第3話 豊穣の女神


 その日は、頭に花の冠を乗せて、村人に崇められていました。ことの発端は今日の朝、私はこの小さなピルギ村を訪れました。小さな建物がぽつりぽつりと大きな畑の間にあり、奥に大きな建物が見えます。村の中に入って道を辿っていくと、行く先々で村人の皆さんが疲れ切っていた様子でした。気になった私は畑の前に居た一人の麦わら帽子の村人さんに話しかけてみました。


「すみません、どうかされたんですか?」


「ん?ああ、旅のお方か、いやー聞いてくれよ、ここ最近雨が全く降らなくてな、作物が全く育たないんだ、井戸の水を汲むに行くにもおばば様の家の方だから限界があるし、みんなクタクタなんだ」


 私はこの話を聞いた時、農家も大変だなと思ったと同時に、話しかけなければよかった、ただ宿だけ聞けばよかったと、少し後悔しました、だって大体こう言う話を聞くと絶対…


「あんた、その格好魔術師か?なんか、どうにかできないか?」


 ほらきたー、絶対言われると思いました、魔術師だからってなんでもできるわけじゃないんですけど、まあ頼まれたものは仕方ありません…対処するしかないです。


「流石に天気は変えることは出来ません」


「そうか、それは残念だ…」


 肩を落とし落ち込む彼前にしてここで去るのも、なんだかあとでモヤモヤしそうだったので何かないか考えてみることにしました。魔法で水を出すのは簡単だけど、長期的にとなると私がここにずっと居なければならない、うう、何かいいものはないか、そうだ!


「ちょっと離れていてください」


「おう、わかったよ、頼むぜ魔術師さん」


「爆発したらごめんなさい」


「え」


 私は左手に水の魔法右手に炎の魔法を詠唱し始めました。


「水よ、細かく霧となり辺りを包め」


「炎よ、竜の如く辺りを薙ぎ払え」


 こんな薄い霧じゃなきゃダメ、もっと濃くもっと小さく、もっとまとめて、もっともっと熱く。よし!これで凍らせれば!


「氷よ!凍らせよ!」


「おお!」


 すると、村人さんの歓声と共に小さな雲ができました、あとはこれに水の魔法を仕掛ければ小さな雨雲になるはずです。


「水よ、小さな球体となれ」


 詠唱が終わると同時に、その雲から雨が降り始めました、それを見て村人さんは大興奮で私の手を引き、「他の所も頼む」と言ってきたので、私は快く引き受けました、これくらいなら朝飯前です。全ての畑に雨雲をつくり終えた頃には、綺麗な夕陽が見える時間になっていました。その後宿を探していると言う話をすると、もてなしたいからおばば様の家に来てくれと言われました、今日はそこで寝泊まりができそうです。


 村人に連れられ奥に進むと他の建物より数倍の大きさのお屋敷が見えました、お屋敷の入り口には人が集まっていて、小さなご老人を囲むようにガヤガヤと話していました、おそらくあれがおばば様でしょう。


「おばば様!連れてきました!この人です!」


 おそらく私の噂はすでに村に広がっていたのでしょう、その声と共に私の方を見たそのご老人は、杖をつきながらヨタヨタと私の方へと歩み寄ってきました


「私はここの村長のブロンと申します、皆から話は聞いております、この度は村を救っていただき、村を代表してお礼をさせていただきます、まさか豊穣の女神のアナ様がきてくださるとは…」


 そうしゃがれた声で言うとブロンさんは、私に向かって深々とお辞儀をして、手をすりすりと擦り合わせています、まずい、何かよからぬことが起こる気がします、即急に誤解を解かねば。


「顔をあげてください、あと私はマチです、勘違いさせているようで悪いですが、私は女神ではありません、ただの旅人です!」


「いや、濃い水色の髪にエルフ族、琥珀色の目に農民を救う力、伝承通りの見た目、あなたこそまさに、女神アナ様だ」


 大きく開き、血走った目で私を見つめながらそう言うと振り返りました。

 

「アナ様がおみえになられて我々を救ってくださったぁ!さぁ!宴じゃぁ!」


 血走った目で白髪を振り乱しながらの腰の曲がったブロンさんは、杖を地面にガンガンと突き立てながら村人たちに叫びます、身の危険を感じた私は逃げようとしましたが、あっさり村人の方々に担がれ、お屋敷の宴会場のような広い場所に連れていかれ、少し高い台の上に座らせられ、現在に至ります。


 さてどうしましょうか、先ほどブロンさんにはいつまでもここにいてくださいと言われましたし、ここにはたくさんの人がいて抜け出そうにも抜け出せません。

おそらく監禁されるのではないかと恐怖していた時、ブロンさんがまたやってきました。


「アナ様、楽しまれていますか?お飲み物をお注ぎいたしましょうか」


 私はマチです、はあ、どうしましょうか、どうにか機嫌を損ねないよう返答には気を付けないと…、そうだ、お酒を飲ませて酔い潰れさせましょう。


「え、ええとても賑やかで楽しいです、ご飯も美味しくて」


 ドキドキして味なんて分かりません、もし何か間違えば鎖で繋がれかねません。


「ブロンさんも全然飲んでないじゃないですか、もっと飲みましょう!」


「ええ、アナ様が言うなら仕方ありませんね、久しぶりにお酒を飲みますか」


 よし、作戦がうまく行きました、この宴が始まってからしばらく立っており、何人か酔い潰れていますので、この調子でいけば朝になる前にみなさん寝ているでしょう。


「初めまして、私ナラナ、アナ様、これ私が摘んできたの、あげる」


 そう言って小さな女の子が私に小さな赤いお花を渡してきました。みなさんもこう純粋で可愛げがあれば、もっと楽に出ることができたのにと考えながら、その少女からそれを受け取りました。


「ありがとうございます、大切にしますね」


「うん!」


 不覚にも純粋な明るい笑顔を向けられ可愛いと思ってしまいました。


 それからしばらく経ち、村人の方々は酔い潰れ寝てしまいました、ブロンさんもやっと寝てくれて、今私の横で大きなイビキをしています。さて、なんで私が逃げないのか、足が痺れているから?違います、料理が美味しいから?それも違います、正解は…ナラナちゃんが全く眠らないのです。


「それで!おばば様ったら私の分のおやつまで食べちゃうんだよ!」


「そうなんですか」


 ああ、やろうと思えばこんな可愛いて、か弱くて、小さな女の子なんて、突き飛ばして今すぐにでも逃げられます、だた、それは私の理性が止めています。


「ナラナちゃん、今からひみつの言葉を教えるから、ちゃんと聞いててね」


「ひみつの言葉!うん!わかった!」


 ああ、良心が痛む… しかし背に腹は帰れません、こんな絶好のチャンス逃すわけには行きません、暴力は出しませんただ少し眠らせるだけ…


「月の妖精たちよ、今ここに現れ、この者を眠らしたまえ」


 詠唱が終わるとナラナちゃんは大きなあくびをしてその場で寝てしまいました。ごめんね、ナラナちゃん…、そしてその後、私はみんなが起きないよう、音を立てず屋敷から脱出し、追加の雲をいくつか畑に作ってからこの村から逃げ出しました。ちなみに赤い花は栞にしました。


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