第3話

 たいして季節が変わった気もしないが、今日から夏服に変わった。白いシャツの甲斐谷がなんだかまぶしい。

このごろは四人で弁当を囲むのも自然になっていた。

「そういえば最近へのへのもへじ描いてないね」

甲斐谷に言われて森田はいつものふにゃふにゃとした顔で笑った。

「だいぶ描けたから」

「あれ、目的があって描いてたのか?」

「作品展に出品する作品の題材にしようと思ってるんだ」

「悪い、ただの落書きだと思ってた」

「どんな作品になりそうなの?」

 甲斐谷の言葉に森田は嬉しそうに笑顔を深くした。

「学校を表現したいんだ。石こうっぽくしたいから石こう粘土で作ろうかと思っているんだけど、絵が下手だから肝心のへのへのもへじを描き入れられるかっていう点でサイズ感に迷ってて……」

「まてまて、分からねえ」

 俺の静止に森田は一瞬きょとんとして、それから照れ臭そうに「ごめんね」と笑った。

「良い作品になりそうなんだね」

「どうなんだろう? 僕はいつも見せたい物を作ってるだけだから」

「見せたい物? 作りたい物じゃなくてか?」

「うん」

 森田が頷いた。俺と甲斐谷はなんとなく視線を交わして、それから何も言わなかった。

「ところで、藤堂さんは何か悩んでる?」

 森田が隣の藤堂に急に話を振った。

「え? なんか悩んで見えた? 次が数学だから憂鬱になってたかなあ?」

 藤堂がぱちぱちと瞬きしながら言った。急に話を振られて驚いたようだったが、すぐにニコニコと笑う。

「そういえば、前に言ってた人を描こうと思うとへのへのもへじなるっていうのは、どういう意味だったの?」

「ああ、それね。うーん、やっぱり説明し難いんだけど、人は同じパーツで出来てるじゃない? 同じ素材で構成されてて、みんな同じなんだ」

「同じ顔に見える、的な?」

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……。なんて言うんだろう? ちょっとの差しかないんだよ。それを上手く表現できなくてへのへのもへじにするしかなかったと言うか……」

 森田が本格的に困り顔になった。

「ごめんね、やっぱり上手く言えないや」

「ううん」

 藤堂が首を横に振る。

 へのへのもへじにするしかなかったという森田の言葉に何かが分かった気がしたが、俺にも上手く言葉に出来そうになかった。



 放課後、森田は部活を休んだ。彼女のお見舞いだそうだ。俺は森田のいない放課後の美術室にいた。

「森田は休むそうだ」

「知ってる」

 麻見がキャンバスに向かいながらやっぱり興味なさそうに言う。

「麻見は、森田がなんでへのへのもへじを描いてたか知ってるか?」

「直接本人に聞いた訳じゃないけど、あれは集団と個の対比だと思う」

「集団と個?」

「たぶん、森田はひとりひとり違うって事を表現してる。ぱっと見みんな同じに見えても全然違う個性を持ってるって」

「でも本人はちょっとの差しかないって言ってたぞ。同じだって」

「同じ目と鼻と口が付いてて制服まで同じで、そのちょっとの差の事を個性と呼ばないなら何が個性なわけ?」

「そういえば、学校を表現したいって言ってたな」

「なるほどね。森田は彼女に学校を見せたいんだね」

 彼女に見せたい、か。

 学校を見せたくて、そこにいる人々を見せたくて、森田はへのへのもへじを描いていた?

「なんか、まぬけだな」

「ロマンチックじゃん」

 珍しく麻見が笑ったように見えた。


 その日の夜、甲斐谷からメッセージが来た。

 藤堂が、彼氏と別れた。

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