第12話 仲間
月明かりに照らされる、黒い教会堂内。
そこに踏み入れるのは、白スーツの少年とバニーガール。
「ケーブルを教壇に接続すればいいんだよね?」
「やってみたらすぐ分かるっすよ。ささっ、早く早く」
メリッサに急かされながら、ジェノは首輪のケーブルを伸ばす。
(もし、ここで、裏切られたら、また……)
だけど、あの時のトラウマが頭によぎって、ケーブルを握る手が止まってしまう。
「どうしたんすか?」
そんな異変を察したのか、顔を覗き込んで、問いかけてくる。
(……いや、信じるって決めただろ。メリッサの手を掴んだ、あの時から)
「ううん、なんでもない」
頭を振って、余計な雑念を振り払い、教壇にケーブルを接続した。
銀行のATMとよく似ていた。画面を手でタッチし、目的のものが映る。
『一次試験金払い込み――1ヴィータ。住民税払い込み――1ヴィータ』
そこには、二つの選択肢と金額が表示されていた。
(試験金って、住民税と同額、か。――やっぱり、これって……)
それを見てある事に気付き、ふと手が止まってしまう。
「あれ? もしかして、今になって、怖気づいたんすか?」
「……いや、この試験。お金を集められるかは重要じゃないと思ったんだ」
別に隠すほどのことでもない。
そのまま説明することにした。この試験の本質を。
「というと?」
「試験金と住民税は同額で、稼ぐハードルは同じなのに、先に進もうとしない人が大勢いる。だから、この試験は、お金を稼げるかどうかを試してるんじゃなくて、先に進もうとする意思があるかどうかを試してるんじゃないかな」
住民税の徴収は一月に一度。毎月約千ドル稼げば試験は免除される。
当然、その期間は、首輪の寿命の減算は止まり、自由なように見える。
ただ、それは自由に見えるだけ。問題の根本的な解決にはなっていない。
「一理あるっすね。じゃあ、ジェノさんはその上でどうするんすか?」
何もない首元をさすりながら、神妙な面持ちで、メリッサは問う。
本題はここだ。恐らく、これを聞きたいがために、ついてきたんだろう。
「もちろん、先に進むよ。こんなところで、止まるわけにはいかないから」
画面を操作し、布袋から一枚の黒貨を取り出し、入金していく。
『入金を確認。一次試験合格おめでとうございます』
すると、機械的な文字が羅列し、場違いな祝福音が流れていく。
画面には、『次へ』という表記があり、文字は、そこで止まっていた。
「これで、もう、後戻りはできない」
覚悟を示し、反応をうかがった。
果たして、メリッサはどちらを望んでいたのかと。
「……そっすか。ジェノさんはそっち側なんすね」
どこか物悲しそうな目で、メリッサは言う。
(メリッサが見たかったのは、キャスト側に落ちる、俺か)
その表情、物言い、姿から、そう確信してしまう。
言いようのない寂しさもあったが、不思議と納得はできた。
(きっと、メリッサは安心したかっただけなんだ。落ちぶれる人を見て)
それで、全て説明がついてしまう。ここまでわざわざ、付き添ってくれた理由が。
「……うん。そこで、相談なんだけどさ」
そう理解すると、心のもやもやが、一気に膨れ上がり、
「――メリッサもこっち側に来ない? 俺と一緒のプレイヤー側に」
気付けば、口走っていた。実現できるかも分からない、提案を。
「……え?」
思ってもみなかったのか、メリッサは戸惑いの色を見せている。
「と言っても、キャストが、プレイヤーに戻れるかは分からないけどね」
あくまで思い付きは、思い付き。
話に乗るかどうか以前に、できなければ意味がない。
「できるっす、それ。首輪もここにあるんで、ヴィータさえあれば……」
メリッサはおもむろに胸元へ手を突っ込み、首輪を取り出しながら、言った。
「良かった……。それなら、一緒に行こうよ。まだ、余ってるし、お金」
物理的に不可能な問題じゃなかった。
それなら、とジェノは自らの手を差し伸ばす。
出会った時とは、まるで、真逆のような状況だった。
「……なんで、うち、なんすか?」
ひどく怯えた様子で、メリッサは尋ねる。
「メリッサなら信用できるって思えたから。理由はそれだけだよ」
理由は分からない。だから、こっちの理由を伝えることにした。
それが、少しでも、メリッサの背中を押せるなら、という思いを込めて。
「……」
けど、返ってくるのは沈黙のみだった。
「だめ、かな?」
その間が耐え切れず、思わず聞き返した。
断られたらどうしよう。という不安だけが強くなっていく。
「……正直、行きたくないっす」
そんな中、ようやく語られるのは、否定的な言葉だった。
不安が的中し、お腹がぐっと締め付けられるような感じがした。
「理由を聞いてもいい?」
それでも、尋ねた。理由を聞かずに、お別れなんて嫌だったから。
「死ぬのが怖いからっす」
思ったよりも、理由はシンプルだった。
嫌われていたわけじゃない。それなら、まだやりようがあった。
「それって、首輪のこと? それとも、この先の試験で死ぬかもしれないこと?」
もしかしたら、説得できるかもしれない。
そんな淡い希望を抱き、慎重に話を掘り下げていく。
「――両方っす。死ぬのだけは、何よりも怖いっすから」
メリッサは死んでも生き返られる能力がある。
つまり、誰よりも死を知っている。
だからこそ、人並み以上に死への恐怖心があるのだろう。
「そっか。それなら、一つだけ約束するよ」
「……なんすか?」
「――死なせない。というか、死なせるようなことは絶対にさせない」
「たった、それだけっすか?」
「うん。それだけ。その代わり、その約束だけは必ず守る」
できる保証はなかった。それでも、断言する。
この心持ちだけは、揺るがしたくはなかったから。
「……」
でも、再び、訪れるのは、深い沈黙だった。
「あー、朝昼晩のご飯も用意する。それから寝床も! えーっと、あとは……」
それが怖かった。だから、必死で言葉を重ねた。
また、断られるかもしれない。そんな不安を振り払うように。
「……ふふっ。なんすか、それ」
「なんで笑うのさ。こっちは真剣なんだよ!」
「はいはい、ジェノさんの気持ちはよーく分かったっす」
「なんか馬鹿されてるような……まぁいいや。どうなの? 返事は」
自信がなく引っ込めた右手を再び差し出し、待った。メリッサが選ぶ、答えを。
「――最初の約束だけで、いいっすよ。守るのは」
すると、メリッサは、目線を逸らしながらも、差し出した右手を掴んできた。
「それって、つまり?」
ふわっと心が浮くような気持ちになる。
それでも、まだ、気が抜けない。一応、念のため、確認する。
「ジェノさんが、哀れで不憫で仕方ないから、なってあげるっすよ、仲間に!」
すると、最高の答えが返ってきた。
眩しいばかりの笑顔と、強く握られる手の感触とともに。
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