第2話

 なんとなく森田と行動を一緒にするようになった事で知り合った人物がいる。名前は麻見瑠花。黒髪ロングヘアをいつもアップにしている美術部の二年だ。

「森田の彼女? 知ってるよ」

麻見はキャンバスに絵の具を乗せながら、なんて事ない様子で答えた。

「この学校か?」

「いや、中学時代のクラスメート」

「麻見は森田と同中だっけ?」

「そう。これ以上は本人に聞いて」

これ以上森田の彼女に関する質問は受け付けないと言われて、俺は言葉を飲み込んだ。森田の彼女に関しては凄く興味があった。あの森田がどんな女の子とどうやって付き合ったのか物凄く気になる。

気になるが、仕方がない。

「麻見は、彼氏とかいないのか?」

「いないね」

「何の話ししてたの?」

森田がトイレから返って来て俺達二人を交互に見た。

「彼氏がいるか聞かれた」

「ああ」

森田はにこにこして俺を見た。

「村瀬は付き合いたてで、彼女にどう接したらいいか分からないみたいなんだ」

「ふーん、そうなんだ」

麻見が興味無さそうに呟く。森田も席を立つ前に練っていた粘土をまた触りだした。

「とりあえず、デートでも誘えば良いんじゃない?」

興味無さそうだった麻見がまるで独り言みたいに言った。

「どこに行けば良いんだ?」

「知らないよ。映画とか行っておけば良いんじゃないの?」

「映画、か。趣味が分からないんだよなぁ」

「別に行ってから何観るか決めれば良いじゃん」

「女子ってそれで良いのか?」

「逆に男子ってそれじゃダメなわけ?」

ダメじゃないが、意見が割れた時に怖くね? と思っていると、森田がまたにこにこしながら俺を見てきた。

「僕も麻見に賛成」

彼女持ちの男の言葉は何故だかとても重たかった。



 日曜日、俺は甲斐谷を待って駅前にいた。時計を確認すると九時四十分。約束の時間までまだ二十分もある。

 なんて言ったって彼女との初デートだ。緊張しすぎてクローゼットの前で何度も着替えた。鏡を何度も確認して母さんにも不審な目で見られた。なんだか落ち着かず早く家を出てこの有様だ。

 楽しみよりも、不安だった。俺は甲斐谷の事を何も知らない。女子の扱いにも慣れてない。不快な思いをさせないかだけが心配だった。

 もう一度時計を確認する。時計の針は二分も進んでいなかった。

「村瀬君」

呼ばれて顔を上げると甲斐谷がいた。白いフリルブラウスにブラウンのスカートが可愛い。

「待ち合わせ十時じゃなかった? もしかして私、間違えた?」

慌てている甲斐谷に、思わず顔がにやけた。

「十時であってるよ。甲斐谷こそ早いな」

「ちょっと早く来ちゃった。でも、おかげで村瀬君を待たせずに済んだね」

甲斐谷が俺を見上げて笑った。今日の甲斐谷は世界中で一番可愛いんじゃないだろうかというぐらい可愛い。

「じゃあ、行くか?」

「あれ、由希?」

俺の声と女の声が重なった。藤堂だった。

藤堂の位置から俺は見えていなかったようで、甲斐谷に声をかけてから驚いた表情になり、それからにんまりと笑った。

「由希達もデートだったんだね」

達、と言われて俺は初めて藤堂の隣に立つ男に気がついた。

正直、かなり格好いい男だった。彼はにっこり笑って俺に会釈をしてくれる。俺も慌てて軽く頭を下げた。

「お邪魔してごめんね。じゃあね」

「ううん、こちらこそ」

藤堂と甲斐谷が互いに手を振って、藤堂達は歩き出した。自然な仕草で手を繋ぐのを見てしまって、俺は甲斐谷にかける言葉を必死に探した。

「村瀬君」

言葉が見つかる前に、甲斐谷が口を開く。

「映画、何観ようか」

甲斐谷が笑った。またあの笑顔だった。

「甲斐谷……」

「村瀬君がそんな顔しないでも大丈夫だよ。杏里達が幸せだと私も嬉しいから」

甲斐谷が綺麗に笑う。けれど俺はそんな甲斐谷に笑いかける事が出来そうになかった。

「甲斐谷。手を繋いでも良いか?」

俺が右手を差し出すと、今度はあまり悩まずに握り返してくれた。相変わらず壊れてしまいそうな小さな手だった。


 映画は、甲斐谷に選んでもらった物を観た。シリアスな恋愛ドラマで、ヒロインが病気になる展開がいかにもお涙頂戴で俺は苦手だった。甲斐谷は少し泣いていた。


「映画はどうだった?」

 月曜日の放課後、麻見は俺の顔を見るなり相変わらず興味なさそうに訪ねてきた。

「まあ、楽しかったかな」

「ふーん」

 麻見はカバンを置くとエプロンをつけた。今日も絵の続きだろう。

 俺と先に美術室に来ていた森田は、鉛筆を走らせながらにこにこしている。

「映画、いいよね。僕も行ってみたくなっちゃったよ」

「森田も彼女と行けば良いんじゃないか?」

 言うと、麻見が俺を見た。

「え、なに……?」

「僕の彼女、ずっと入院してるんだ」

 森田が何でもない事のように言った。

「次の外出の時いけるか聞いてみようかな?」

 目の前で笑う森田が、昨日の映画以上にリアリティがなかった。

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