第三章 大日本帝国

第1話 初任務


 伊勢神宮、皇大神宮内。正殿。


 木造建築の小屋の中。和風の宮殿のような場所。


 入り口の白い幕。その隙間から月の光が中に入り込む。


 その光に照らされるのは、木製の台に飾られる、青銅色の鏡。


『これが、八咫鏡……』


 そんな場所に足を踏み入れたのは、男女。


 褐色の肌。左頬には刃物傷。背丈は140cmほど。


 黒いエージェントスーツを着た黒髪の少年――ジェノ。


『ぶ、不気味ですね……』


 言葉に詰まりながら、声には覇気がない。


 襟足は短く、目を隠すような長い黒色の前髪。


 背丈はジェノより少し高く、瘦せ型、胸は控えめ。

 

 黒いエージェントスーツを着る女性――アザミだった。


 その二人の右腕には、黒い腕輪。リンカーが装着されている。


 リンカーの機能の一つには、思念で秘匿通信できる仕様があった。


『罠、とかじゃないよね』


『……か、可能性は、あるかも、です』


 ここまで戦闘も、厳重なセキュリティもなく、侵入できてしまった。


 だからこそ、目の前にある正真正銘の国宝を前にして、手が出せずにいた。


(リーチェさんのためとはいえ、泥棒みたいで気が引けるな……)


 手を出すか出さないかの間に、ジェノは思考する。


 目的は師匠リーチェのために、『八咫鏡』を強奪すること。


 指示を出したのは『ブラックスワン』というアメリカにある組織。


 大義名分があるとはいえ、少なくない良心が無法な行為を拒絶していた。


「なんじゃ、ここまで来ておいて、怖気づいたのか?」


 そこで、聞こえてきたのは、幼い女の子の声。


「「――っ!?」」


 ジェノは、腰にある自動拳銃を抜き、構え。


 アザミは、腰にある赤鞘の刀に手をかけている。


「血気盛んじゃのぅ。こちらに敵意はない。矛を収めてくれんか?」


 声質の割に、物腰が柔らかく、落ち着きがあった。


 とても嘘のように感じない。ひとまず信じてもいいかもしれない。


『アザミさん、いったん、話を聞いてみましょう』


『……で、でも』


『不法侵入したのはこっちですし、敵なら攻撃してきたはずですよ』


 それで、アザミは納得したのか、無言で数度頷いた。


「こちらも敵意はありません。出てきてください」


「……こっちはかよわい女の子なんじゃ。だまし討ちはなしじゃよ」


 そうして、台の影から現れたのは、長い黒髪の女の子。


 服装は、純白の袴に、頭には黒いとんがり帽子をつけている。


「わらわはツバキ。伊勢神宮の宮司をやっておる」


 宮司――神社の責任者。実質上のトップだ。


 恐らく、鏡の管理責任があるのは、この人だろう。


 ただ、気になるのは、その両目にある黄金色の瞳だった。


「魔眼……っ!?」

 

「ほぅ、知っておるのか。安心せい、力は使わんよ」


 魔眼――異能の力を宿す、黄金色の瞳。


 この反応を見るからに、本物だと思っていいだろう。


「……ど、どうします?」


 魔眼の恐ろしさは嫌というほど経験している。


 アザミのこの反応も無理もないかもしれない。


「……信じてみよう。悪い人じゃなさそうだ」


 頭に銃口を突き付けられているような気分だった。


 だけど、目を合わせ、堂々と言った。人を見る目には自信がある。


「感心、感心。若いのに肝が据わっとるようじゃのぅ。……用件は鏡か?」


 こちらの行為を認めてくれたのか、ツバキは話を進めていった。


「はい。どうしても助けたい人がいるので、少しの間、貸していただけませんか?」


 対して、ジェノは、ここに来た目的を端的に告げる。


「さ、さすがに、それは、む、無理なんじゃ……」


 アザミの反応は悪く、否定的だった。


 確かに、一方的で図々しいにもほどがある申し出。


 だけど、頼んで済むのなら、それに越したことはないはずだ。


「うむ。よいぞ」


 すると、返ってきたのは、まさかの快い返事。


「「……え?」」


 こんな簡単に済むとは思わず、アザミと同時にきょとんとした声が漏れる。


「悪いやつらではなさそうじゃし、遠慮なく持ってくがよい」


 これはいくらなんでも出来過ぎだ。


 何か条件があれなら分かるけど、無条件なのは怪しすぎる。


「……じゃ、じゃあ、遠慮なく」


 そう判断に困っていると、アザミは鏡に触れようとする。


(何か……おかしい。わざと鏡に誘い込んでいるような)


 そう思考を巡らせた時、確かに見えた。怪しい笑みを浮かべるツバキの姿が。


「触っちゃいけない! 鏡が罠なんだ!!」


「……え」


 忠告するも、遅い。アザミは右手で八咫鏡に触れていた。


 すると、鏡は突然、白く輝き出し、不届き者を包み込んでいく。


「残念じゃったな。鏡に触れた者は、呪いで鏡の中に閉じ込められるのじゃ」


 ツバキはその様子を見て、愉快げに解説し、


「そ、そんな……」


 絶望の表情をアザミが浮かべる中、気付く。


 魔や呪いの類は、彼女にとって問題ではないことに。


「アザミさん。心配無用です。指輪はつけてますよね?」


「……あ。あります。……あっ、そうか」


 そこまで指摘すると、アザミも気づいた様子。


「よく分からんが、国宝級の呪いを跳ね除ける物なぞこの世にあるはずが――」


 その中でただ一人、怪訝な反応を見せるツバキだったが。


「……っ!」


 アザミを覆う白い光はバチンと弾かれている。


(やっぱり、思った通りだ)


 彼女の右手。薬指にあるのは、銀の輝きを見せる破邪の指輪。


 ダンジョン世界で入手した、邪遺物イヴィルという魔と呪いを払う指輪だった。


「……は?」


 そこで終わるかと思ったけど、鏡の怒りが治まらないらしい。


 アザミを覆っていた白い光が標的を変え、今度はツバキを覆っていく。


「待て待て待てぇ! う、嘘じゃろ、おいっ!?」


 ツバキは鏡の方へ徐々に吸い込まれている。


 床に爪痕を残しながら、必死に抵抗を見せるも。


 一人の少女が消え、ことんと一枚の鏡が地面に落ちる。


『なんでこうなるんじゃぁぁあああああああああああ!!!』


 不幸にも鏡の呪いかかったツバキは、鏡の中から悲痛な叫びをあげていた。

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