女たちは冷たく微笑む

緋雪

逃げられぬ現実

 カチャカチャと無機質な音が、真っ白い壁や天井から跳ね返ってくる。部屋には何かの装置と、真ん中に白く狭いベッド。俺は、座り心地の悪い椅子に座らされており、その傍では、さっきから黙ったまま、小柄の、白い服を着てマスクをした女が、無言で「何か」を調合している。

 後ろを向いているので、何かはわからない。否、わかったとしても、もう俺は逃げる術を失っていた。


「終わり」のような静けさだな。


 俺がそう思った、その次の瞬間、彼女は小さなコップを差し出し、明るい声で、飲むよう指示した。


 瞬間的に拒絶したが、ずっと食わせてもらっていないので、腹の虫が鳴く。俺は、身の危険も顧みず、それをグイッと飲み干した。


 ゲホッゲホッ


 不味い。


 女は微笑みながら、また違う色のコップを出してきて、耳元で囁くように言った。

「これは、口の中に含んでおくだけに。後で全部吐き出させます。痺れてきますが、喉の奥までで止めて下さい。」


 言われるがままだ。きっと、この部屋には、どこかに監視カメラがついていて、俺と彼女の会話は盗聴されているに違いない。

 痺れてくる…だと?何の薬だろう?だが、この女は、あとで吐き出させるから、飲んでしまうなと囁いた。味方なのか?

  

 ままよ!俺は彼女の言う通り、その液体を一気に口にする。

 ドロドロしていて、人工的な甘みがつけられている。空腹の絶頂にある俺は、思わず飲み干してしまいたくなる。が、さっきの彼女の言葉を思い出し、口の中に留める。

 来た…。痺れてきた。…これか。

 恐らく、飲んでしまえば、全身痺れて動けなくなってしまうに違いない。


「それでは、15分ほどそのままで。そのうち、が効いてきますので。」


 今度は明らかに監視カメラを意識するかのような高いトーンで、彼女は言った。顔を見る。相変わらず微笑んでいる。信じていいのか?

 俺はとりあえず、彼女に言われた通り、を口の中に留めた。

 だが、15分は長い。湧いてくる自分の唾液で、少しずつ薬は溶け、喉の奥へと進む。無意識に少しだけゴクッと飲む。ハッと気付き、喉の奥まででなんとか留める。15分は長い。喉まで痺れてきた。もう…限界だ…俺はもう…。


「はい、ラクにどうぞ。」


 間一髪、彼女が容器に吐き出させてくれる。

「飲んでしまいましたか?」

「ええ、少し。」

「大丈夫です。」


 また、カチャカチャという音。俺の口の中と喉の痺れは取れない。次は何をされるのだろう…逃げるか?彼女一人しかいないうちに…。


 俺が立ち上がりかけた、その瞬間だった。やはりマスクをして白衣を着た背の高い女が、白いゴム手袋をつけながら、部屋に入ってくる。


「あら、進藤さん、どこへ?」


 この女も、また、不気味に微笑んでいる。


「ここに横になって下さいね〜。」

ベッドを指差す。こころなしか、愉快そうにも見える。

 俺は逃げ場を失い、ベッドに横たわった。


「私の方を向いてね〜。」

ニコニコと、女は指示を出す。横向きになると、女の姿がよく見える。背が高く、細身だが、胸は大きめ。推定Eカップといったところか。尻も締まっていることが白衣の上からでも見て取れる。きっとウエストもキュッと細く、抜群のスタイルなのだろう。

 そんな馬鹿げたことを考えているうちに、女の説明を聞きそびれた。

 

「始めます。」


女の合図と共に、俺の体は、先程の彼女によって、軽く拘束される。


 ああ…この女も、小さいながら柔らかい胸だ…。そんなくだらないことを考えていた瞬間、


 ガガッ、グイッ、ガポッ。

何かの機械が俺の体内に入ってきた。

 オエッ…オエエエッ…

さっきの薬で喉が痺れていて声が出ない。何度も、酷く嘔吐えずく。


「あら…十分痺れてないのかしら?」

「いえ…説明はちゃんと…。」


女が彼女に尋ねたが、彼女は知らぬ存ぜぬという顔をした。


「まあ…、続けましょ。」

ゴリッ、グリッグリッ、プシュウ、ゴツッゴツッ、グリッ、グリッ…


 何をしているんだ…俺の体で、こいつは遊んでいるのか?

 ゲホッ、オエッ、グホウ…。吐きそうになりながらも、極度の空腹で吐くものなど何もない。苦しみにのたうち回りそうになる俺を、彼女が少し強めに拘束する。推定Cカップ。小ぶりだが形は良さそうだ。いや、胸は大きさじゃない、感度だからな。


 そして、機械を操る、このスタイル抜群の女の指に、結婚指輪を見つける。そうか、昨日は、夫に十二分に可愛がってもらったのかな…


 グリッ、グボッ、グボッ、ゴボボボボ…


 なるべくなるべく、くだらぬ妄想をすることで、死ぬほど嘔吐えずきながらも、その時を乗り越えた。


「進藤さん、お疲れ様でした。元の部屋へどうぞ。」


 推定Eカップの女は、にこやかに出口を差した。

「大丈夫ですよ、こちらへ。」

推定Cカップの女が、別の部屋に連れて行く。


 部屋には、項垂うなだれたニンゲンが数人いた。老いたものは半分眠ったように、若い者は、ここからの脱出を試みてか、必死にスマホで何かを探しているようだ。俺は、誰からも遠い壁際の席に座り込み、背もたれと壁に体重をあずけた。


「進藤さん、中へどうぞ。」


 程なく、俺は、小さな部屋に呼び出された。白い部屋、PCと、沢山の書類。座り心地の悪そうな椅子。端にはまた、白く狭いベッド……




「結果から言えば、ですね。」

椅子に座ると、目の前の、推定Bカップ、感度の悪そうな女が、細い眼鏡の縁をあげながら、PCの画面から俺へと視線を移す。


「先程の呼気検査と、内視鏡、胃カメラですね、その結果からしてピロリ菌感染の疑いがあります。薬をだしますので指示通り服用するようにしてください。それから……」

衝撃が俺の頭を貫く。バリウム検査で引っかかって、紹介を受けた病院で…まさか、ピロリ菌が発見されようとは…。


「ピロリ菌の治療が終わっても、定期的に年に1度は、胃カメラ検査にいらして下さいね。」


…またか。またなのか。

あの、オエッ、オエエッと、グリッ、グリグリの検査なのか…。



…また、あのEカップ&Cカップコンビですように。

 

 そう願うと、俺は病院を後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女たちは冷たく微笑む 緋雪 @hiyuki0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