第4話 雲の上の存在
あれから1週間が経つ。
ゲーム配信。歌ってみた動画。ASMR。
SNSアカウントを作り、毎回放送の告知をして。
ファンネームをつけ、ハッシュタグも用意し、挨拶も決めた。
やれることはやった。本当に、片っ端から。その結果が功を奏したのか。
「すごいよ、アザミさん! 登録者3万人超えてるよ!!」
昼間のツバキの宿舎に、ジェノの声が響き渡る。
二人の服装は上半身が白、下半身が黒の袴を着ている。
昼は神社を手伝い、夜は配信といった形で、住み込みで働いていた。
「……が、がんばり、ました」
なんだか照れ臭い。彼の言う通り、登録者数は3万人を超えていた。
「じゃが、やはり、時間がかかりすぎるのぅ……」
「策なら用意しています。今日の夜を楽しみにしてください」
と、ジェノは言い残し、気が気じゃないまま時間だけが過ぎていった。
◇◇◇
夜。モニターの前にはアザミがいた。
「こ、こん神宮〜。い、伊勢神宮公式ライバー、い、伊勢神宮です」
:こん神宮〜
:きたぁ
:待ってたよー
:今日も御神体を拝めることができ、心より感謝します
流れるのは固定リスナーのコメント。
同時接続数は115人と表示されている。
最初は色んな人に見られてるみたいで怖かった。
だけど、相手は数字だと思えば、そこまで怖くないって最近気付いた。
問題はここからだ。
「き、今日はゲストに来てもらって、ます」
:初コラボきちゃぁあああ!
:相手誰よ?
:神宮ちゃん、会話できるのかな?
:これは、人徳を積めとの暗示なのですね
反応は上々。後は心臓が持ってくれるか祈るだけ。
「775プロダクション所属、鬼龍院みやび。皆様、よしなに」
:ふぁ!?
:大物過ぎワロタ
:いや、草
:殿下は今日もお美しい
:殿下は今日もお美しい
:殿下は今日もお美しい
殿下と呼ばれるこのお方。
大和撫子のように整った長い白髪。
尖った耳に、赤い瞳、額には黒い二本角。
赤い椿が描かれた、西陣織の黒い着物に袖を通す。
登録者数950万人を誇る、今、最も1000万人に近いVtuber。
類を見ないカリスマ性で人を惹きつけ、熱狂的信者を持つ鬼の女王。
――鬼龍院みやび、その人だった。
◇◇◇
オープニングトークと軽い自己紹介を終えた後。
同時接続数は10万人を超えている。ばくんばくんと心臓が脈打つ中。
「そちはなぜ、数字を欲する」
単刀直入だった。
鋭利なナイフが心に切れ込みを入れてくる。
「い、伊勢神宮を色んな人に」
「――建前はよい。本音で話せ」
駄目だ。
小手先だけの話は通用しないし、逃げ道もない。
――機嫌を損ねたら潰される。
手に汗を握りながら、小さく息を吸い、そして、吐く。
「ひ、人助けの、ため、です……」
短く長い時間の中、精一杯考えた答え。
これが限界。これ以上言えない。これ以外なかった。
「……ほう。であれば、一切の私利私欲はないと、この場で誓えるか?」
どうしよう。胸が苦しい。吐きそう。
全てを投げ出して、この場から逃げたかった。
――だけど。
「ち、誓えます。お金も、ち、地位も名誉もいりま、せん」
鏡の件は、こちらに非がある。
逃げ出してしまうわけにはいかなかった。
:よく言った!
:この子、推せる……
:緊張感が画面越しに伝わってくる
:その程度の答えで、殿下が満足するとでも?
否定的なコメントがちらりと目に入る。
ごくりと喉が自然と鳴り、嫌な汗が背中を伝った。
確かにそうだ。こんな短い言葉に、説得力なんてあるはずない。
「……」
一方、みやびは、扇子を取り出し、顎に当て、考え込んでいる。
:あー終わったわ
:殿下好き嫌い激しいからな
:いや、扇子が開けば、ワンチャンあるぞ
:↑なにそれ?
:殿下が気に入った相手には扇子を開いて、嫌いなら閉じたままだ
「あ、あの……」
もう待っていられない。
いてもたってもいられず、声をかける。
「一つ聞くが、そちは拠点から離れることは可能か?」
意図が分からず、辺りを見回す。
すると、ジェノは無言で何度も頷いていた。
「……は、はい」
伊勢神宮ごと潰されるんだろうか。
恐る恐る、声を絞り出して、返事をする。
「――京都に来い。一度、面を合わせて、話がしてみたくなった」
ジャッと音を立て、みやびの扇子が開く。
まさかまさかの事態。とんでもないことが起こっていた。
【伊勢神宮公式チャンネル +7万2384人 チャンネル登録者数10万204人】
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