあいついるよ」


アリスは小馬鹿にしたように言いました。


「あの子は誰ですか?」


「あの子は黒毛、生まれても魔力も筋力もなくて働けないからみんなに嫌われてるのよ、大体の黒毛は物好きのお金持ちにバラバラにされて瓶詰めにされるか、弄ばれるんだって」


アリスは笑いながらそう言いますが、とても子供が言っていい言葉ではなく、戸惑いました。


「い、一緒に遊ばないんですか?」


「うん、だって触っちゃったら劣等種が移るのよ」


「だ、誰から聞いたんですか?」


「おかーさんよ!」


言葉の衝撃が強すぎてしばらく呆然としていると、後ろから弱々しい声がしました。


「あ、あの…」


振り向くとボロボロの服を着た髪がボサボサの黒毛の子が立っていました。

私が答えようとするのに被せてアリスがニヤニヤしながら彼女の前に立ちました。


「何かようかしら?」


アリスがそう言うと黒毛の子は尻尾を足に巻きつけモジモジとしながら答えました。


「わ、私も遊んでいい…?」


「ふん、あなた名前は?」


アリスは腰に手を当てて威圧的な態度をしています。


「あ、アミスター…」


「そう、アミスターって言うのね」


「うん…」


「あのね、黒毛は邪魔なの消えてもらえる?」


何を言っているんだこの子はと思っているとアリスが振り向き私を見ました。


「そうだエルフさん、いいこと教えてあげるわ」


「な、なんですか…」


「黒毛に触っちゃったら無能になっちゃうけど、どうしても突き飛ばさなきゃいけない時はこうするのよ!」


アリスはそういうと足を振り上げました。


私は彼女が何をするか分かり、止めようとした瞬間、アミスターは蹴り飛ばされました。


アリスは笑いながら土まみれになったアミスターにゆっくりと近づきます。


「あはは、黒毛にはお似合いね、ほらもっとかけてあげるわ」


アリスはそう言った後、地面から土を手に取りアミスターに投げつけました。


それを見て他の子も笑っています。


「ちょっとあなた達、いくらなんでもやりすぎです!」


私が耐え切れず注意をすると子供達は黒毛はいじめていいと言っており、このまま注意してるだけでは埒が明かないと思った私は倒れているアミスターに駆け寄り、立たせた後軽く回復魔術を使いながら土を払いました。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫、慣れてるから…」


日常的にこんなことをされているのかと驚き、後ろの子供達にきつく叱りつけようと思い振り向くと、全員瞳孔を大きく開き、さっきまで騒いでいたのが嘘ののように静かで、じっと私を見つめていました。


私は光景を見て一瞬怯みましたが、叱るために立ち上がりました、すると子供達はきゃーと声をあげてどこかへ走り去っていきました。


「へ?」


その光景に呆然としているとアミスターが私の袖をくいくいと引きました。


「どうしました?」


「私に触っちゃったから、村のみんな、匂いであなたを無視する…」


「え…」


「もう帰る…」


そう言ってアミスターは森の中へと入っていきました。




広場に取り残され追いかけるわけにもいかず、私はとりあえず宿屋に行きましたが、店主は一瞬好意的な反応を示しますがすぐ何も喋らなくなりました。


途方に暮れて村の中を歩きますが、村に入った時の光景が嘘のように静かで驚きました。


そのまま歩いていると遠くから誰かが走って来るのが見え、近づくにつれてそれがアミスターだと分かりました。


「どうしました?」


私がそう聞くと、アミスターは息を整えてから答えました。


「寝る場所、ないと思って…」


「そうですね、宿屋さんは無視されちゃいましたよ」


「その…私の家、泊まる?」


「え、いいんですか!」


突然のアミスターからの申し出に少し食い気味に反応すると、彼女は案内すると言って手招きをして歩き始めました。


「あの」


家に着くまでの無言に耐えられなかった私はアミスターに話しかけました。


「どうしたの?」


「ここっていつもこんなに静かなんですか?」


「私が通る時だけ」


アミスターはそう言いながら顔に苦笑いを浮かべていました。


そのまま彼女に案内され村の外れまで行くとボロボロの廃墟のような小屋がありました。


「ほ、本当にここですか…?」


「そうだよ、早く中に入ろう」


そう言って今にも外れてしまいそうな扉を開き、私の手を引いて中に入りました。


「お邪魔します…」


中に入ると、床は歩くたびにギイギイと唸り所々穴が開いて地面が見えており、窓にはヒビが入っていて、とてもこんな子供が住む場所とは思えませんでした。


アミスターは乾燥した草の束にツギハギの布を被せた物の前に私を連れて行き、自分で作ったと誇らしげに言いました。

その姿が可愛くて思わず撫でてあげると、尻尾をパタパタ揺らして喜んでいました。


「ここ、座って」


アミスターにそう言われベッドに座ると、彼女はベッド脇の木箱からリンゴを取り出して隣に座りました。


「これあげる」


「ありがとうございます」


アミスターからリンゴを受け取り、彼女が見つめる中リンゴを一口嚙りました。


「これすごい甘いですね」


こんなに甘いリンゴを食べたのは初めてと思うくらい甘く、私の反応を見てアミスターは静かに微笑んでいました。


「よかった、これ朝採ってきたの」


「そうなんですか、どこで採れるんですか?」


「秘密の場所」


「秘密の場所ですか…」


リンゴを食べ終わり、今度は私が何かアミスターに食べさせてあげようと思い、鞄から干し肉とパンを取り出しました。


「これリンゴのお礼です」


「え、いいの…!?」


アミスターはまるで人が変わったように目をキラキラせて私の差し出した物を見つめました。


「ええ、食べてください」


私がそう言うとアミスターは恐る恐る受け取りました。


「いただきます…」


ゆっくりとまるで高級料理を味わうようにアミスターは静かに食べ始め、あっという間に食べ終わり、にっこり笑って私を見ました。


「ありがとう」


「どういたしまして」


私はもぐもぐと食べる彼女に気になったことを聞いてみました。


「そういえば、お母さんやお父さんはどこですか?」


私がそう聞くと、アミスターは少し間をあけて答えました。


「お父さんはもともといない、お母さんはずっと前にお出かけするってどっかに行ったから、私はお留守番してる」


「そ、そうなんですか…」


「うん、お母さん帰ってきたらお留守番ちゃんとできたこと褒めてくれるかな」


そう言いながら笑う彼女の頭を複雑な気持ちで撫でました。


「きっと、ちゃんと褒めてくれますよ」


その後、寝る準備をして私達はすぐにベッドに入りました。


「おやすみマチ」


「おやすみなさい」


すうすうと寝息を立てる彼女の横で私はこの子をどうにかこの状況から助けてあげたいと思い色々と考えていると、いつの間にか寝てしまっていたようで朝になりアミスターに起こされました。


「おはようございます…」


寝起きのふにゃふにゃの声でアミスターに挨拶をすると、彼女はどこからかカゴを持って持ってきました。


「おはよう、リンゴ採りにいこ」


彼女はそう言って髪がボサボサの私手をグイグイと引っ張り始めました。


髪を整えたかったのですが、アミスターがいこういこうと言って私の話は聞いてもらえず、結局髪はそのまま鞄を持って外に出ました。


「こっち」


アミスターは私の手を掴み、どんどん森の奥へと入っていきます。


「アミスターちゃん、どこに向かってるんですか?」


私がそう聞くとアミスターは歩きながら振り向きニコッと笑いながら「リンゴ」とだけ言って前を向きました。


「リンゴ…」


「うん」


そのまま彼女に連れられしばらく歩くと森の中に小さな池がありました。


「あれだよ」


アミスターはそう言って一本の木に向かって指を差しました。

その木を見ると、いくつかりんごが実っていました。


「マチ、かご持ってて」


そう言われ、差し出されたカゴを手に取ると、アミスターはあっという間に木の上に登り、りんごを収穫すると私を見下ろしました。


「落とすよー」


「え、あっはい!」


私は急にそう言われ驚きつつもしっかりかごで受け止めました。


その後、私の頭にりんごが当たってアミスターが笑ったり、二つ同時に落としたりと楽しみながら収穫しているとあっという間にカゴはりんごでいっぱいになったので、私達は家に戻りました。


家に着き、アミスターは私からリンゴの入ったカゴを受け取ると、ベッド横の木箱にりんごを移しました。


「いっぱい採れましたね」


「うん、いっぱい…」


アミスターはりんごでいっぱいになった木箱をみて嬉しそうに微笑んでいました。


そして一緒にベッドに座り、一緒にりんごを食べ始めた時、私は昨日の夜に考えていたことを彼女に伝えることにしました。


「アミスターちゃん、ちょっといいですか?」


「なあに?」


私はりんごを頬張るアミスターにしっかりと向き直り、真剣に言いました。


「私と一緒に来ませんか」


アミスターの面倒を一生見るつもりで私が言うと、彼女は髪を一瞬ボワッと逆立たせた後立ち上がり、キラキラした目で私を見つめました。


「いいの!?」


「もちろん、あなたが良ければ…あ、でもお母さんが…」


私がそう言いかけると、アミスターは私の言葉を遮るように喋りました。


「お母さんは帰ってこないよ」


そして、アミスターは目をうるうるとさせながら、今まで溜まっていた物を吐き出すように話始めました。


「お母さんは…黒毛の私が嫌いだから、もう帰ってこないのはわかってた…」


アミスターの目からは大粒の涙が流れ始めていました。


「お母さんが大好きだから…待っててって言ってたから…ずっと待ってたの…」


そう言って自分の顔を手で覆ってその場に座り込み叫ぶように話し続けます。


「でもっ…戻って来ないの!私ずっと良い子で待ってるのにっ…」


そう言って泣き叫ぶ彼女を私は抱きしめながら頭を撫で落ち着かせようとしました。


「辛かったですね、あなたの気持ちも考えず言ってしまってごめんなさい」


そのまま頭を撫で続けると、だんだんと落ち着き始めました。


「……っ、うっ、くっ……」


「大丈夫ですよ」


するとアミスターは泣き疲れてしまったのか、私に抱かれたまま眠ってしまったのでベッドに運び、そのまま私も一緒に眠りました。


「おやすみなさい…」




次の日の朝、私は昨日の出来事が嘘みたいに元気なアミスターに起こされました。


起こされしばらく経った後、横になったまま開かない目を無理やりこじ開け、アミスターの方を見ると彼女は何かを書いてました。


「何書いてるんですか?」


「手紙」


彼女はそう言って何か考え込んでいるような顔つきをしながら作業を続けている彼女を見ているとまた眠ってしまったようで、起こす声で目を覚ますとアミスターが私の横に立っていました。


「マチ、マチ」


「うぁ…ど、どぉうしました…?」


私は目を擦りながら起き上がりました。


「私行くよ、一緒に!」


「え、あっ昨日の話の事考えてくれてたんですか」


「うん!」


「持って行く物は持った、後はマチだけ」


「あ、分かりました、すぐ支度しますね」


顔を洗い、鞄の中身を整理している時、アミスターはベッドに手紙を置き、そのまま立ち尽くしていました。


準備が終わり、アミスターに声をかけると、アミスターは腕で顔を擦った後、笑顔で振り向きました。


「行きましょうか」


「うん!」


そして私達はその家を出ました。

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