第6話 沼地の同業者
どうもマチです、私は今霧の濃い沼地の道を彷徨っています。
進行方向で仕方がなく、足が汚れるのを覚悟して沼地に入ったのですが、すぐ道を見つけれて運が良かったです。
分岐の度に看板があるのですが、看板には矢印しか描かれておらず、どうせ迷っていたので、その矢印の通りに進んでいました。
「家だ…」
しばらく看板の通りに進むと、煙突から煙が出ている苔やツタを纏った家が見えてきました、近づくと、家の前には小規模の畑があるのが見えます。人がいるのが確定しましたので、ここを出る方法を聞くために、家の扉を叩きました。
「すいませんー、誰かいませんかー」
すると中から足音が聞こえ、ガチャリと扉が開き、黒いワンピースを着た女性が灰色の髪を揺らして顔を覗かせました。
「は〜い、どちら様ですか〜」
「あ、こんにちは」
「こんにちわ〜」
なんだろうこの人の喋り方、すごい独特です…
まあいいです、沼地から出る方法聞きましょう
「あの、私マチといいます、旅をしているのですが、ここで迷ってしまって…、ここから出る道を教えて欲しいのですが…」
「あら、そうなの?うーん…そうだ!ちょうどよかったわ〜」
「え、何が…」
「そこの畑からいくつか薬草を摘んできて欲しいの」
「あ、あの出る方法を…」
「終わったら教えるわ〜、それじゃあよろしくね〜」
そう言うと彼女は扉を閉めて中へ入って行きました。
なんか、この人のこと、私は苦手です。まあ、教えてもらうために薬草を摘みにいきましょう。
畑はとってもカラフルで、乱雑に薬草が植えられていました。畑というより、カラフルな雑草が生い茂った庭という感じです。一体どれを摘めばいいのでしょうか…。
そんな風に悩んでいると急に後ろから声をかけられました。
「その青に黄色い線が入った薬草よ」
「うへっ」
振り向くといつの間にか彼女が後ろに立っておりました。全く気配がしなかったので驚いて変な声を出してしまいました。そんな私を見て彼女はくすくすと笑っています。
「可愛い声ね」
「もう、驚きましたよ、中に戻ったんじゃないんですか」
「いやぁ、私ったら、どの薬草を伝え忘れちゃってね、それを言いにきたのよ」
ここまで来るなら自分で摘めばいいのに、変な人ですね。
「さっさと摘んで中でお茶しましょう」
彼女は手をパチンと叩き、ニコッと笑いながら私に向けてそう言いました。
なんなんだこの人は、マイペースすぎます。
「あの、ここを出る道を…」
「それは後で教えるわ、いいじゃない少しくらい、旅人さんなんだから時間くらいあるでしょ」
確かに急いではいないのですが、横暴というか、なんというか…
とにかく、お茶に付き合わなければ教えてはもらえそうな感じがするので、薬草を摘んで、中に入ることにしましょう。
家の中は、大きな本棚にたくさんの魔導書、そして至る所に様々な種類の薬草を乾燥させたものが吊るされており、奥大量のポーションと大きなポーション台がありました。
「それじゃあお茶淹れて来るわね〜」
そう言って彼女は私の手から先程の薬草受け取り、奥へ進み、慣れた手つきでポーション台で作業を始めました。
淡々と作業を進める彼女の顔からは先ほどと違い真剣で、まるで別人のようでした。薬師さんなんでしょうか。
あまりにも良すぎる手際を目の前にし、私が呆然とその光景を見ていると、彼女は顔に手を当てて笑いました。
「そんなにまじまじと見られると、照れるわ〜」
「あ、ごめんなさい!」
「いいのよ〜」
最後の抽出を終えるとそれをティーポットに注ぎ、後ろの棚からティーカップを一つ取り出し、「そこに座って」と窓際の椅子とテーブルを指差しました。あれ、ありましたっけこんなの、まあいっか。
椅子に座り、私の前に置かれたティーカップに出来立てのお茶が注がれます。
「さあどうぞ」
「いただきます」
私は一口飲みました。ん、なんでしょうこの味、塩辛い甘いような、薬を煮詰めたような独特の匂いもあります。
「ふふ、変な味でしょう、それでも美味しくした方だから、我慢して飲んでね、効果はあるから」
「は、はい、あの…」
「な〜に?」
「効果ってなんですか」
私が彼女にそう尋ねると、驚いたような顔をした後、笑い出し「言ってなかったわね〜」と話を続けました。
「それは〜魔力を安定させる薬、あなたがここに来た時、魔力がとっても乱れてたから、飲ませてあげようと思ってね」
「……、そうですか、他の方にはちゃんと言ってから飲ませてあげてください」
「うふふ、そうするわ〜」
「ところであなたは、薬師さんなんですか?」
すると彼女はニコッと笑って「あら〜それも言ってなかったわね」と足を組み直しました。
「私は薬師じゃないわ〜、あなたと同じ、魔法使いさんよ〜」
え、魔術士!?、この人が!?嘘でしょう!?
