第12話 国が消えた日

私はどこにでもあるようなエルフ族の里で、エルフ族の中で特に魔力量の多い者に現れるとされる白髪と、高い魔力適性の証である琥珀色の目を持って族長の娘として生まれました。

里のみんなは私の事を将来の族長だとかエルフ族の未来は安泰などと言って、とても期待していました。


当然、私の父は誰よりも私を期待していて毎日色々な魔導書や魔術の鍛錬に必要な道具を沢山私に与えてくれました。


私は期待に応えようと幼い頃から毎日、外から聞こえる子供達の声を聞きながら、家で魔術の鍛錬に励みました。


しかし、何十年と鍛錬を続けても、魔力の制御が上手くいかず、魔力を暴発させては、魔導書を消し炭にする事を繰り返していました。


いつしか里のみんなは私を外で見かけてもヒソヒソと話し始め、私を避けるようになりました。


そして、私はいつの間にか外へ出なくなりました。


知識はあるのに魔力を制御できないだけで魔術が使えない自分が情けなくなりましたが、それでも泣きなながら何度も試行錯誤を繰り返し、鍛錬を続けました。


そんなある日、もう数年は口を聞いていない父が私の部屋に入ってきたと思うと私の胸ぐらを掴み、こう言いました。


「お前は、出来損ないのクズだ、このフルークス家の恥だ!」


そう言い終えると父は私の顔を数回殴り、顔を押さえうずくまった私の腹に一発蹴りを入れて部屋から出て行きました。


そして私は薄暗い部屋でただ呆然とその場に座り込んでいました。

泣きたい気持ちでいっぱいでしたが、涙はすでに枯れていて出ませんでした。


意味がわからなかった、私はただ父の言う事を聞いて毎日毎日鍛錬を続けたが、努力は実らず、そんな自分が嫌いで、消えて欲しかった、もう消えたかった、誰かに消して欲しかった、こんな場所にいたくなかった、こんな場所嫌いだった。


そうだ、逃げよう


その日の夜、私はフラフラと家を出て近くの森へと走りました。

ほとんど部屋から出ていなかったので体力のない私は、何度も立ち止まり、森を走り続けました。

とにかくあそこではない、どこかへ向かって。


虫や木の根を食べながら数日歩き、私は人間族の国を見つけました。

入国審査を無事に終えて中に入りましたが、当然私はお金を持っていなかったので、路地裏で寝たり、飲食店のゴミ箱を漁って食べられそうな物で食い繋いでいました。


数日経ち、この生活にも慣れてきた頃、私はいつものようにゴミ箱を漁っている時、ゴミの中に兵士募集の紙を見つけました。


紙には、衣食住全てを保証すると書かれていました。


これで、人生を取り戻す


そう思い、急いで指定された場所へ向かいました。


「エルフの応募は初めてだよ」


優しく笑いながら団長と呼ばれている人間はそう言っていました。


エルフでも良いのかと聞くと、人間の数倍身体能力が高いエルフは大歓迎だと言って、快く私を兵団へと迎えてくれました。


これは、私の第二の人生だ


そう意気込んだ日々はとても素晴らしいもので、何年も剣術の鍛錬を続けたり、兵団のみんなと国に来る魔物を討伐したり、みんなでお酒を飲んで騒いだり、国民から感謝されたり、贈り物をもらったり、昔のことを忘れるほど充実していて本当に楽しい毎日でした。


そんな平和なある日、私は国王から話があると団長に連れられ、一体何の話だろうかとドキドキしながら国王の部屋へと向かいました。


国王の部屋の前に着くと、団長は扉の前で立ち止まり、私に優しく語りかけました。


「俺はここまで、あとはお前次第だ、胸を張って行ってこい」


団長に背中を叩かれ、身なりを整えてから扉に手を掛けて部屋の中へと入りました。


部屋の中では笑顔の国王が待っていました。


「まあまあ、そう緊張せず、そこへ座れ」


私が国王に一礼をして指定された席へと座ると、国王は一呼吸置いてから話し始めました。


「数々の功績を上げた貴殿に次の兵団長を務めてもらいたい、頼めるかな?」


それを聞いた時、全身鳥肌が立ちました。

やっと努力が認められた、そんな気がしたからです。


はい!全力で務めさせていただきます!


私がそう返事をすると、国王は笑顔で髭を撫でながら、よかったと言っていました。


「早速だが、新しい兵団長殿に仕事を頼みたい」


そう話す国王から先程の笑顔はなく、真面目な顔をしていました。

私はもちろん、その質問に対して、「はい」と元気よく答えました。


「エルフ族の里を攻め、戦争を仕掛ける、その指揮をお前に任せたい」


予想外の言葉で、それを聞いた時、一瞬心臓が止まった気がしました。


こんな都合よく復讐できる機会が来るとは


私はもちろん笑顔で承諾し、国王と握手をして部屋を出ました。


部屋の前にはまだ団長が居ました。


「昇進おめでとう」


少し悲しそうな顔をしながら、彼は小さく拍手をしてくれました。

そして手を止めて、口を開きました。


「俺は今回の戦いは降りる」


私はその言葉を聞いて、貴方がいればとても心強から一緒に居て欲しいと言って彼を引き止めました。


「今回の戦いに俺は納得がいっていない、だから兵団を抜ける」


私には言っている意味がわかりませんでした。

なぜ、なんで、今までだって何度も理不尽な戦いはあったのに、落ち込んだ時に貴方はいつも私を支えてくれて、一緒にどんな戦いも乗り越えてきたのに、なぜこんな大事な時に。


「まあ、気をつけろよ、死を感じたら躊躇なく剣を抜け」


なら、危なくなったら貴方が助けてくださいよ


そう言った後、彼は私の頭を軽くポンっと叩いて「死ぬなよ」と捨て台詞のように言って、振り返りもしないで私の前から姿を消しました。


最後まで、彼の言ってることは分かりませんでした。


数ヶ月たち、私が失望感から脱した頃、エルフ族の里へと攻撃を仕掛け、私の指揮で人間族の死傷者はほぼ出さない状態で、里の制圧が完了しました。


「団長、族長を見つけました!」


その声を聞いて私は手負の父の元へと最後の言葉を聞きに行きました。


「やはりお前は、フルークス家の恥、いや、エルフ族の恥だ!」


そう言った父は、歯を噛み締めながら切り落とされた腕を押さえ、血走った目で私を見ていました。

兵士に押さえられ、なんと言っているかわからないほど喚き散らす父を見て、なんて無様なんだろうなと思いながら剣を振り上げました。


最後に言い残すことは?


「お前はエルフ族の…」


遺言を言い終える前に、私は彼の首を切り飛ばしました。

切り飛ばせば気持ちが晴れやかになると思いましたが、そんなことはありませんでした。

余計にモヤモヤが増えるだけでした。


戦争が終わり、国では数日の間、祭りが開催されて、私が出店を回ると国民が英雄と言って私を取り囲むので、とても気分が良かったです。


祭りの最後には、この戦争で活躍した兵士達に国王が勲章を贈る授与式が行われ、次々に呼ばれる兵士の最後に私の名前が呼ばれました。

国民が注目する中、返事をして国王の前へと行き、敬礼をしました。


「よく働いた、剣聖よ」


そう言うと、先ほどまで座りながら勲章を授与していた国王が立ち上がり、私の胸に直接勲章を付けました。この時、本当に嬉しかったのを覚えています。


私は国王に跪き、感謝を述べると国民が一気に静かになりました、何事かと思い顔を上げると、国王は剣を振り上げていました。


「私の目的はエルフ族の殲滅!最後のお前は私が直接手を下してやろう!」


そう言って国王が剣を振り下ろそうとした時、私は躊躇せず剣を抜き、国王の首を切りました。


ドチャと鈍い音が静かな広間に響くと、国民は悲鳴を上げ始め、見慣れた顔ぶれの兵士たちは、私を取り囲み剣を向けました。


なんでこうなったのでしょうか、みんな昨日一緒にお酒飲んだのに、国王だって、優しく私に話しかけてくれてたのに、なんで。


そこで私は、今まで自分が利用されていたことに気づきました。


そう気づくと、自分が如何に愚かで滑稽で無様なのかを痛感し、消えてしまいたいと思いました。


そして、私は体の魔力を全て外へ放出し、魔力を暴走させました。


その後、目を覚ました私の周りには瓦礫しかありませんでした。

きっと家も何もかも吹き飛ばしてしまったのでしょう、おまけに髪が魔力で水色に染まっていました。


誰かいないか、生きてる人は、そう思いながら瓦礫の道を歩きました。


そして疲れた私はあの頃のように、ただ呆然と瓦礫の山で座っていました、


どれくらいの時間が経った時か覚えていませんが、誰かが私の頬を軽くペチペチと叩きました。


「おい、生きてるか」


意識が朦朧としていて、顔がはっきり見えていませんでしたが、私は返事をしました。


「おお、生きてるか、水色髪の嬢ちゃん、名前言えるか?」


そして私は、薄れていく意識の中で黒髪の誰かに返事をしました。


私は…マチ…ただのエルフです…

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