第11話 砂と未来の魔術師
「部屋を一つお願いします」
私がそう伝えると、作業中の宿屋の店主さんが振り向きました。
「一泊かい?」
「はい」
「5シルバーだよ、そこに置いといて!」
「あ、はい」
店主さんはそのまま忙しそうに大きな荷物を持って裏の扉へと入って行きました。
「忙しい時に来てしまいましたか、なんだが少し申し訳ないですね…」
「あ!そうだ!」
裏へ入った店主さんが何かを伝えようと扉から顔だけを出してきました。
「ここは海の街だから砂浜が綺麗でね、荷物を置いたら見にいくといいよ!」
それだけ私に伝え、嵐の様な店主さんは戻っていきました。
その後、私は部屋にカバンを置いて少し休憩してから、店主さんの言っていた砂浜を見にいくため宿屋から出ました。
「まずお腹を満たしましょう」
私は商店街へと食事のできる場所を探しに向かいました。
「食材ばかりですね…、ん!?」
食材を売っているお店ばかりの商店街を歩いていると、どこからかとってもいい匂いがするので、その匂いに釣られて歩いていくとパン屋に辿り着きました。
「よし、ここにしましょう」
私はここで今日はパンを買って砂浜で海を見ながら食べることに決め、パン屋の扉開けました。
扉を開けるとカランカランとドアベルの黄色い音と共に、店員さんの「いらっしゃいませ」という声が聞こえます。
店内は出来立てのパンの香ばしい匂いとたくさんの種類のパンが陳列されていて、私はどのパンを食べようかとウロウロと店内を見回りましたが、選べなかったので、結局店員さんのおすすめのプレーンの硬いパンと、ベーコンとチーズの乗ったパンを一つづつ買い、砂浜へと向かいました。
目的地に着くと、真っ白な砂浜と透き通った青緑色の海が私の前に現れ、私はその風景に目を奪われ少し足を止めた後、砂浜を歩きながらパンを食べる場所を探すことにしました。
「さて、どこで食べましょうか…」
しばらく歩いていると、砂浜の端に少年がいました、なにをしているのかと思い、少し離れたところから見ていると砂浜に手を当ててピクリとも動きません、私は一体少年がなにをしているのか気になったので話しかけてみました。
「こんにちは」
「な…われ…うご…」
私は真横にしゃがんで少年の顔を見ていますが、相当集中しているのかぶつぶつと言って地面に手を当てながら目をぎゅっと固く閉じています。
「あの…」
語り掛けながら少年の肩に触れると、少年は驚いた様子で、手を地面に当てたまま私の顔を見つめました。
「え、あんた誰」
「マチです」
「マチ…」
それに続いて私は、驚いて目を丸くしている少年に名前を尋ねました。
「あなたは?」
「あ、俺はベル…、よろしく…」
ベルさんは砂だらけの手を軽く払い、私に手を差し出しました。
「よろしくお願いします」
私はベルさんの手を握り、握手をした後、本題を切り出しました。
「それで、なにやってたんですか?」
「ま、魔術の…練習…」
そう言い終えるとベルさんは立ち上がり、膝についた砂を払い落とし、続きを話し始めました。
「俺、魔力適性あるんだけど、適応属性が…」
「砂なんですか」
「なんでわかんの!?」
「私、魔術師さんなんで」
「え!」
するとベルさんは私を期待の眼差しで見つめます。
「本当に!?ねえ!魔術教えてよ!俺、魔術師になりたいんだ」
あまりに必死にお願いをするので私は教えることにしました。
「ふふ、いいですよ」
「やったー!」
さっきまで警戒していたのが嘘のように、元気に私の服の袖を引っ張ります。
「それで、なにを教えれば?」
「あ、うーん」
私が質問すると、ベルさんは腕を組んで悩み始めましたので私から切り出すことにしました。
「じゃあ軽く座学から始めましょうか」
「え、もっとサクッと魔術が使えるようになる方法はないの?」
「魔術師には勉強と研究が必須ですよ」
「うう…」
ベルさんは頭を抱え始めましたが、私はお構いなしに話し始めました。
「それではまずは四大属性は知ってますか?」
「知ってる!火と水と風と土でしょ!」
「正解です、さすが、魔術師を目指してるだけはありますね」
流石に基礎知識は覚えていたようなので、私はどんどん話を続けました。
「それぞれの属性の精霊がいまして、詠唱と共に辺りにいる精霊から力を借りることで魔術が成り立ちます」
「え、どこにいんの?」
するとベルさんは周りをキョロキョロと見渡しました。
