第10話 荒野の一人貴族

普段より多めに水を飲みながら私は荒野の道を進んでいました。

そんな道の傍に不自然に葉が青々と生い茂る一本の木と小さな家があります。

私は近くに宿のある場所がないか、その家の住人に尋ねることにしました。


家に近づこうと葉の生い茂る木の前を通ろうとした時どこからか声がしました。


「そこの貴方…」


その声に驚き辺りを見回しますが人らしき影はありません。

きっと気のせいだろうと思い、そのまま家に向かいました。


近づいてから気づきましたが、この家はかなりボロボロでした。

扉の前に立ちノックをしますが返事はありません、誰も住んでいないのか、はたまた出かけていて留守にしているのか…。

そして私はこの場所から離れる前に一応窓から中を覗いてみました。


「綺麗だ…」


家の中は家具こそありませんでしたが、誰かが手入れをしている様に見えます。

しかし中には誰もいないのでどうやら留守のようでした。

そして私は元々歩いていた道へと戻ろうと木の前を通った時、また声がしまた。


「あら、私の城に用があったの?」


先ほどよりはっきりと声が聞こえ、やはりさっきの声は気のせいではないと確信した私は辺りを見回しましたが、やはり人影すらありません。


「え?もしかして気づいてない?」


もう一度どこからか声がします、私はその声に返事をしました。


「聞こえてますが貴方がどこにいるかわかりません!どこにいるんですか!」


私が周りをきょろきょろと見ながらそう叫ぶと、謎の声は返事をしました。


「上を見なさい」


言われるがまま上を見上げると、葉の生い茂る木の太い枝にフードを被った赤い瞳で白い髪の少女が座っていました、背格好から見るにかなり幼いように見えます。


「やっと気づいたわね、上にいるだけなのになんで気づかないのよ!」


私と目が合うなり、彼女は私に理不尽に怒号を浴びせます。


「いや、普通の人は木には登らないので…」


「だとしても!声のする方とかで大体わかるでしょ!」


理不尽に私を怒る彼女は、足をバタバタと揺らします。


「てかあなた、名前は?」


「あ、私はマチです、旅をしています」


すると彼女は足を揺らすのをやめて今度は足を組み始めました。


「私は高貴で気高い素晴らしい種族、吸血族のイサル様よ!よく覚えときなさい!」


正直、その時は私はなんだこいつと思いました。


「は、はい…一応覚えときます…」


「それであんた、何の用があってこんなところに来たのよ」


「あ、そうでした、実はこの辺に宿のある町か村か国を探していまして、それでそこの家の住人に聞こうかと思いまして…」


私が言い終えると彼女は「なんだそんなこと」とため息を吐き足を組み直しました。


「宿ならこの道を真っ直ぐ行ったら分岐があってそこを左に曲がると町があるわよ、結構歩くけど」


「そうなんですね、ありがとうございます、それでは…」


情報を聞いた私は正直彼女の相手は面倒だと思ったのでその場からさっさと離れようとしました。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


「え、なんですか」


一応無視は悪いと思ったので木の前へと戻りまた彼女を見上げました。


「なんですか?」


「その…、なんで木の上に居るとか気にならないの…?」


「いやまあ、気になってはいましたけど、触れない方がいいと思ったので…」


すると彼女は何かを期待するような目で私を見つめます。


「………」


「…、はあ、なんで木の上にいるんですか?」


「よく聞いてくれたわ!実はね、昨日の夜、とっても風が気持ちよくて、木の上で寝てみたくなっちゃって、それで登って、降りられなくなっちゃって…」


本当に彼女はあの吸血族でしょうか、私の知ってる彼らはとっても頭が良くて、人間との共存が上手な素晴らしい人たちです。少なくとも木に登って降りられなくなる方々ではありません。


「高貴で気高い吸血族様が木に登って降りれないんですか」


「うるさいわね!」


イルサさんは口では強がっていましたが、その赤い瞳には涙をうるうると浮かべて今にも泣きそうでした。


「はあ…」


そして私はイルサさんを魔法で浮かせ下すために不服ながらやる気のない詠唱を始めました。


「はあ…、この者を…あー、浮かばせよ〜」


「なによその詠唱!もっと本気だしな…、きゃっ!」


小さな悲鳴と共にふわりと浮かんだイルサさんはスカートを掴みながらゆっくりと地面に着地しました。

すると彼女はキラキラとした目で私を見つめ私の手を握りました。


「貴方魔術師だったのね!初級魔法でもすごいわ!」


「あ、はは…、ありがとうございます…」


助けてもらったのになんで上から目線んなんでしょうか。


「それじゃあ、次は食事ね」


「え!」


次の瞬間、イルサさんは私の肩を掴み口を大きく開けて今にも私の首に噛みつこうとしました、私は驚いて彼女を突き飛ばし、大きな声で怒りをぶつけました。


「ちょっとあなた!それはあまりにも無礼じゃありませんか!それでも吸血族ですか!」


突き飛ばされ、木の根元に腰掛けるイルサさんはキョトンしています。


「お腹が空いて食事をするのは当たり前じゃないのかしら?」


「そういう問題じゃないでしょう!」


イルサさんの行動と返答に呆れた私は、そのまま彼女を放置してその場から立ち去りました、去り際に「待って、太陽の光で家に入れないの」と言っていましたが、私は「自分で頑張ってください」と言って彼女の前から姿を消しました。


イルサさんにもらった情報の通りに道を進むと、彼女が言ったとおり小さな町がありました、そして宿屋で部屋を一つ借り、特に町の中に用は無かったので宿屋の店主さんにイルサさんのことを聞いてみることにしました。


