第11話 勘違い②
(よしっ、上手くいった!)
切れた糸と、繋がっている右手を見つめ、成功を実感する。
「サーラっ! 無事か!?」
すると、拘束が解けたカモラは、サーラに駆け寄っている。
「う、うん……大丈夫」
苦しそうな顔をしていたが、見たところ大した怪我はなさそうだった。
「どうして、止めたんすか! こいつは、ジェノさんを殺そうとしたんすよ!?」
そこに、必死の剣幕で、メリッサがまくしたててくる。
「それは……」
妹のことを話すべきか、どうか。
「知ってる人に似てたんだ。それに、女の子が死ぬところなんて見たくない」
一瞬悩んだけど、誤魔化すことにした。
嘘じゃないし、間違ったことはきっと言ってない。
だって、エリーゼは元のエリーゼじゃなくなってしまってるから。
「……いつか、痛い目を見ても知らないっすよ」
険しい顔でメリッサはそう言いながら、両手袋を解除し、殺意は消えていた。
「助かった。何と礼を言えばいいか……」
「礼なんていりません。この子が助かっただけで十分です」
「いいや、俺も商売人だ。受けた恩は返したい。何か礼をさせてくれ」
思ったよりカモラは義理堅いのかもしれない。
昔、敵対していた頃では、考えられない一面だった。
「だったら、ジェノさんの試験を資金援助する、ってのはどうっすか」
そこに、なぜか、メリッサが口を挟んでくる。
カモラは得心の言った様子で、机の引き出しから布袋を取り出し、問う。
「お前、試験を受ける気はあるのか?」
「あります。どうしてもやりたいことがありますから」
「ここに10ヴィータある。ドル換算で一万ドル相当だ。試験金に使え」
「結構です。自分で稼がないと駄目なような気がしますから」
「……ええい、分からん奴だな」
丁重に断ろうとするも、カモラは机から一枚の紙と、朱肉を取り出す。
「えっと、これは……?」
「――これは借用書だ。金を貸付けてやるから十倍にして返せ。いいな?」
「で、でも」
「いいか、お前はただの投資案件だ。利益が出ると見込んだから貸す、それだけだ」
「……投資、ですか」
一方的にもらうのではなく、利益が出たら借りた分以上を返す、投資。
「分かりました。それだったら――」
言葉の意味を頭の中で反芻させ、気付けば、ジェノは筆を走らせていた。
「――必ず、十倍にして返します」
親指に朱肉をつけ、強い意思をもって借用書に押印し、言い放つ。
「ああ。持っていけ」
渡してくる布袋を受け取ろうとする。
その時、ちらっと、サーラの顔が目に入った。
(自警団はきっと、俺のために作ってくれたんだろうな……)
ふと、そんなことが頭に浮かび、手が止まってしまう。
「何を迷ってる。早く持っていけ」
そう考えていると、カモラは訝しげな様子で声をかけてくる。
「忘却事件って、未解決のまま、なんですよね?」
「ああ。だからなんだ?」
「俺が解決してみせます。時間があったらですけど」
妹のためになることをしたい。
そう考えた上で、一番ためになると思ったのが、忘却事件の解決だった。
「なぜ、お前が首を突っ込む。理由がないだろ」
「忘却されたくないので自分のためですよ。それが誰かのためになるだけです」
布袋を受け取り、静かに言い放つ。
建前か、本音か、それとも、口から出まかせか。
そのどれでもなくて、信念に近い、何かのような気がした。
◇◇◇
「ご主人様、十倍返しはぼったくり」
ぽつりと、二人の背中が消えた後、サーラは言葉をこぼす。
「ふん。まだまだ甘いな、サーラ。嘘に決まっているだろ」
「え、なんで」
「この世界に法的拘束力は存在せん。こんなもの、ただの紙切れだ」
借用書を破り捨て、カモラは本音を告げた。
「……さすがは、ご主人様。だけど、大損、だよ?」
「損得勘定だけが、商売の全てじゃない。俺は、あいつの未来にかけたんだ」
「うーん、よく分かんない」
「いずれ分かる。結果をよく見ておけ。世界一のお金持ちになりたいんだろ」
「うん。それだけが、わたしの中に残ってる唯一の記憶だから」
「ならいい。それより、体は無事か?」
「あ、それが……」
巻きついていた糸を解き、サーラは肌を見せる。
「――無傷、だと……?」
「多分、他の人も同じ」
戦闘になった従業員を見ると、傷一つ残されていない。
「あの女、小僧が納得する形で金が渡るように、わざと……。いや、まさかな」
不穏な気配を感じ取りながらも、そのことは記憶の片隅に消えていった。
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