驚きのあまり、席を立ってしまいました。
だって、野良の魔術師なんてろくな思い出がありません。
そんな私を見て彼女は不思議そうな顔をしていました。
「あら〜、そんなに警戒しなくて大丈夫よ、ここは安全だから」
「どういう意味ですか!説明もなしに薬を飲ませて、変なものは言ってないでしょうね、そもそもまだあなたの名前すら聞いてないんですから、魔術師と聞いて、警戒するのは当然ですよ」
思わず声を荒げてしまった私を見て、彼女は少し悲しそうな顔をしました。
「ごめんなさいね、怖がらせてしまって、確かに名前がまだだったわね、私はヨルよ、ここの沼地で結界を作って、薬をたまに街に売りに行ったりして細々と暮らしてるわ。言っておくけど戦う意志はないわ」
「ヨルさんっていうんですね、本当に、色々と気をつけた方がいいですよ…」
「ええ、ごめんなさいね、久しぶりのお客さんで舞いあがっちゃってね」
「いえ、いいんです」
すると彼女は、暗い表情から一気に笑顔になり、私の手を握って色々と話し始めました。この人は本当にほとんど人と話してないんですね、なんだか少しかわいそうに思いました。
ヨルさんの話が落ち着いた時、私もお茶を飲み終わった頃でした。
すると外から、何やら物音がします。
「何か音がしますね、風でしょうか」
「あ、また来たのね!」
彼女はそういうと、外へと慌てて走って行きました。私も彼女に続いて外へ行くと、そこには、畑を荒らす、巨大なエビ型の魔物がいました。
「この大きさは、ロブス種のクイーンですね」
「お、マチちゃん博識だね〜、そうこいつはロブスクイーン、最上位種だね」
そう言って彼女は指でクルクルと円を描き始めました、すると中心に小さな光の玉が生成され、ヨルさんは「えいっ」と言って指をロブスクイーンに向かって軽く振ると、光の玉がロブスクイーンの頭を破壊しました。彼女がこんな力を持っているとは思っていなかったので、その光景が衝撃的すぎて、私は開いた口が塞がらない状態でした。
「ヨ…ヨルさん」
「どうしたの?マチちゃん」
「今のは神聖魔法の類でしょうか…」
おそらくその時の私は相当ひどい顔をしていたのでしょう。そんな私を見て彼女はくすくすと笑い始めました。
「神聖魔法だなんて、そんな芸のあるものとは違うわ〜、今のはただの魔力の球よ」
「魔力の…球…?」
「そう、魔力の球を作って、相手に送るの、有機物でも無機物でも、魔力を帯びることができるものだったらなんでも送れるのよ〜」
「は…はあ?」
「それで送った対象に、魔力適正があろうがなかろうが、濃い魔力を送れば、どかーんと破裂しちゃうのよ〜、不思議よね〜」
不思議よね〜じゃないでしょ、この人簡単に言ってますが、そもそも魔力を見える程濃く実体化させるなんて、常人には無理です、魔力操作が難しすぎて、下手をすれば爆発して片腕なんてこともありえます。
「ずいぶん簡単に言いますね…、私だったら怖くて無理ですよ…」
「あら、あなたならできると思うわ〜ほらこうやって」
すると、私の両腕を掴んで「ここに貯めるイメージで」とか「もっと一箇所に集中して!」とか、急にレッスンが始まりました…
〜
「はあ…はあ…、両手でどうにか豆粒程度ならできるようになりました…」
「ほら言ったでしょ〜、あなたならできるって!」
「しかしなぜ急に、こんなことを…」
「んー、もう少し話していたかったからかしら?」
本当この人、苦手です…、練習中も彼女の補助はありましたが、何度も暴発しかけました、その度に彼女が魔力を吸い取ってくれてなんとかなりましたが…
「あの、あなたって何者なんですか」
「え、私はヨルよ、薬を作ってる、魔法使いさん」
「なんかそれだけじゃない気がするんですよね」
「ああ、じゃあ多分このことかしら〜?」
「なんですか」
「私は、ハイエルフよ」
「え…」
あっさりと彼女はとんでもない情報を口にしましたハイエルフ、どうりでこの練度です。
幾万年という時を生きるハイエルフは私達エルフの上位互換で、魔力適正と魔法適性は当たり前、その上に身体能力は戦士以上。
そして数は居ないのではないかというほど少ない。というかまず会えません…
「なんでこんな、目立つような広い沼地にいるんですか」
「それは、ここで薬草の畑を作ると、なんだかいろんな魔物が来るからよ〜、薬の材料には困らなくてね、それに結界を張ってるって言ったでしょ?」
「あ、確かに、人が来れない結界ですか?」
「そうよ、そうなんだけど、あなたが来ちゃったみたい、なんでかしら?」
「…、わかりません」
「そうよね〜。でもあなた、魔力が相当濃いから、私の結界を突破できたのも納得ね」
「そうなんですか?」
「ええ、だって、私が張った結界はただの魔力障壁よ、つまり、マチちゃんは私より魔力の濃度が濃いってこと!」
腰に手をあて、私を指差す彼女はとてもキラキラとした目をしていました。
とてもじゃないですが、あの偉大なハイエルフには見えませんでした。
帰りの道を教えてもらい、ヨルさんの家から発つ準備をし、お礼を言って、振り向こうとした時彼女が急に私の両肩に手をかけました。
「そうだマチちゃん、私の加護をあげよう」
次の瞬間、私は眩い光に包まれました。
光が収まると彼女の笑顔が見えたので、私は彼女に説明もなしに何かするなと怒鳴りました。すると彼女は笑いながら、私の頭を撫でました。
「ごめんなさいね〜、この加護は言っちゃうとダメなのよ〜、内容は加護が発動してからのお楽しみ」
そういうと、彼女は家の扉の前へと行き、私の方へと振り向きました。
「またね〜マチちゃん、いつかまた、お話ししましょうね〜」
そう言って、手を振りながら中へと入って行きました。
本当に、嵐のような人で、私はやっぱりこの人が苦手です…
その後、大きくため息をつき、振り返った私は加護の内容はなんだろうとぐるぐる考えながら、再び沼地の霧の中へと足を踏み入れました。
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