「あの、この街に来る途中の荒野にある家と木わかりますか?」


私の話を聞いた瞬間店主さんは額にシワを寄せました。


「あの幽霊屋敷のことか…」


「幽霊屋敷?」


「ああ、ここに来る商人がよく言ってるんだ、あそこの家の前の道を通るといっつも“泣きながら動物の首に食らいついてる赤い目で真っ白な髪の女の子の霊“がいるんだとさ」


その言葉を聞いて私は一瞬どういうことかわかりませんでした、彼女は幽霊だったのでしょうか、もし違ったとしたら…


「ちょっと用事ができました、少し出てきます」


「おう、わかったよ、あんたもアンデットには気をつけるんだよ」


さっき話した時、イルサさんは生きてるようにしか見えなかった、仮に霊だとしても、あれは元気すぎます。

もし生きていたとしたらさっきの話はあまりにも可哀想すぎる、それにあんな態度をして別れてしまったのが余計モヤモヤしました。


急いであの家に向かい、着いた時には太陽はまだ真ん中から少し落ちたくらいでした。息を切らし、少し離れたところか木の根元を見るとイルサさんが足を抱えて下を向いています。私は呼吸を整え彼女に話しかけました


「イルサさん、イルサさん」


すると彼女はゆっくりと顔を上げて、赤く腫れた目で私を見上げました。


「なによあんた、笑いに来たわけ?」


今にも泣き出しそうなイルサさんを私は野営用の毛布と予備のローブで包みました。


「え、なんで…」


「いいから、家に行きますよ」


そしてイルサさんの手を引いて彼女の家へと向かいました。


家の中には入り、イルサさんを包んでいるものを外すと、彼女は勢いよく私に抱きついてきました。


「ざっぎはごえんなざい!」


私に抱きつき、肩に顔を乗せてしくしくと泣くイルサさんの頭を、私は彼女が落ち着くまで撫でてあげていました。


「落ち着きましたか?」


「………」


「大丈夫ですか?」


「その…さっきは悪かったわ…」


イルサさんはそう言って下を向いたまま黙り込んでしまいましたので、私はそんな彼女の頭をまた撫でながら話しかけました。


「もう怒ってませんよ」


「えっ」


私がそう告げると、彼女はバッと顔を上げます。


「本当にいいの?」


「ええ」


するとイルサさんはぺたんと床に座り込んでしまいました、おそらく安心して力が抜けてしまったのでしょう。


「それ、私貴方に用があってきたんです」


「え、なに?」


私は座り込むイルサさんの目線に合うようにしゃがみました。


「私の血を飲んでください、少しでも貴方の成長に役立つはずです」


するとイルサさんは初めて会った時とは違い真剣な眼差しで私をじっと見つめました。


「本当にいいの?」


「いいですよ」


「じゃあ、頂くわ」


イルサさんは私の肩に手をかけ、大きく口を開けて私の口に噛みつこうとしましたが、彼女は手を離し首を振り始めました。


「ダメよダメよこんなんじゃ!施しで強くなっても意味ないわ!」


私は幼いイルサさんからそんな言葉が出るとは思ってもいなかったので、とても驚きました。


「いいんですか本当に」


私がそう言うとイルサさんは勢いよく立ち上がり、腰に手を当てて話し始めました。


「ええ、私は腐っても吸血族よ、とてもありがたい話だけどお情けの施しなんて受けれないわ…」


「ふふ、そうですか」


「なに笑ってるのよ!」


「なんでもないですよ」


するとイルサさんはくるっと後ろを振り返りました。


「私は私のやり方で血を手に入れて、強くなるわ、いつか旅をしている貴方の耳に私の噂が入るくらいにね!」


「そうですか、じゃあ期待してますね」


「ええ、待ってなさい!」


そして私は彼女に別れを告げて、宿に戻りました。



気持ちのいい朝日に照らされ起きた私はここを出る準備をして受付に向かいました。受付にはローブを深く被った人物がいて、店主さんとお話をしていました。


「だーかーら、ここで働かせて欲しいの!」


「だとしても給料の代わりに血はね…」


「別にいいでしょ!あんたでっかいし、筋肉あるし、ご飯食べれば戻るじゃない!」


それは聞き覚えのある幼い女の子の声でした。


「だとしても、あんたみたいな幼い子を雇うわけには…」


「幼くないわよ!」


全く話に進展がなく、あまりにも見ていられなかったので私は声をかけました。


「イルサさんなにやってるんですか…」


「あら、またあったわね!昨日自分のやり方で強くなるって言ったでしょ?だからまずは血を集めなきゃいけないから、ここで働く代わりに血をもらおうと思って話してるんだけど全然で…」


「貴方自分が吸血族だって話しましたか?」


「あ…」


その後イルサさんが吸血族だと言う話をすると、店主さんはあっさり承諾てもらい、彼女は無事血を定期的に得れるようになりました。

これで安心して私も旅の続きができます。


「それでは私はこれで失礼します」


そう言って、宿から立ち去ろうとした時、イルサさんが私を引き止めました。


「待って!」


「ん、どうしましたか?」


「その、色々ありがとう、貴方が私のところに来なかったら今頃また獣の血を啜ってたわ」


「そうですか、それはどういたしまして」


私はぺこっとお辞儀をして「それじゃあ」と言って宿から発ちました。

後ろからイルサさんが「また会いましょう!」と大きな声で言っていました、次に会った時どれだけ成長してるかが楽しみです。







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