2話 怒ったの?
彼は再び同じ話題を口に出す。
「エロ本が欲しいんだ。」
「それはわかったよ。」
「怒ったの?」
「怒ってないさ。」
気の毒とはおもう。成人してるのに、自分の金が自由にならない、娯楽の品が親の許可を得ないと手に入れられないというのは。
「けど、それは外でする話ではないんだよ。」
淡々という。嘘はつかず、しかし、相手の興味や関心をそらすなんていうのは存外難しい。
「家ならいいの?」
「相手が嫌がってたらやめた方がいいんじゃないかな。」
「いつだったらエロ本の話ができるのさ!!」
そんなもん普通はしないのだが、その普通が通じない彼にはなかなか理解し難いことだった。
「さあ。僕にもわからないよ。」
「怒ったの?」
「怒ってないって。」
エロ本を買わせるのは論外だし、かといって頭ごなしに否定することもできない。その上、彼の興味は予想以上に大きかった。
10時に連れ出して13時現在まで、興味が完全に他所に向くことはなかった。むしろ一回くらい欲求を満たした方が楽かもしれないとすら思える。
「あ、そうだ。髪切らない?」
「髪?どうして?」
「いや、ちょっと伸びてるでしょ?僕もそろそろ切りたかったし。君のお母さんから多めにお金預かってるし、さっぱりしたら?」
「んー。うん。」
飯屋からのんびり歩いて10分程。駅の西口の通りにある小さな床屋は昔からやってる小さな店だった。
平日の昼だけあって、人はいない。よかった。
「じゃあ、僕から切ってもらうから、本でも読んでれば?終わったら君も切ってもらおう。」
「わかった。」
そこの本は所謂グラビア誌だ。エロ本、ではないけどまあ彼の興味としてはグラビアもエロ本も大差ないだろう。
サクサクと20分ほど。もともと大して伸びてなかったけど、髪を整えるだけでもまあ、わるくない。なにもしなくていい、この時間は好きだ。
「ほら、君の番だよ。」
「わかった。」
本を閉じて律儀に順番を数えてから元の場所に戻す。やや偏執的だが、それで困る人はいないから、好きにさせる。
携帯を開いて、SNSを眺める。つまらないニュースに新作のゲーム情報とそれを元ネタにした下世話なポルノイラスト。
別にエロそのものが悪いとは言わない。が、見たくもないのにリストに流れてくるのは毎度毎度不快だったし、その都度ブロックするのも億劫だった。
「こっちは見たくなくても流れてくるっていうのに……」
聞こえないように。音に出ないように口を動かした。
「おわりました。」
さっぱりした彼はご機嫌だ。
「髪切るとさっぱりするね。」
心にもないことを言う。
「うん。本も楽しかった。また来たい。」
「髪が伸びたらね。」
「うん。」
なんてことはない。僕は彼の母親の意には反している。けど、彼の意にそぐう選択もしていない。
なんとなくお茶を濁しただけだ。けれどそれでいいと思う。僕はただ、彼と付き合いが長いだけなのだ。
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