「ふふ、普通の人には見えませんよ」
「えー、見えないのか…」
「頑張れば見えるようになりますよ」
「本当に!?俺めっちゃ頑張る!」
そう言ってベルさんは、目を見開いて砂をじーっと見つめ始めました。
そういう事じゃないんだけどな…
「えー、それで、魔術はレベルが四段階で分けられてるのですが、わかりますか?」
私がそう質問すると、ベルさんは首を傾げ不思議そうな顔をします。
「え?魔術って、初級と中級と上級の三つじゃないの?」
「その三つを知っていれば十分ですがその上に神技級魔術と呼ばれるものがあります」
「しんぎ?ってなにそれ」
私はコホンと小さく咳をしました。
「神技級魔術とは、長い時間研究をして習得できる魔術です、地形を変えたり、天気を変えたり、違う属性の魔術同士を混ぜて使ったり、無詠唱だったり、召喚術もそのうちの一つです、たとえば…」
そして、私は詠唱を始めました。
「海の影よ、群を成して私を隠せ」
「うわっ」
すると、私を中心に大量の魚の小さな影が渦巻き始めます。
「ちょっと!なにも見えないよ!」
「ははは、そうですね、消しますか」
「消して!」
「帰っていいですよ」
私がそう言った瞬間、パッと一瞬にして魚の影が消えました。
「今のなに!」
ベルさんはまたキラキラした目で私を見つめます。
「召喚術ですよ、私の適応属性は海なので、海に関係するものが扱えるんです」
「海ってすごいな!俺の砂なんて、塊にしてぶつけるくらいしか…」
ベルさんが少し悲しそうな顔をしたので、彼の目の前で砂浜の中に手を差し込みました。
「私だって最初からあんなのできませんでしたよ…砂だってこんな風にできるんですから…」
私が地面から手を引き抜くと、手首から上が砂で出来た剣になっていました。
「固いものは刃物の生成が楽なんですよね」
そして、ベルさんの方を見ると、驚きながら口を開けていました。
「え、姉ちゃん、なんで適応属性以外使えるの…」
「あ、うーん、えー、秘密です」
「え!なんで!」
すると、ベルさんが私の服をブンブンと引っ張り始めます。
「とにかく!砂だろうが海だろうが、修行を積めば強くなりますから…」
「えー、俺もなんかすごいのやりたい!」
「もう…」
ベルさんは駄々をこね始めました。
うーん何かいいものは…、あ!あれなら。
「ベルさん!ガラスってなにから出来てるか知ってますか」
私がそう言うと彼の手が止まりました。
「知らない」
「じゃあちょっと離れて見ていてください」
そして、私はカバンから持っていた空き瓶を取り出し粉々に割りました。
「ガラスは砂で出来ているのでこれも操れるはずです、それにこっちの方がキラキラしていて鋭いはずですよ」
すると、ベルさんが嬉しそうに腕をブンブンと振り始めます。
「やってみてください、ガラスだけに集中するように」
「わかった、やってみる!」
〜
しばらく練習すると、ベルさんはあっという間にガラスの破片を粉にしたり、それで何かを造形したり、操れるようになりました。
本当に人間族の子供の成長は時々驚かされます。
「見て!さっきの姉ちゃんのまね!」
ベルさんはそう言うと、自分の周りにキラキラと光るガラスの粉の波を自分の周りでぐるぐると回し始めました。
そんな彼は少しフラフラと疲れている様子でした。
「そろそろ休憩しましょう、魔力切れ起こしますよ」
私はそう言いながら、硬いパンにかぶりついていました。
「あ!パンいいな!」
ベルさんが私のパンを見ながら隣に座りましたので、私はもう一つのパンを彼に差し出しました。
「ベーコンとチーズのパンがあるのでどうぞ」
「やったー!ありがとう…ってこれ俺の家のパンだ!」
「えっ」
まさかの私が買い物をしたパン屋さんはベルさんのお家でした。
「偶然ですね、それとも何かの運命でしょうか」
「ん?そうだね、ははは!」
ベルさんは私が言ったことがいまいち理解が出来ていないのを誤魔化すかのように笑い出しましたので、私も一緒に笑いました。
その後、海に太陽が沈むまでいろんな話をしていた私たちは、暗くなったので彼のパン屋へと向かいました。
「それじゃあ、頑張ってくださいね」
「うん!立派な魔術師になるよ!」
そして、私は手を振り、彼が悪い道へと進まないことを願いながら宿へと戻りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます