第18話 本物の勇者
「もう少しで見えるはずですよ」
私がそう言いながら彼に笑いかけると、少し不満そうな顔をしながらグイードさんが口を開きました。
「随分と嬉しそうだな」
「だって、ついに聖剣のある村に着くんですよ」
「そうだな…」
彼はそう言って俯いてしまったので、私は彼の背中を軽く叩きました。
「ほら落ち込んでないで、見えてきましたよ」
私が指差す方向にはグイードさんの目的地であるロカタラ村が見えました。
「ほら行きますよ!」
「ちょっと、走らなくてもいいだろ…」
私達は目の前の村まで走り始めました。
すると村の目の前でグイードさんは急に立ち止まり、いつもと違い真剣な顔をして何か言いたげな様子だったので、私は彼が喋り始めるのを待っていました。
「ここからは、一人で行くよ」
彼は絞り出したような声で言いました。
「お別れですか」
「ああ、長い間本当にありがとうマチ」
彼は深々とお辞儀をして、私と握手をしました。
「そんな大袈裟な、たった五年ですよ」
私がそう言うと、彼はだんだん柔らかい表情になっていきました。
「魔王を倒し終わったらマチの師匠を探すのを手伝うよ」
「ふふ、この世界は広いんですよ?次どこで会えることやら…」
「それでも、どこかで会ったら絶対手伝うよ」
彼は、少し食い気味で言いました。
「そうですか…じゃあその時はよろしくお願いします、グイード」
私が笑いながらそう言うと、彼は一瞬ハッとして笑顔になりました。
「それじゃあ、気を付けてくださいね」
「ありがとう、マチも気を付けろよ」
「はい!」
そうして、グイードは村へ入って行きました。
私は、日が落ちて暗くなっていたので、この村の宿で休んでいこうと思い村の中へと足を踏み入れました。
村の中の民家の柵は剣が地面に刺さっているようなデザインをしていたり、物干し竿に槍を使っていたり、立派な盾が至る所に飾っていて、ちゃんと聖剣のある村として意識しているんだなと思いました、
その後、私は保存食を少し買い足した後 丸一日歩いたせいもあり、宿屋に着いた途端溶けるようにベッドで眠ってしまいました。
窓の外から照らす明るい光で目を覚ました時はまだ夜で、何か祭りでもやっているのかと思い鞄を持って外に出ると、先ほど保存食を買ったお店から見えた広場に明かりが灯っているのが見えました。
私は、その明かりに吸い寄せられるかのように広場に着くと、地面に刺さった柱に括り付けられているグイードを見つけ驚きで声も出ませんでした。
血塗れで顔は腫れ上がり、片目は潰されているようで、どうすればいいか分からずその場でただ狼狽えていることしかできませんでした。
そんな私に気が付いたのか、彼の残った片目が開き、私と目が合うと彼は口を開きました。
「な…なんでエルフがこ…こんなところにいるんだ…俺はエルフが嫌いなんだ、目の前から消えてくれ、早くどこかに行ってくれ…」
言葉の意味がわかりませんでした。
グイードは周りを見渡してまた私に罵詈雑言を浴びせます。
理解ができなかった私はただその場で茫然と立ち尽くし、彼の足元に積まれた枝の山からは油の匂いがしていました。
グイードが延々と汚い言葉を吐き続けているのを見ていると、後ろから誰かに話しかけられ、振り向くとそこには裕福そうな見た目の男が立っており、その後ろに屈強な傭兵を二人連れていました。
「どーもどーも、この村の村長をやっているものです、その格好、旅人さんですかな」
私はグイードを目の前にして声が出ませんでした。
村長さんが何も答えない私をじっと見つめ髭を撫でている間、グイードさんはまだ汚い言葉を叫び続けています。
「そいつを黙らせろ!」
村長さんが急に人が変わったように怒鳴ると、後ろに立っていた傭兵のうち一人がグイードさんへ近づき、静かになるまで殴り続けました。
グイードさんが静かになると、村長さんは私に優しく語りかけて来ました。
「折角のお客人なのに申し訳ない、大丈夫かね」
今見ていた光景と村長さんのゆっくりとねっとりとした不気味な喋り方で私は完全に萎縮していました。
何も喋らない私をしばらく見続けた村長はまたあの喋り方で私に語りかけます。
「旅人さん、この村に来た目的は何かな」
私は何か言おうと一生懸命口を動かしますが声は出ず、心臓は今にも破裂しそうなほどバクバクと鼓動していました。
「もしや、貴方も勇者ですかな」
薄気味悪い笑みを浮かべながら村長は問いかけて来ました。
私は一生懸命その問に対して、首を横に振って否定しました。
「そうかそうか、お前らこいつを祠へ連れて行け」
村長さんがそう言うと、傭兵二人が無言で私を抱えゆっくりと歩き始めました。
いやだ、私は違う、そんな気持ちで一心不乱に首を横に振り続け、後ろを見ると、この世のものとは思えない邪悪な笑みを浮かべた人間が見えました。
もうダメだと私が諦めかけた時、突然意識のなかったグイードさんが叫び始めました。
「エルフなんかどっかに行っちまえ!早く消えてくれ!」
そんなグイードさんを見て、また村長さんが黙らせるように傭兵に言うと、私を抱えていたうちの一人が彼を殴り始めました。
ああまた、と思いながら殴られているグイードさんを見ていると、傭兵の手が止まり手から血を流していました、グイードさんが噛み付いたようです。
「何をやっている!早くお前も手伝え!」
村長さんが地団駄を踏みながら、私を抱えていた傭兵を指差すと、彼は私を置いて加勢へ向かいました。
グイードさんは自分の倍ほどある背丈の傭兵二人を相手に、殴られる度に噛みつき、歯が折れたのか口からは血が流れていましたが、そんな中でも時々「エルフなんか早くどっかに行け」と叫び続けていたのでした。
私は動けずその場で座り込み、彼をどう助けるか、あの柵の剣は他の勇者の剣だったんだ、どうすればいいんだ、何が起こっているんだ、などと考えながらカタカタと震えているとグイードさんと目が合いました。
その瞬間彼はさっきとは違う言葉を叫びました。
「逃げろ!」
その言葉を聞いた瞬間、まるで彼が魔術を使ったかのように動かなかった足が動き始め、私は踵を返して走りました。
村を抜けるまでは後ろから「あの勇者の仲間だ!」「逃すな!」などの声が聞こえましたがとにかく走りました。
森の中で枝で肌が裂けようが、転んで足を痛めようが、息が切れても足をとにかく動かし、胸の真ん中がジクジクと痛くなっても走り続け、森を抜けて草原の中をしばらく走ると追ってくる松明の明かりはもう見えなくなりました。
そして私は月明かりの照らす草原で膝から崩れ落ち、朝まで自分の不甲斐なさを泣きながら嘆いていたのでした。
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