第13話 泡沫の勇者
木漏れ日と森林の匂いが気持ちい樹海の中を歩いている時、悲鳴が聞こえました。
悲鳴のする方へと走っていくと小さな少女が今にも大きな熊に襲われそうになっていたので、急いで詠唱を始めましたが、とても間に合いそうにはありませんでした。諦めかけたその時、草むらから黒髪でマントをつけた青年が飛び出し、持っていた剣で熊に切り掛かりました。
あんな大きな熊、剣士一人では死んでしまう
そう思いながら詠唱を終えた魔術を熊の顔へと撃ち込み、彼らの元へと急いで駆け寄りました。
「加勢します!」
私が彼に言うと、彼は笑顔で返事をしました。
「魔術師さんか、心強い!」
そして、彼が時間を稼いでいる間に私が詠唱を唱え、私の魔術で怯んだ所を彼がとどめを刺し、無事怪我人も出すことなく討伐することができました。
戦いが終わり、一息ついている私に彼が話しかけてきました。
「助かったよ、僕の名前はグイード、君は?」
「私は、マチです」
感触の良い、話しやすい口調で、見た目通りの好青年のようです。
「ありがとうマチさん、戦闘の直後で悪いが彼女を家まで送り届けたい、一緒に来てもらえないだろうか」
「はい、また熊が出ても大変ですから」
そして私達は、少女から家の場所を聞き、森を抜けた先の村住んでると言ったのでそこへ向かうことにしました。
村へ向かう途中、グイードさんはしくしくと泣く少女に優しく語り掛け、村に着く頃にはすっかり泣き止んでおり、二人はあっという間に仲良くなっていました。
少女の案内で村の中を進み、彼女の家に到着して扉を叩くと少し気だるそうに母親らしき人が出てきました。
「あ、初めましてお母さん、僕は…」
少女の母親は、自己紹介をするグイードさんと手を繋いでいる少女を見た途端血相を変え、物凄い勢いで彼女を自分の方へと引き寄せ、少女を怒鳴り始めました。
「知らない人と話したらダメって言ったでしょ!攫われて殺されるよ!」
「ご…ごめんなさい」
あまりに強く言う母親を見兼ねて、グイードさんが二人の話に割って入りました。
「お母さん、言い過ぎでは…」
グイードさんがそう言うと、母親は彼の手を払い、睨みつけました。
「私の娘に触らないで!」
彼女はグイードさんの頬に平手打ちをして、少女を連れて家の中へと入って行きました。
助けてもらっておいて、愚かなものですね
そんな風に思いながら、その場で立ち尽くすグイードさんに声をかけました。
「人の話を聞こうともしませんね」
私が語り掛けると、グイードさんは誰が見てもわかる作り笑顔で私の方へ振り向きました
「世の中何かと物騒だから仕方がないさ、さあ、一旦村を出ようか」
「はい」
すっかり日は落ちていましたが、とてもあの村の宿屋で休む気になれなかったので、私達は少し歩いて、森で野営をすることにしました。
「………」
パチパチと燃える焚き火を死んだ魚のような目で見つめるグイードさんに、私はこの重苦しい空気に耐えきれなくなり話しかけました。
「今日の少女のお母さん、酷かったですね」
「ああ…」
この時、もっと気の利いた言葉を言えなかったのかと自分を責めました。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ…こんな事で折れていては人々は救えない…」
「なんだか、何年かに一度選ばれる人間族の勇者みたいなこと言いますね」
私が少し笑いながらそう言うと、グイードさんは真剣な表情で口を開きました。
「僕はその勇者だ…」
「えっ、本当に?」
「本当に」
私は、グイードさんが勇者には見えてなかったので驚きが隠せませんでした。
「え、なんでその勇者様がこんなところに?魔王討伐に行ってるはずでは…」
「そうなんだが、その魔王討伐にはロカタラ村にある聖剣を手に入れなければならないんだ」
「それで、旅をしていると…」
話が終わり、続いてグイードさんが質問をしてきました。
「ところでマチさんはなんでこんな所に?」
「私は、人探しで国や街や村を転々として旅をしていたんです」
「なるほど…」
彼はそう言って、腕を組んで黙り込んだと思うと、急に立ち上がり、私の近くに寄ってきました。
「僕も今日みたいに人々を助けながら色々な場所を転々としているんだ!」
「そう…ですか…」
そして、急に元気になった彼は私の手を握りながらこんな提案をしてきました。
「この先同じ場所を訪れるなら途中まで一緒に旅をしてほしい!」
「え…そんな急に言われても…」
「旅は一人より二人の方が安全だ!マチさんにも悪い話ではないだろう!」
彼は真剣に、物凄い熱量でそう語りました。
確かに悪い話ではないですが…
「そうですけど…、途中までって何処までですか、まさか魔王を一緒に倒してくれなんて言われても無理ですよ」
「まさか、そんなことは言わない、聖剣を手にすれば僕は魔王の元へと向かう、だから一緒に行くのはロカタラ村までだ。どうかお願いできないだろうか、貴方がいればとても心強い」
深々と頭を下げ、一生懸命にお願いするグイードさんに昔の自分を重ねて同情してしまいました。
「そこまで言われたら仕方がありません、その村までですよ」
そう言って私がグイードさんに手を差し出すと、彼は手を服で拭いてから、喜びながら私の手を握りました。
「ありがとう!マチさん、これからよろしく頼む」
「よろしくお願いします、グイードさん」
その後、私達は焚き火を囲んで保存食を食べながら今後について話すことにしました。
「それでグイードさん、次の目的地はどこでしょうか」
「特に決まってないな」
涼しい顔で、彼はそう言いました。
「え…」
「はっはっは」
「いや、笑ってる場合じゃないですよ…」
こうして、計画性の無い勇者と一人のエルフの旅が始まりました。
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