エロ本の欲しい彼と、どうしようもない僕

チャッピー

1話 エロ本が欲しいんだ。

「エロ本が欲しいんだ。」

 よくとおる声で、まともな人間なら外ではまず口にする機会のない台詞を彼は言う。

一瞬周りの声が遠くなったのは、気のせいではないだろう。

「お母さんと相談した方がいいよ。」

 久しぶりにあった彼とは、今日何度目かもわからないやり取り。買えとも買うなともいう気はない。35に差しかかろうかという男がいちいちエロ本を他人に欲しいと表明すること自体、一般的に言って普通ではない。こんなことは僕がどうこう言うことでもない。家族と相談することでもないのだが。

 勝手に買えばよい話である。

「おかあさんは良いって言ったんだ。」

 嘘、いや嘘ではないのかもしれない。が、それは彼の母の意向ではないことを僕は知っている。

「じゃあ、僕に聞くことなんてないじゃないか。」

「怒ったの?」

 自分の望まない答えはそう変換されてしまうのが彼だった。怒ってないが、これを聞かれて怒り出す人は多そうだなといつも思う。

「怒ってないさ。けど、あまり外でほしいって言わない方がいいんじゃないかな。」

「どうして?男なら当たり前のものでしょ?」

 ああ。どこかの馬鹿が余計なことを吹き込んだのか。そりゃ彼の母親も僕を呼ぶというものだ。

「まあ、僕は今そういう話をする気分じゃないし、周りの人もあまりそういう話は聞きたくないと思うよ。飯屋なんだから、おいしいものの話をしようよ。」

「家ならいい?」

「さあ?」

「チキン定食を2つお持ちしました!」

 さっきまでの女性の店員はいつの間にか厨房に引っ込み、男性が配膳していた。単に時間の交代だったのか。それとも、彼の発言が原因なのか。まあ、どっちでもいい。

「ありがとう。」

「ありがとうございます。ほら、とりあえず食べよう。」

 彼を促すと彼は手を携帯消毒液で念入りにふき取り、少しぎこちなく手を合わせ、またよくとおる声でいただきます!と言ってから食べ始める。

 僕も小さく食事の挨拶をしてから揚げに手を伸ばす。食べる時、彼は無言だ。

「エロ本だって…」「ヤバイな」「あそこの席はうっせーな…」

 だから、まあ、余計な雑音も聞こえてしまう。悪目立ちもいい加減慣れたものではあるが、べつにしたくてしてるわけでもない。

 あまり気分のいいものではないし、だいたい一番の原因の彼は我関せずだ。いや気づいてすらいないだろう。

 彼の母親から「興味をエロ本からそらしてほしい」と言われたときは何事かと思ったが。

 そ母親にしつこく聞いていたのだとか。ありがちといえばありがちな話だ。母親も多分しつこすぎて一度くらい好きにしなさい!とぽろっと言ってしまったのかもしれないが、まあ、あの性格だから自分のミスは言いやしないだろう。

 僕は親ではない。ただ付き合いが長いだけで。彼の興味をそらすことなんて本当は筋違いなのだ。

「ご馳走様でした!」

 いつの間にか食べ終えて、元気な挨拶をかれはする。子供がやれば可愛げもあるのかもしれないが、大の大人が大声でご馳走様などというのはいっそ不気味さすらある。

「ご馳走様。」

 小さく自分もそれに倣い、会計を済ませて外にでた。

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